レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第15章 出撃

初動

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 いつものように実働部隊の部屋の端にある時代遅れの端末で備品の発注書を作成していた誠の目の前の画像が緊急呼び出しの画面に切り替わった。

「おう、それじゃあハンガーに集合!」 

 ランの言葉にかなめやカウラも黙って立ち上がる。

「なんですか?今回は」 

 このような呼び出しは誠は二回目だった。前回は豊川の北にある久留米沢での岩盤崩落事故の支援出動だったが、今回のランの表情を見ればその時とはまるで違う緊張した面持ちが見て取れた。

「ぐだぐだ言ってねえで早くしろ」 

 かなめがそう言って誠を小突く。部屋を仕切るガラス窓の向こうで茜とラーナが駆け抜けていくのが見えた。

「法術特捜?どう言うことですか?」 

 そう言ってカウラはランの顔を見上げた。感情を隠すと言うことが苦手なランには明らかにこの事態を予測していたような落ち着きが見て取れた。扉を開いて廊下に出れば、すでにハンガーには整備班員が整列して明華、ヨハン、レベッカが彼らの前で直立不動の姿勢をとっていた。管理部の隊員に続いて階段を駆け下りると、さも当然と言うように背広姿の見知らぬ小男が整列していく隊員を眺めている。

 ハンガーに整列する隊員だが、技術部はバルキスタンに派遣された島田達とマリアの直参の警備部の面々、そして島田に同行したサラをトップとするバックアップ要員がいないこともあってなぜか数が少なく見えた。

「遅いぞ、とっとと整列しろ」 

 シンが管理部の隊員に声をかける。誠達もランの前に順番に整列した。そんな誠達の前には待機状態の大きな画像が展開していた。前回の事故の時とは指揮官達の表情はまるで違っていた。最後に駆けつけてきたアイシャ貴下のブリッジクルーの女性隊員達も緊張した表情で整列する。

「いいかしら、シュペルター中尉、シンプソン中尉」 

 居残りの整備班員を整列させ終えた班長代理のヨハンとレベッカに技術部部長の許明華大佐が声をかける。そして彼女に促されるようにランが置かれていたお立ち台の上に上がった。

「一言言っておく!今回の緊急出動は戦闘を前提としたものである!各隊員においては常に緊張した状況で事態に対処してもらう必要がある。各員、気を引き締めて職務に当たってほしい」 

 ランの舌っ足らずの独特のイントネーションが誠のつぼにはまって思わず噴出しそうになる。前に立っていたかなめはそれに気づいて誠の足を思い切り踏みしめた。足の痛みに涙を流しそうになる誠の前のスクリーンが起動した。

 そこには司法局実働部隊隊長、嵯峨惟基特務大佐が大きく映し出されていた。その表情は誠が初めて見る緊張をはらんだ顔だった。嵯峨の緊張した面持ちにこれから説明されるであろう事態の深刻さをハンガーにいる誰もが理解していた。

『えー、あー、あれ?』 

 間抜けな声が響くカメラ目線の嵯峨の目つきがいつものうつろな濁った色に変わる。

『ラーメン……チャーシューメン。高いよな……え?』 

 整列していた隊員が呆然と大写しの嵯峨を呆れた顔で見つめる。

『……吉田!写ってんの?回ってんの?切れよここ。な?』 

 そう言うと嵯峨は再び見慣れない厳しい表情に戻る。ランの横に立つ吉田に幹部連の視線が痛く突き刺さっている。

『ああ、みんなも知っていると思うが、現在バルキスタンの選挙管理・治安維持目的で第四小隊及びバックアップグループが展開しているわけだ。そのバルキスタンで停戦合意をしていたイスラム系反政府組織が停戦合意を破棄した。理由はありきたりだが選挙態勢に不正があり信用できないからだそうな。もうすでに政府軍の反攻作戦が展開中だろうな今頃は』 

 そう言うと嵯峨のアップからバルキスタンの地図に画面が切り替わる。ベルルカン大陸西部に広がる広大な湿原地帯と山脈を貫く乾燥した山地が続くのがバルキスタン共和国だった。そしてバルカイ川下流の都市カイザルに赤い点が打たれ、その周りの色が青色に、中央山脈からのムルガド首長国国境沿いに緑の地に染められていく。

『緑色が先週までの反政府軍の統治エリアだ。だが、今度の攻勢で……』 

 嵯峨の声の後、すぐに青色は緑色のエリアに侵食されて行った。

「あそこのイスラム民兵組織は機動兵器はもってねえはずだよな」 

 前に立っているかなめが誠に声をかける。

「そんなこと僕が知るわけないじゃないですか」 

 誠が答えるとかなめはにやりと笑いながら画面に視線を戻す。レアメタルの鉱山を奪い合うと言うバルキスタン内戦に於いてはキリスト教系民兵組
織出身の現政権の首領エミール・カント将軍も、敵対するイスラム教系反政府組織も、地下に埋まる豊富な資源を換金することで潤沢な資金を注いで軍の増強に努めていた。だが、地球圏がカント将軍派を正当な政府と認証した十二年前の協定により、イスラム教系組織へのアサルト・モジュールなどの輸出は条約で禁止され、内戦は政府軍の優位のうちに進展していた。

 その状況に不満を持っていた遼州同盟加盟国の西モスレム首長国連邦と地球圏のアラブ連盟は遼南の首都央都での協約でカント将軍に民主的な選挙の実施と言う案を飲ませてカント将軍の力を削ぐ方針を固めた。彼らは遼州同盟各国からの選挙監視団の派遣を要請、地球からも治安維持部隊の導入を進め選挙はまさに行われようとしていたところだった。

 だが、目の前の地図はその合意を反故にして反政府軍は侵攻を開始していることを示していた。

『ああ、ここで質問があるだろうから答えとくよ。これだけの規模の侵攻作戦となると反政府軍はアサルト・モジュールを所有していることが必要になってくるな。答えから言うとそのアサルト・モジュールの供給源はカント将軍様だ。まったく敵に塩どころか大砲を送るとは心が広い将軍様だなあ。お前等も見習えよ』 

 そう言う嵯峨の声に技術部のあたりで笑いが起こる。だが、それも明華がいつもの鋭い視線を向けると笑顔の技術部の面々も緊張した面持ちに変わった。

 そのまま画面は地図から嵯峨の間抜けな面にかわった。

『何のことはない。政府軍も反政府軍も今回の選挙は無かったことにしたいんだ。そのためには敵に鉄砲でも大砲でも送るし、明らかに民衆の支持を得られない大攻勢でも平気でやる。残念だが遼州人も地球人もそう言うところじゃ変わりはねえんだ』 

 嵯峨の口元に残忍な笑みが浮かぶ。

『そこでだ。遼州同盟司法局は央都協定二十三条第三号の規定に基き甲一種出動を行う。すべての任務にこれは優先する。各隊の作戦の立案に関してはクバルカに全権を一任する!以上』 

 嵯峨は再びまじめな顔で敬礼する。そして画面が消えた。ハンガーに整列した隊員は全員が嵯峨の消えた画面に敬礼をした。
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