レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第21章 終戦

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『おいしいですわね……この饅頭。え?八橋もあるのですか?じゃあお茶に……あ?通信!大変、大変!で、かなめ様……』 

 すっかり休憩モードで日本茶をすする茜にかなめのタレ目がさらにタレて見つめていた。

「茜、露骨に休憩するなよ。一応ここは戦闘区域なんだぞ」 

『ごめんあそばせ……お父様からの差し入れが届いたんです。胡州名産生八橋ですわ。それに……』 

「帰ってたんか?叔父貴」 

 明らかにかなめが不機嫌になるのを察知した誠だが、そのようなことを考える茜ではなかった。

『まだですわ。先にお土産を送るって新港に届いたのですわ。だって生八橋は早く食べないと駄目になってしまうじゃないですか。大丈夫。一人あたり一箱くらいありますから』 

「あのアホ中年……一人一箱も生八橋食うかってえの!」 

 かなめは着陸しようとする揚陸艇から降りてくるヨハン達に手を振りながら苦笑いを浮かべる。その後ろに続いて下りてくる整備班員の手にはすでにこの場にいる兵士達に配るための生八橋の入ったダンボールが置いてあった。呆然とマリアは狙撃銃を背負いながら走ってきた下士官から八橋の箱を受け取った。

「西園寺……まったくそのとおりだな。こんなに食べたら口の中大変なことになるな」 

 マリアは手にした箱を脇に抱える。それをランが不思議そうな顔をしながら見つめている。

「生八橋?」 

「ああ、クバルカ中佐は知らないかもしれませんね。日本の京都の名産だそうですが、胡州の生八橋も有名なんですよ。あの国は公家文化の国ですか
ら」 

 マリアはそう言うとダンボールから大量の生八橋の箱を取り出す整備兵を苦々しげに見つめている。

「ああ、西園寺もシュバーキナ少佐も甘いものは苦手でしたね」 

 カウラはそう言うとマリアに手渡そうとした生八橋の箱を取り上げる。

「そうね、私が食べてあげるわ」 

 同じくすでに着陸していた輸送機から歩いてきたアイシャがかなめの生八橋を取り上げる。

「おいしいですよ。もったいないなあ」 

「そうでしょ?誠ちゃん。ほら、私達はソウルメイトなのよ!」 

 誠の手を取りアイシャは胸を張る。誠は苦笑いを浮かべながら風に揺れるアイシャの濃紺の長い髪を見て笑顔がわいてくるのを感じていた。

「そう言えば明華の姐御はどうしたい!」 

 整備班の兵長からアルミのカップに入れた日本茶を受け取りながらかなめがそうたずねた。兵長はすぐに隣で07式の回収のためにワイヤーを巻きつける作業を指揮していたレベッカに視線を向けた。

「ああ、部長ですか?明石さんと輸送機で第四小隊が篭城していた基地に向かいましたよ」 

 そう言うとレベッカは再び作業に戻る。

「島田の馬鹿を殴りに行ったのかな」 

 かなめの言葉に、アイシャは彼女の肩に手をやって呆れたように首を振る。

「おい、何がおかしいんだ?」 

「おかしいところなんて無いわよねえ、かなめちゃん」 

 抗議するかなめとアイシャを見てさらに誠とカウラは笑う。

「オメー等。くっちゃべっている暇があるなら撤収準備を手伝えや」 

 ランはそう言うとそのまま東和軍の部下達のところに走っていく。

「クバルカ中佐!八ツ橋!」 

 三つの八ツ橋の箱を持ったヨハンが巨体を揺らして走っていく。箱を受け取って笑顔を浮かべるランを横目に見ながらかなめが視線をヨハンに向ける。

「とりあえず何かできることあるか?」 

「あ、西園寺大尉。とりあえず05式でこの残骸を運ぼうと思うんですけど……あの通信施設に東和の機械を載せてる輸送機じゃこれの情報が東和空軍に
筒抜けになるから上空の『高雄』の格納庫まで引っ張りあげないと……」 

 八ツ橋を食べ始めたヨハンを制したレベッカはそう言うと落ちかけたメガネをかけなおす。その姿になぜか口を尖らせながらカウラがレベッカの前
に出た。

「一応、私が第二小隊の隊長だ。そう言う指示は私を……」 

「細けえこと気にするなよ。どうせやることは同じなんだ。カウラ、起動すんぞ!それと神前のこの馬鹿長いライフルはどうするんだ?」 

 そう言うとかなめは目の前の誠の05式乙型の手にある非破壊法術兵器を指差す。

「仕方が無いだろ。神前はそのまま『高雄』に帰還だ。私と西園寺でこいつを引っ張りあげる」 

 カウラはそう言うと自分の05式に向かって歩き始める。かなめはレベッカの不釣合いに大きな胸をしみじみと眺めた後にため息をつくと去って行った。

「あのう、神前君。私何か悪いこと言ったかしら」 

 長崎出身らしく微妙な訛りのあるイントネーションでレベッカは誠に話題を振る。

「いやあ、なんでしょうねえ」 

 誠はただ二人が見ていたのはレベッカの胸だと言うわけにも行かず、ただ愛想笑いを浮かべながら隣に立つ自分の機体に乗り込む。

「ああ、あの人の天然にも困ったもんだな」 

 そう独り言を言うと、誠はコックピットに乗りこんだ。ハッチが降り、装甲版が下がってきた。朝焼けの中、誠は重力制御システムを起動させ、05式で上空に滞空する『高雄』に向かった。

「ブラボー・スリー。帰等します」 

『お疲れ様!神前様』 

 複雑な表情の誠に笑顔の茜が口に八ツ橋をくわえながら答えた。
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