レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第6章 日常

報告書作成

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 コンピュータルームには先客がいた。モニターを眺めながら腕を組む遼州同盟機構司法局法術特捜首席捜査官である嵯峨の娘、嵯峨茜警視正である。指で何かを指しながら小声で彼女にささやくのはカルビナ・ラーナ捜査官補佐だった。

 突然の来客にも二人のささやきあいは止まる事がない。

「おう、あのかえでと同じようにで禁じられた百合の世界に目覚めたのか?」 

 そう言ってニヤつくかなめを一瞥した茜はそのまま画面を凝視してラーナの報告を受ける。無視されてたかなめは誠からディスクを取り上げると手前の端末のスロットにそれを挿入した。

「先に報告書あげないと……」 

 端末の前の席に座った誠は恐る恐るかなめを見上げるが、彼女はまるでその声が聞こえていないかのようにデータの再生のためにキーボードを叩く。

「出たな」 

 モニターに映されたのは先日の実験の時のコックピットからの画像。目の前には巨大な法術火砲の砲身があり、その向こうには森や室内演習用の建物が見える。次第に左端の法力ゲージが上がっていく。

「おい、神前。どのくらいのチャージで発射可能なんだ?」 

 かなめはふざけて誠の頭のこぶをさする。誠は頭に走る激痛に刺激されたように彼女の手を払いのける。

「そうですね、だいたい230法術単位くらいでいけると言う話ですけど……」 

「違う違う。出力じゃなくてチャージにかかる時間だ」 

 そう言うと今度はカウラが誠の頭のこぶをさする。

「痛いですよ!そうですね、だいたい10分ぐらいはかかりますね」 

 そう言いながら誠は背後に立つ二人を振り返った。そこには落胆したような表情のかなめとカウラがいた。

「使い物にならないじゃねえか!だいたい非殺傷ってところが気にくわねえな。殺傷能力有りの干渉空間切削系の火器の方がコストや運用面で有利なんじゃないのか?」 

 そう言って再びかなめは誠の頭のこぶを叩く。

「確かにそうですわね。でも私達は司法機関の職員ですのよ。破壊兵器の開発は軍の領域。私達の扱うのは司法執行機関としての必要最低限の装備と言うのが建前ですわ」 

 横槍を入れたのは茜だった。彼女の口調が嫌いだと日ごろから公言しているかなめが発言者を睨みつけた。

「確かに、我々の本分は治安維持行為だ。無用な死者を出すことは職域を越えている」 

 納得したようにカウラはうなづく。呆れたように手を広げたかなめの後ろのセキュリティーロックが解除されて嵯峨が入ってきた。

「おう、お仕事かい!ご苦労だねえ」 

 そう言いながら山のように積み上げられた雑誌がある真ん中のテーブルに嵯峨は腰掛けた。

「お父様、手ぶらなんですか?お土産くらい……」 

 呆れたように茜は着流し姿の嵯峨を見る。

「ああ、荷物なら別便でもう送ったからな。それにどうせ殿上会に着ていく装束はあっちの屋敷の蔵から引っ張り出すつもりだし」 

 そう言いながらも嵯峨の視線は誠達が再生している動画に移った。

「ああ、これか。しかし、非破壊設定だろ?制御系はどうなってるのかね」 

 嵯峨の言葉で一同は画面を見つめた。画面右上に地図が表示され、誘導反応にしたがって効果範囲設定が設定されていく。

「おい、指定範囲と範囲内生命体の確認画面?こんなのも必要なのか?チャージだけじゃなく安全装置の解除までめんどくさくなってるんだな」 

 かなめは呆れる。カウラは腕組みしたまま動かない。

「とりあえず一射目はこれでやりましたよ」 

 そう言う誠の目の前で法術射撃兵器の周辺の空間がゆがみ始めた。

「俺がやるとこのまま空間崩壊が起きるなこれは」 

 そう言う嵯峨を無視して誠達は画面を凝視する。桃色の光が収束すると、砲身が金色に光りだした。法術単位を示すゲージは振り切れている。

「ここです」 

 誠の声と同時に視界は白く染め上げられた。しばらく続く白い画面が次第に輪郭を取り戻す。

『第一射発射。全標的に効果を確認』 

 オペレータ役のヨハンの淡々とした声が響く。大きくため息をつく誠の吐息まで聞こえる。

『第二射発射準備開始。法術系バイパス解放』 

 誠の震えている声にかなめが思わず噴出す。

「笑うこと無いじゃないですか」 

「すまねえな。今度こそまともな射撃なんだろうな」 

 すぐにまじめな顔に戻ったかなめが誠を睨みつける。

「ええ、機体の地図情報から効果範囲を設定。そこへの到達威力の測定がメインですから。一応成功しましたけど」 

 そう言って胸を張る誠のこぶを頭に来たようにかなめが押さえつける。痛みに脂汗を流しながら誠は黙って画面を見つめた。

「ああ、いいもの見せてもらったよ。茜、留守は頼むぞ」 

 動画が続いているというに嵯峨は思いついたように立ち上がった。

「お父様、それは許大佐におっしゃったらどうですの?」 

「あのおっかねえ姉ちゃんに頼むのか?そいつは厳しいねえ……」

 嵯峨は苦笑いを浮かべて実の娘の茜を見つめた。

「じゃあ、お前等もちゃんと仕事しろよ」 

 そう言うと嵯峨は部屋を出て行った。

「……仕事って言ったって、模擬戦のデータ収集と豊川警察の下請けの駐禁切符切る以外に何があるんだよ」 

 そう言ってかなめは再び今度は爪を立てて誠の頭のこぶを突いた。

「マジで勘弁してくださいよ!」 

 涙目で誠は叫んでいた。そんなやり取りの間に2射目が終わり動画が途切れた。

「まあ……とりあえず報告書の添削でもしてやるか」

 カウラの言葉にようやく安心した誠はキーボードに手を伸ばし、画面を報告書の書式に切り替えた。
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