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第20章 太子
太子
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「遼南同盟。ずいぶんと変わった兵器を開発したものですね」
そう言って片膝をついて黒いコートの男は、地平線から黄色い泡のようなものが立ち上る地平線を見つめていた。そのコートの下からは黒い漆塗りの日本刀の鞘が見える。空は白み始め、現在降下中の同盟軍の救命部隊と治安維持部隊がこの地域にも多数派遣されると思うとコートの男、桐野孫四郎《きりのまごしろう》の表情は冴えなかった。
「いいのですか?これではあの嵯峨の茶坊主の思う壺じゃないですか」
桐野の声は明らかに不満を込めたものだった。嵯峨を『茶坊主』と呼ぶのは嵯峨が茶道の師範として知られ、茶器の鑑定眼で知られた人物だったからだった。そして嵯峨の蔑称である『茶坊主』という言葉を使うのはかつて桐野が嵯峨に部下として仕えたことがありそして裏切った過去があるからだった。そんな因縁のある上司、嵯峨の高笑いを思い出し桐野の表情が曇る。
だが、彼の前に立つ長髪の大男はそのようなことはどうでもいいとでも言うように黙ってあわ立つ地平線を眺めていた。桐野は目の前で微笑んでいるこの現在の雇い主の素性には興味は無かった。ただ人が斬れると彼の後ろでチューインガムをかんでいるアロハシャツの男、北川公平に誘われたからこの地にいるだけだった。
だが見せられたのは桐野のかつての上官の指揮する司法局の活躍と新兵器の威力だけだった。
「桐野君。君はやはり人斬り以上にはなれないようだね」
長髪の男は低い声でそう桐野を評した。そのあざけるような調子に桐野は腰の刀に手を伸ばす。だが、その時振り向いた男の目に桐野は背筋が凍った。哀れむような瞳だが、そこには何の感情も無く、ただ強者が弱者を見つめる時の圧倒的な自信の裏打ちだけがあった。
「この兵器は役に立たないと思っているだろうな嵯峨君は。見たまえ、法術兵器に対応した装備を備えている遼南の投降兵の07式のパイロットは干渉空間を展開してこの攻撃を無効化することができたじゃないか。私が助けてあげなければあの哀れな青年も今頃は07式のサーベルの熱線で蒸発していたんじゃないかな」
空が次第に薄明に染め上げられていく中、長髪の男は再び地平線に目をやる。着陸した輸送機に破壊された07式を積み込んでいる司法局の様子を見ながら彼は満足げに笑っていた。
「つまりだよ、この兵器の対処法などすぐに開発されることは確実なんだ。おそらく嵯峨君はそれを見込んでこの事件にあの兵器を投入したんだろうね。切るべきタイミングで思い切りよくカードを切れる。彼は優秀なギャンブラーになれるかもしれないな……」
かつての因縁にとらわれている桐野に、男は噛んで含めるようにそう説明した。そう言われてしまうと桐野は何も言い返すことができなかった。
「ですが、わざわざ嵯峨に手柄を与えて、奴の提唱する遼州同盟の権威が向上すれば厄介なことになるんじゃないですか?同盟が我々の意図の気づけば必ず先頭に立ってくるのはあの連中ですよ。自信をつけてきた素人ほど厄介な敵はいませんから」
そう言ってみる桐野だが、彼の雇い主はそんな言葉を鼻で笑い振り向くこともせず話し始めた。
「同盟の権威向上?良いじゃないか。私もこの星で生まれた存在だ。その権威が向上していつかは地球と伍していけると考えるとそれはすばらしいことだと思うよ。まあ、嵯峨君と私の考えの違うところは彼が地球と同格の存在にこの星をしようとしているのに対して、私はそんなことでは不十分だと感じていると言うところだ」
そう言って男は笑っている。明らかに自分のような暴力馬鹿を軽蔑しているような調子で話す男に桐野は面白いはずが無かった。だが、彼は見てしまっていた。
07式が司法局実働部隊三番機に捨て身の攻撃を仕掛けた時、この男は遥かに離れた距離にある高速で移動中の07式のコックピットの内部に干渉空間を展開させそれを炎上させた。おそらくパイロットは自分が燃え尽きようとしていることを気づく時間も無く消し炭になったに違いない。その正確無比な力の制御と空間干渉と炎熱の二つの力を極力押さえつけながら目的を達成する判断力。確かにこの男はあの桐野にとっては軽蔑すべき転向者である嵯峨以上の力を持っているのは間違いなかった。
「太子。まもなくこの付近には『高雄』の先発隊が到着する予定のようです」
二人のやり取りを薄ら笑いを浮かべてみていた北川の言葉に『太子』と呼ばれた長髪の男は振り返った。
「なら我々は消えるとしよう」
静かにそう言った『太子』と呼ばれた男の周囲が光で包まれた。そして上り始めた朝日が彼らの周りを照らそうとする瞬間。三人の人影が消えた。
その上を巡航速度で飛行している『高雄』は彼らの存在を知ることも無く、作業中の第二小隊回収のための先発部隊を発進させていた。
そう言って片膝をついて黒いコートの男は、地平線から黄色い泡のようなものが立ち上る地平線を見つめていた。そのコートの下からは黒い漆塗りの日本刀の鞘が見える。空は白み始め、現在降下中の同盟軍の救命部隊と治安維持部隊がこの地域にも多数派遣されると思うとコートの男、桐野孫四郎《きりのまごしろう》の表情は冴えなかった。
「いいのですか?これではあの嵯峨の茶坊主の思う壺じゃないですか」
桐野の声は明らかに不満を込めたものだった。嵯峨を『茶坊主』と呼ぶのは嵯峨が茶道の師範として知られ、茶器の鑑定眼で知られた人物だったからだった。そして嵯峨の蔑称である『茶坊主』という言葉を使うのはかつて桐野が嵯峨に部下として仕えたことがありそして裏切った過去があるからだった。そんな因縁のある上司、嵯峨の高笑いを思い出し桐野の表情が曇る。
だが、彼の前に立つ長髪の大男はそのようなことはどうでもいいとでも言うように黙ってあわ立つ地平線を眺めていた。桐野は目の前で微笑んでいるこの現在の雇い主の素性には興味は無かった。ただ人が斬れると彼の後ろでチューインガムをかんでいるアロハシャツの男、北川公平に誘われたからこの地にいるだけだった。
だが見せられたのは桐野のかつての上官の指揮する司法局の活躍と新兵器の威力だけだった。
「桐野君。君はやはり人斬り以上にはなれないようだね」
長髪の男は低い声でそう桐野を評した。そのあざけるような調子に桐野は腰の刀に手を伸ばす。だが、その時振り向いた男の目に桐野は背筋が凍った。哀れむような瞳だが、そこには何の感情も無く、ただ強者が弱者を見つめる時の圧倒的な自信の裏打ちだけがあった。
「この兵器は役に立たないと思っているだろうな嵯峨君は。見たまえ、法術兵器に対応した装備を備えている遼南の投降兵の07式のパイロットは干渉空間を展開してこの攻撃を無効化することができたじゃないか。私が助けてあげなければあの哀れな青年も今頃は07式のサーベルの熱線で蒸発していたんじゃないかな」
空が次第に薄明に染め上げられていく中、長髪の男は再び地平線に目をやる。着陸した輸送機に破壊された07式を積み込んでいる司法局の様子を見ながら彼は満足げに笑っていた。
「つまりだよ、この兵器の対処法などすぐに開発されることは確実なんだ。おそらく嵯峨君はそれを見込んでこの事件にあの兵器を投入したんだろうね。切るべきタイミングで思い切りよくカードを切れる。彼は優秀なギャンブラーになれるかもしれないな……」
かつての因縁にとらわれている桐野に、男は噛んで含めるようにそう説明した。そう言われてしまうと桐野は何も言い返すことができなかった。
「ですが、わざわざ嵯峨に手柄を与えて、奴の提唱する遼州同盟の権威が向上すれば厄介なことになるんじゃないですか?同盟が我々の意図の気づけば必ず先頭に立ってくるのはあの連中ですよ。自信をつけてきた素人ほど厄介な敵はいませんから」
そう言ってみる桐野だが、彼の雇い主はそんな言葉を鼻で笑い振り向くこともせず話し始めた。
「同盟の権威向上?良いじゃないか。私もこの星で生まれた存在だ。その権威が向上していつかは地球と伍していけると考えるとそれはすばらしいことだと思うよ。まあ、嵯峨君と私の考えの違うところは彼が地球と同格の存在にこの星をしようとしているのに対して、私はそんなことでは不十分だと感じていると言うところだ」
そう言って男は笑っている。明らかに自分のような暴力馬鹿を軽蔑しているような調子で話す男に桐野は面白いはずが無かった。だが、彼は見てしまっていた。
07式が司法局実働部隊三番機に捨て身の攻撃を仕掛けた時、この男は遥かに離れた距離にある高速で移動中の07式のコックピットの内部に干渉空間を展開させそれを炎上させた。おそらくパイロットは自分が燃え尽きようとしていることを気づく時間も無く消し炭になったに違いない。その正確無比な力の制御と空間干渉と炎熱の二つの力を極力押さえつけながら目的を達成する判断力。確かにこの男はあの桐野にとっては軽蔑すべき転向者である嵯峨以上の力を持っているのは間違いなかった。
「太子。まもなくこの付近には『高雄』の先発隊が到着する予定のようです」
二人のやり取りを薄ら笑いを浮かべてみていた北川の言葉に『太子』と呼ばれた長髪の男は振り返った。
「なら我々は消えるとしよう」
静かにそう言った『太子』と呼ばれた男の周囲が光で包まれた。そして上り始めた朝日が彼らの周りを照らそうとする瞬間。三人の人影が消えた。
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