レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
269 / 1,505
第6章 日常

朝の機動部隊詰め所

しおりを挟む
 ドアを開けるとキムが着替えを終えたところだった。

「お前、何やったんだ?昨日は」 

 そう言うとキムは誠の頭のこぶに手を触れる。

「痛いじゃないですか!」 

「ああ、すまんな。それにしてもあのちびっ子。本当にうちの専属になるのか?」 

 ドアに手をかけたままキムは誠にそう尋ねる。あの小さいランを『ちびっ子』と表現されて誠は噴出しそうになるのをこらえた。

「そんなの僕が知るわけ無いじゃないですか」 

「いやあ、お前はクラウゼ中佐と一つ屋根の下に暮らしてるだろ?そう言う話も出るかと思って」 

 そう言ってキムはニヤリと笑う。だが、誠は彼の顔から目を逸らして頭のこぶに物が当たらないよう丁寧にアンダーシャツを脱いだ。

「アイシャさんはそう言うところはしっかりしていますから。守秘義務に引っかかるようなことは言いませんよ」 

 実は何度かアイシャの口からはランの本異動の話は出ていたが、やぶへびになるのも面倒なのでそう言って誠はそのままジャケットを脱いだ。キムはつっけんどんに答える誠に意味ありげな笑みを一度浮かべるとそのまま出て行った。

「ったく。僕はアイシャさんのお守りじゃないんだから」 

 そう独り言を言いながらワイシャツのボタンをかける。誰も掃除をしようと言い出す人間のいない男子更衣室。窓枠の周りにはプラモデルやモデルガンが並び、ロッカーの上には埃を被った用途不明のヘルメットが四つほど並んでいる。

「年末には掃除とかするのかなあ」 

 そう思いながら着替え終わった誠はドアを開いた。

 そのまま誠はつかつかと歩いて機動部隊の詰め所の扉を開ける。そこには誰もいなかった。確かにまだ九時前、いつものことと誠はそのまま椅子に座った。ガラス張りの廊下側を眺めていると、吉田が大急ぎで走っていく。そのまま誠は昨日の日報が机に置かれているのを見た。開いてみると珍し
く嵯峨が目を通したようで、いくつかの指摘事項が赤いペンで記されていた。

 そうこうしている間に部屋にはカウラが入ってきていた。そのまま彼女は誠の斜め右隣の自分の席に座る。

「休暇中の連絡事項なら昨日やればよかったのに」 

 そう言って誠は嵯峨から留守中の申し送り事項の説明を受けているだろう吉田の席を見やる。だが、カウラは誠より実働部隊での生活に慣れていた。

「今日できることは明日やる。まあ、嵯峨隊長はそう言うところがあるからな」 

 そう言ってカウラは目の前の書類入れの中を点検し始めた。

「おはよー」

 かなめが勢いよくドアを開いた。

「どわ!」 

 突然女の子の叫び声がしたかと思うと、シャムの顔がドアに押し付けられていた。

「いい加減大人になれよ、オメエは」 

 そう言いながらかなめはドアを閉めた。ドアに顔面をぶつけてうずくまっているシャムはまだ熊の着ぐるみを着ている。

「酷いよ!かなめちゃん!」 

 そう言ってかなめを見上げるシャムだが、カリカリしているかなめは残忍な笑みを浮かべて指を鳴らしている。さすがにその凄みを利かせたかなめの姿にシャムは冷や汗を流しながら後ずさる。

「じゃあ、脱皮しようかな。誠ちゃん!背中のジッパー下ろして!」 

 そう言って誠に背を向けて近づいてくる。仕方なく立ち上がった誠だが、カウラの視線の痛みが涙腺を刺激する。ジッパーに手をかけたとき、誠はあることに気がついた。

「あの……、ナンバルゲニア中尉?もしかして下着しか着てないとかいう落ちじゃないですよね」 

 この言葉にカウラだけでなくかなめまでもが視線を誠に向けてくる。その生暖かい雰囲気に誠は脂汗が額ににじむのを感じていた。

「早くしないとかなめちゃんに食べられちゃうよ!」 

「そこでなんでアタシが出てくるんだ?」 

 そう言って拳を固めるかなめを見て進退窮まったと感じた誠は、一気にシャムの着ぐるみのジッパーを降ろす。

「脱皮!」 

 そう言って現れたのは東和陸軍と同型の司法局実働部隊の勤務服を着たシャムだった。

「本当に驚かせないでくださいよ」 

「なんだ、オメエもロリコンだったのか?まあどこかの胸無しと仲良しだからロリコン入っていても不思議はねえがな」 

 そう言ってかなめはカウラを見下ろす。カウラはそんなかなめを完全に無視して書類を読み続けていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...