レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
314 / 1,503
第21章 終戦

終戦

しおりを挟む
 嵯峨のカスタムしてくれたサブマシンガンを片手に誠はゆっくりと07式の残骸に近づいていった。強烈な異臭が彼の鼻を覆い思わず手を口に添える。

「そんなに警戒する必要は無いと思うぞ。この地域はほぼ制圧していたからな、反政府勢力も先ほどの光景を目にしていれば手を出してくることも無いだろうし」 

 そう言うのは警備部部長、マリア・シュバーキナ少佐だった。彼女の部下達も明らかにおびえている誠の姿が面白いとでも言うように誠の後ろをついて回る。原野に転がる07式の姿は残骸と呼ぶにしては破壊された部分が少ないように見えた。近づくたびに、異臭の原因が肉が焼けたような匂いであることに気付く。

 突然、その内部からの爆発で押し破られたコックピットの影で動くものを見た誠はつい構えていたサブマシンガンのトリガーを引いてしまった。

「馬鹿野郎!味方を撃つんじゃねえ!」 

 そう言って両手を挙げて顔を出したのかなめだった。安心した誠はそのまま彼女に駆け寄る。

「すいません……ちょっと緊張してしまって……」 

「フレンドリーファイアーの理由が緊張か?ずいぶんひでえ奴だな……見ろよ」 

 かなめには今、誠に銃で撃たれそうになったことよりも、コックピットの中が気になっていた。彼女にあわせて07式のコックピットを覗き込んだ誠はすぐにその中の有様に目を奪われた。

 その中には黒く焦げた白骨死体が転がっていた。付いていたはずの肉は完全に炭になり、全周囲モニターにこびりついているパイロットスーツの切れ端がこの死体の持ち主がすさまじい水蒸気爆発を起こしたことを証明していた。

「典型的な人体発火現象ですね」 

 誠は思わず胃の中のものを吐き出しそうになる衝動を抑えながらつぶやいた。人体発火現象は遼州発見以降、珍しくも無い出来事になっていた。それが法術の炎熱系能力の暴走によるものであると世間で認識されるようになったのは、先日の誠も参加した『近藤事件』の解決後に遼州同盟とアメリカ、フランスなどの共同声明で法術関連の研究資料が公開されるようになってからの話である。

 人間の組成の多くを占める水分の中の水素の原子組成を法術で変性させて、水素と酸素を激しく反応させて爆発させる。この能力は多くは東モスレムなどのテロリストが自爆テロとして近年使用されるようになっていた。コストもかからず、検問にも引っかからない一番確実で一番原始的な法術系テロだった。

「ひでーな。こりゃ」 

 誠が見下ろすと小さな上司、ランがコックピットの中を覗き込んでいる。

「クバルカ中佐。法術防御能力のある07式のコックピットの中の人物を外から起爆させることなんてできるんですか?」 

 誠は小さな体でねじ切れた07式のハッチについたパイロットスーツの切れ端を手で触っているランにたずねてみる。

「理屈じゃあできないことじゃねーけどさ。広範囲の法術がすでに発動している領域にさらに介入して目標を特定、そして対象物を起爆させるってなれば相当な負荷が使い手側にもかかるわけだが……。でもこの有様じゃあそれをやってのけたわけだ……その怪物みたいな法術師は」 

 ランが感心しながらコックピットの上のモニターに乗って後ろ向きに中を覗き込む。

「あとは技術部の仕事になりそうだな。見ろ」 

 隣で狙撃銃を肩から提げて振り返るマリアの視線の先にはゆっくりと降下してきている『高雄』の姿があった。

『皆さんはご無事なのですか?大丈夫でしょうか?』 

 通信機から法術特捜主席捜査官嵯峨茜警視正の心配そうな声が聞こえてくる。

「ああ、大丈夫だ。うちは足首を捻挫した馬鹿が一名出ただけだ。それと……」 

 マリアががけの下をのぞき見ると駆け足で駆け寄ってくるカウラの姿があった。

「第二小隊は全員無事です。それにクバルカ中佐と東和陸軍の二人の協力者も」 

 カウラの言葉にコックピットの上に乗っかっているランも頷いた。

 『高雄』を見上げる誠達に向かって小型の揚陸艇が進んでくる。

『あんまり動かさないでくれよ。そいつは重要な資料なんだから』 

 珍しく仕事熱心なヨハンの巨大な顔が通信端末に拡大される。

「おい!エンゲルバーグ。一言言っていいか?」 

 ニヤニヤ笑いながらかなめが怒鳴る。

『そんなにでかい声で……なんですか?』 

「痩せろ!」 

 かなめがそう言うと同意するとでも言うように倒れている07式を取り巻いているフル装備の警備部の兵士達が笑う。

『西園寺大尉。人の体型とかをあげつらうのは良くないことだと思うんですけど……』 

 消え入りそうな声でそう言ったレベッカに巨体をゆすらせてヨハンはうなづく。

「それはオメエもそうだろ?」 

『私はそんなことは言いません!』 

 そう言ってレベッカは大きすぎる胸を揺らしながら怒ってみせる。誠がそのやり取りを聞きながらカウラに目をやってしまう。カウラはレベッカの
胸を見ながらぺたぺたと自分の胸を触る。

「やっぱり天然眼鏡娘はだめだな。それよりロナルドの旦那とは連絡がついたのか?」 

 そう言ってかなめは通信機の画面を切り替えた。誠もなんとなく彼女に従ってチャンネルを変える。『高雄』のブリッジが映し出されるがそこには茜の姿が無かった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...