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第16章 政敵同志の邂逅
それとない配慮
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「良いんですか?今回の作戦は無茶がありすぎますよ。それに先ほどの言葉はどう見ても泉州公に不利に使われる可能性があります」
そう言って嵯峨に詰め寄る馬加。馬加ばかりではなく西園寺派の武官達は暗い表情で嵯峨と醍醐を取り巻いた。
「そうは言うが……」
恨めしそうに醍醐は嵯峨を見つめる。だが当人はまるで二人の様子に関心が無いというように立ち上がった。
「響子さん。実は遼南からそば粉が送られてきましてね。昨日少し時間が空いたもので打ったのですが……どうですか?」
突然の嵯峨の言葉にただひとり残っていた響子は呆然と嵯峨を見つめた。響子の緊張の糸が切れそうになったタイミングを見計らっての嵯峨の言葉はこの場の誰もが予想していなかったものだった。一瞬戸惑ったあとで目の前の西園寺派の武官達の姿を見て留袖のすそを静かに引いて響子は息を整える。
「ええ、ですがこの方達のお気持ちも……」
紫色の地味めな小紋が映える姿の響子は眉をひそめながらつぶやく。あまりに突拍子のないことを言ってきた嵯峨にさすがに彼の臣下の気持ちを代弁するように言って聞かせようとする。
「なあに、これくらいの人数なら酒の肴にざるそばを食べるくらいの量は持ってきていますよ。醍醐さんも一緒にどうですか?」
『なにをのんきな事を!』
怒りで顔を真っ赤に染めた顔が黙ってそう言っていた。醍醐は今にも嵯峨を殴り倒したい欲求を抑えながらゆっくりと立ち上がる。
「今は一分一秒が惜しいですから。辞退させていただきます」
そう思わず自分の声が上ずっていることに気づいて醍醐は彼の被官達に目をやる。しかし、嵯峨の突然の提案に彼らはただ目を開けて座っているだけだった。
「確かに大臣の公務は大変でしょうから。高倉さんとかには伝えておいてくださいよ。『あんたなりにがんばったね』って」
そう言いながら嵯峨は胡州陸軍の制服の両腕をまくる。彼はそのまま慣れた調子で廊下へと向かう。彼を見送りながら醍醐は我に返って通信端末を開いた。
「ああ、私だ。高倉大佐の身辺を固めろ!責任感の強い男だ。腹を切る可能性があるからな!」
醍醐はそのまま部下と連絡を取りながら嵯峨とは逆の方向、屋敷の正門に向けて早足で立ち去る。残されたのは貴族主義の支柱である烏丸響子女公爵と西園寺派の幹部と言える馬加達だった。
「奇妙なものですね。大公と我々が取り残されるとは」
馬加は思わずそう言いながら自分の娘より年下の響子の正面に座った。嵯峨が消えて醍醐が帰った烏丸家の広間にはこの家の当主とその思想に相容れない武官と官僚達が残されていた。響子はこの状況を見て気が付いたように笑顔になっていた。
「いえ、もしかしたらこれは泉州公のご配慮なのかも知れませんね。こうして皆さんとお話しする機会などあまり無いでしょうから」
そんな柔らかい口調の響子の言葉に馬加達は思い知らされた。この状況を作り出すことが嵯峨の意図したことではないかと。枢密院での論戦では常に平行線をたどる両者が面と向かって話せる場などこれまではどこにも無かった。
響子は四大公の一人とは言え、まだ23歳と言うことで派閥の統制が取れるほどの実力は無かった。そのことが先代の烏丸頼盛以来の重臣達に左右される不安を彼女に感じさせていた。一方、西園寺派には豪腕として知られる西園寺義基への配慮もあって烏丸派と接触を取ることを自重しているところがあった。
「やはりあの人は食えないな」
馬加は一人つぶやくと目を輝かせて彼の言葉を待つ響子に何を伝えるべきか思いをはせた。
そう言って嵯峨に詰め寄る馬加。馬加ばかりではなく西園寺派の武官達は暗い表情で嵯峨と醍醐を取り巻いた。
「そうは言うが……」
恨めしそうに醍醐は嵯峨を見つめる。だが当人はまるで二人の様子に関心が無いというように立ち上がった。
「響子さん。実は遼南からそば粉が送られてきましてね。昨日少し時間が空いたもので打ったのですが……どうですか?」
突然の嵯峨の言葉にただひとり残っていた響子は呆然と嵯峨を見つめた。響子の緊張の糸が切れそうになったタイミングを見計らっての嵯峨の言葉はこの場の誰もが予想していなかったものだった。一瞬戸惑ったあとで目の前の西園寺派の武官達の姿を見て留袖のすそを静かに引いて響子は息を整える。
「ええ、ですがこの方達のお気持ちも……」
紫色の地味めな小紋が映える姿の響子は眉をひそめながらつぶやく。あまりに突拍子のないことを言ってきた嵯峨にさすがに彼の臣下の気持ちを代弁するように言って聞かせようとする。
「なあに、これくらいの人数なら酒の肴にざるそばを食べるくらいの量は持ってきていますよ。醍醐さんも一緒にどうですか?」
『なにをのんきな事を!』
怒りで顔を真っ赤に染めた顔が黙ってそう言っていた。醍醐は今にも嵯峨を殴り倒したい欲求を抑えながらゆっくりと立ち上がる。
「今は一分一秒が惜しいですから。辞退させていただきます」
そう思わず自分の声が上ずっていることに気づいて醍醐は彼の被官達に目をやる。しかし、嵯峨の突然の提案に彼らはただ目を開けて座っているだけだった。
「確かに大臣の公務は大変でしょうから。高倉さんとかには伝えておいてくださいよ。『あんたなりにがんばったね』って」
そう言いながら嵯峨は胡州陸軍の制服の両腕をまくる。彼はそのまま慣れた調子で廊下へと向かう。彼を見送りながら醍醐は我に返って通信端末を開いた。
「ああ、私だ。高倉大佐の身辺を固めろ!責任感の強い男だ。腹を切る可能性があるからな!」
醍醐はそのまま部下と連絡を取りながら嵯峨とは逆の方向、屋敷の正門に向けて早足で立ち去る。残されたのは貴族主義の支柱である烏丸響子女公爵と西園寺派の幹部と言える馬加達だった。
「奇妙なものですね。大公と我々が取り残されるとは」
馬加は思わずそう言いながら自分の娘より年下の響子の正面に座った。嵯峨が消えて醍醐が帰った烏丸家の広間にはこの家の当主とその思想に相容れない武官と官僚達が残されていた。響子はこの状況を見て気が付いたように笑顔になっていた。
「いえ、もしかしたらこれは泉州公のご配慮なのかも知れませんね。こうして皆さんとお話しする機会などあまり無いでしょうから」
そんな柔らかい口調の響子の言葉に馬加達は思い知らされた。この状況を作り出すことが嵯峨の意図したことではないかと。枢密院での論戦では常に平行線をたどる両者が面と向かって話せる場などこれまではどこにも無かった。
響子は四大公の一人とは言え、まだ23歳と言うことで派閥の統制が取れるほどの実力は無かった。そのことが先代の烏丸頼盛以来の重臣達に左右される不安を彼女に感じさせていた。一方、西園寺派には豪腕として知られる西園寺義基への配慮もあって烏丸派と接触を取ることを自重しているところがあった。
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