レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
291 / 1,505
第12話 新たな敵

不気味なデモンストレーション

しおりを挟む
「これは少し遅いのではなくて?」 

 屋上に到着した誠達にそう言いながら手にした愛刀村正を鞘に収めていたのは、いつも誠に法術系戦闘術を伝授している嵯峨惟基の長女、茜だった。

「逃げたってことか?」 

 そう言いながら子供向けのポーチにランは拳銃をしまう。

「だとしたらいいですわね。こんな繁華街で破壊活動に出られたら私達は手も足も出ませんもの」 

 そう言いながら茜はぼんやりと手すりのない屋上から階下の道を眺めた。

『アイシャさん、解決しましたよ』 

『わかったわ。とりあえず所轄が来るまで現状の保全体勢に入るわね』 

『ったく、つまんねえなあ。この前みたいに暴れてくれたらよかったのによう』

 アイシャとの感覚交信にかなめが割り込んでくる。

『あの海に行った時みたいなことはもうごめんですよ』 

 そう言って苦笑いを浮かべる誠を監視するように茜は見つめる。

「あの海の法術師、北川公平容疑者程度ならよかったんですけれど……神前曹長。これを見ていただける?」 

 そう言って茜は彼女の立っている足元を指差した。防水加工をされたコンクリートの天井の灰色の塗料が黒く染まっている部分が目に入ってくる。

「焦げてるな。炎熱系か?だが確かにあの感覚は空間制御系の力だったぜ」 

 そう言いながらランは腕組みをして考え込む。誠の知る限りでは炎熱系の使い手、司法局実働部隊管理部部長のアブドゥール・シャー・シン大尉を思い出したが、彼から炎熱系の法術は他の力との相性が悪いと言うことを聞かされていた。

「別系統の法術まで使いこなすとなるとかなり厄介ですわね。それに明らかに今回はまるで自分の存在を示すためだけにここに現れたみたいですし」 

 そう言いながら茜は首をひねっていた。

「デモンストレーションか。趣味のわりー奴だな」 

 そう言いながらランはポーチから携帯端末を取り出し、現状の写真の撮影を開始した。

「でも本当は神前君とクラウゼ少佐は休暇だったんでしょ?これで皆さんの気遣いが無駄になってしまいましたわね」 

 東和警察と同じ紺色の制服に黒い鞘の日本刀を差した姿の茜が襟元で切りそろえられた髪をなびかせながら下の騒ぎを眺めていた。誠はちらりとランの視線を浴びると頭を掻いた。すでにここを所轄する豊川署の警察官が到着して進入禁止のテープを引いていた。

「でも仕事が優先ですから」 

 誠の言葉に一瞬笑みを浮かべた茜は端末を取り出して所轄に現状の報告を始めた。

「おい、この状況。オメーはどう思うんだ?」 

 屋上の焦げた塗装の写真を一通り撮り終えたランが誠を見上げる。その姿は何度見ても小学校に入るか入らないかと言う幼女のそれだった。

「狙いはやはり僕だったと思います。それも攻撃をする意図も無く、ただこちらに存在を知らしめることが目的のような気が……。そのために必要も無い炎熱系の法術を使用して自分の持つ力を誇示してみせた……」 

 そこまで誠が言ったところで呆れたような顔でランは首を振る。

「ちげーよ。オメーの言った事は士官候補生の答えじゃねーよ、それは。アタシが言いてーのはそこに立ってアタシ等に存在を誇示して見せた容疑者がどういう奴かってことだよ」 

 そう言うとランの視線が誠を射抜いた。誠はその目が別に誠を威圧しているわけではなく、ランの目つきがそう言うものなのだとようやくわかってきた。

「遼州同盟に反対するテロリストにしては何もしないで帰るというのが不思議ですし、国家規模の特殊部隊ならこのようなデモンストレーションは無意味でしか無い」 

 首をひねる誠にランは明らかにいらだっていた。

「じゃあ基本的なところから行くか。まず最近のテロ組織の傾向について言ってみろ」 

 その厳しい言葉はどう見ても子供にしか見えなくてもランが軍幹部であることを誠に思い出させた。

「近年はそれまでの自爆テロを中心とする単発的な活動から、組織的な自己の法術能力を生かした活動へと傾向が変わりました。近年の代表的テロでは先月、遼南南都租借港爆破事件があります。アメリカ海軍の物資調達担当中尉を買収して、食料品の名目で多量の爆発物を持ち込んだ上で軍施設職員として潜入していたシンパが爆薬の設置を行う。これは非法術系の作戦ですがおそらく他者の意識を読み取れる能力のある法術師が関与していた可能性は極めて高いです。直接的な法術系のテロは近藤事件以降は僕を襲ったあの件だけと言うのが最近の傾向です」 

 誠の言葉にランは黙って聞き入っていた。

「そうすると変じゃねーか?アタシも現場にいたからわかるけど、このの非合法法術使用事件は単独の法術師によるものなのはオメーも見てただろ?テロ組織にしたら虎の子の法術師をわざわざ身柄を拘束される可能性があるこんな街中でのデモンストレーションに使う意味がねーじゃん。するとテロ組織とは無関係の単独犯の行動?これほどの力の法術師が組織化が進む犯罪組織に目をつけられないはずはねーな」 

 そう言いながらランは頭を掻く。こんどは誠の方が少しばかり彼女の勿体つけた態度にいらだっていた。

「それなら誰がここに立っていたんですか!」  

 誠の語気が思わず強くなる。そんな誠に茜が肩に手を添えて言った。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...