267 / 1,535
第6章 日常
飲みすぎた朝
しおりを挟む
まず、誠が最初に感じた感覚は頭の頂点に激しい痛みがあるということ。そのまま目を開けずにその場所をさする。確かに大きなこぶができていた。そして次に自分の布団の隣でなにやら争うような物音がしていると言うことを感じた。すぐに意識を取り戻した誠はその音の主を見つめた。そこにはエメラルドグリーンの透き通るような髪が揺れていた。
「あの、カウラさん?それと……」
「ああ、目が覚めたのか」
かなめはそう言うと腕をカウラの首に巻きつけて締め上げ始めた。
「何やってるんですか!」
思わずそう言うと飛び起きた誠はかなめの腕を引き剥がそうとした。だが、その独特の人工皮膚の筋の入った強力な人口筋肉は誠がどうにかできるものではなかった。しばらくカウラを締め上げた後、満足したとでも言うようにかなめは手を放した。
「この女が昨日ずっとお前の部屋にいやがったからな。制裁を加えていたんだ」
黙って咳き込むカウラを見ながらかなめは悪びれもせずに答える。確かにこの司法局下士官寮に誠の護衛と言うことで同居を始めたカウラ、かなめ、アイシャの三人はできるだけ他の部屋に入らないようにと寮長の島田が説明しているところに誠も同席していた。そのことを盾に不法侵入を繰り返すアイシャにかなめが制裁を加えている場面には何度か行き当たっていた。
「別に制裁なんて……どうせ昨日も泥酔した僕が暴れて看病でもしてくれていたんじゃないんですか?」
そう言う誠の顔を見て、タレ目を光らせながらばつの悪そうな顔をしてかなめは頭をかき始める。
「……お前、力の加減くらいはしろ」
ようやく息を整えたカウラがかなめをにらむ。
「あー、頭痛い。誠ちゃん起きた?」
そう言ってさも当然のように入ってくるのはアイシャだった。シャワーを浴びたばかりのようで胸にタオルを巻いただけのあられもない姿でドアを開けて立っている。かなめは誠を指差す。
「元気そうじゃないの。ごめんね、昨日はどこぞの馬鹿が加減をせずに飲んだらどうなるかわからないちびっ子に酒を飲ませたからこんなことになっちゃって……」
そんなアイシャの言葉で昨晩意識を失う直前に見た薄ら笑いを浮かべる幼女、ランの表情が思い出されて誠は頭を押さえる。
「そう言えば今は何時ですか?」
そう言う誠にかなめが腕時計を見せる。まだ7時にはなっていない。とりあえず余裕がある時間だった。
「あの、お願いがあるんですが」
誠は三人を見回す。察したアイシャはそのまま出て行った。
「着替えたいんで」
その言葉でようやくかなめとカウラは立ち上がった。
「先に飯食ってるからな」
かなめはドアを閉めて去っていく。誠はゆっくりと起き上がるとアニメのポスターの張られた壁の下にある箪笥から下着を取り出す。
そしてすぐドアを見つめた。隙間から紺色の髪が見え隠れしている。
「あの、アイシャさん。なにやってんですか?」
そんな誠の言葉で静かにドアが閉じられた。
隠れていたアイシャを追い返すとそのまますばやく着替えを終える。そして廊下に出ると誰にも行き会わずに食堂に入った。
いつものことながら技術部法術技術技師長、ヨハン・シュペルター中尉が食事当番の時の朝食は豪勢である。
最高級のウィンナーとハム。それにスクランプルエッグが食欲を誘う。どれも材料は東和の有機栽培農場から取り寄せた最高級品とシャムの育てた菜園の恵み。食べることに人生をかけているヨハンは自分の給与を割いてまで食卓の充実に力を尽くしていた。そんなヨハンの思いを完全に無視するようにかなめは味わうこともなく食材を口に詰め込む。
「かなめちゃんは味なんてわからないんでしょうね」
そう言いながら緑色のジャケットを着たアイシャがちゃんとマスタードを塗りながらウィンナーソーセージを食べている。
「そう言えば今日から隊長休みだったわよねえ」
「知らねえよ、アタシは叔父貴の保護者じゃねえんだから」
周りは半分も食べていないと言うのに皿の隅に残った卵のカスを突くだけになったかなめが答える。
「殿上会。お前も恩位《おんい》で伯爵の爵位を持っているんだから出ないといけないんじゃないのか?」
そう言いながらトマトを箸で掴むカウラをあからさまに嫌な顔をしたかなめが見つめる。当主ではないかなめも一応は胡州の有力貴族の息女として女伯爵の位を持っていることは誠も知っていた。
「誰が出るかって!あんな鼻持ちなら無い公家連中の相手なんて想像しただけで吐き気がするぜ」
そう言いながらかなめはテーブルに置かれたやかんから番茶を汲む。
「そう言って、実は康子様に会うのが嫌なんじゃないの?」
アイシャのその言葉にびくりと震え、かなめは静かに湯飲みをテーブルに置く。
「康子様?」
不思議そうに誠はかなめの顔を見る。その名前を聞いてから確かにかなめの行動がどこか空々しいものになっている。
「ああ、この胡州四大公筆頭西園寺かなめ嬢のご母堂様よ。まあ胡州帝国西園寺義基首相のファーストレディーと言った方が正確かしら」
タレ目で迫力が減少しているとは言え、明らかに殺意を込めた視線をアイシャに送りながらかなめは番茶をすすっている。
「別名、遼州星系最強の生物」
そう付け加えるとカウラは茶碗の中の最後のご飯を口に突っ込む。
「西園寺さんのお母さんがですか?」
「そう言ってたろ、こいつ等も」
ぎこちない動きを見せるかなめに誠は思わず噴出しそうになる。だが、ここで噴出せばただではすまないと必死にこらえて茶碗のご飯を無理やり喉に押し込んだ。
「まあ康子様からの電話を取り次いだ時のあの隊長の恐怖に震える表情は最高だったけどねえ」
そう言いながらアイシャは自分の手元にやかんを持ってくる。
「隊長が恐怖に震える?……つまり凄い人なんですね」
「凄いんじゃねえよ、ただのアホだ」
誠の言葉に、かなめはそう自分の母を切って捨てた。
「あんまり自分の母親をそう言うふうに言うもんじゃないわよ。当代一の薙刀の名手。自慢くらいしてみなさいよ。ああ誠ちゃん酒臭いわよ。たぶん
空いてるからシャワーでも浴びてきなさいよ。そのままじゃ姐御達にいろいろ言われるわよ」
アイシャはそう言うと誠の肩を叩いた。
「30分で支度を済ませろ。遅れたら置いていくからな」
カウラもそう言うと立ち上がった。誠は番茶も飲めずにそのままシャワーへいかなければならない雰囲気に立ち去らなければならなくなっていた。
「あの、カウラさん?それと……」
「ああ、目が覚めたのか」
かなめはそう言うと腕をカウラの首に巻きつけて締め上げ始めた。
「何やってるんですか!」
思わずそう言うと飛び起きた誠はかなめの腕を引き剥がそうとした。だが、その独特の人工皮膚の筋の入った強力な人口筋肉は誠がどうにかできるものではなかった。しばらくカウラを締め上げた後、満足したとでも言うようにかなめは手を放した。
「この女が昨日ずっとお前の部屋にいやがったからな。制裁を加えていたんだ」
黙って咳き込むカウラを見ながらかなめは悪びれもせずに答える。確かにこの司法局下士官寮に誠の護衛と言うことで同居を始めたカウラ、かなめ、アイシャの三人はできるだけ他の部屋に入らないようにと寮長の島田が説明しているところに誠も同席していた。そのことを盾に不法侵入を繰り返すアイシャにかなめが制裁を加えている場面には何度か行き当たっていた。
「別に制裁なんて……どうせ昨日も泥酔した僕が暴れて看病でもしてくれていたんじゃないんですか?」
そう言う誠の顔を見て、タレ目を光らせながらばつの悪そうな顔をしてかなめは頭をかき始める。
「……お前、力の加減くらいはしろ」
ようやく息を整えたカウラがかなめをにらむ。
「あー、頭痛い。誠ちゃん起きた?」
そう言ってさも当然のように入ってくるのはアイシャだった。シャワーを浴びたばかりのようで胸にタオルを巻いただけのあられもない姿でドアを開けて立っている。かなめは誠を指差す。
「元気そうじゃないの。ごめんね、昨日はどこぞの馬鹿が加減をせずに飲んだらどうなるかわからないちびっ子に酒を飲ませたからこんなことになっちゃって……」
そんなアイシャの言葉で昨晩意識を失う直前に見た薄ら笑いを浮かべる幼女、ランの表情が思い出されて誠は頭を押さえる。
「そう言えば今は何時ですか?」
そう言う誠にかなめが腕時計を見せる。まだ7時にはなっていない。とりあえず余裕がある時間だった。
「あの、お願いがあるんですが」
誠は三人を見回す。察したアイシャはそのまま出て行った。
「着替えたいんで」
その言葉でようやくかなめとカウラは立ち上がった。
「先に飯食ってるからな」
かなめはドアを閉めて去っていく。誠はゆっくりと起き上がるとアニメのポスターの張られた壁の下にある箪笥から下着を取り出す。
そしてすぐドアを見つめた。隙間から紺色の髪が見え隠れしている。
「あの、アイシャさん。なにやってんですか?」
そんな誠の言葉で静かにドアが閉じられた。
隠れていたアイシャを追い返すとそのまますばやく着替えを終える。そして廊下に出ると誰にも行き会わずに食堂に入った。
いつものことながら技術部法術技術技師長、ヨハン・シュペルター中尉が食事当番の時の朝食は豪勢である。
最高級のウィンナーとハム。それにスクランプルエッグが食欲を誘う。どれも材料は東和の有機栽培農場から取り寄せた最高級品とシャムの育てた菜園の恵み。食べることに人生をかけているヨハンは自分の給与を割いてまで食卓の充実に力を尽くしていた。そんなヨハンの思いを完全に無視するようにかなめは味わうこともなく食材を口に詰め込む。
「かなめちゃんは味なんてわからないんでしょうね」
そう言いながら緑色のジャケットを着たアイシャがちゃんとマスタードを塗りながらウィンナーソーセージを食べている。
「そう言えば今日から隊長休みだったわよねえ」
「知らねえよ、アタシは叔父貴の保護者じゃねえんだから」
周りは半分も食べていないと言うのに皿の隅に残った卵のカスを突くだけになったかなめが答える。
「殿上会。お前も恩位《おんい》で伯爵の爵位を持っているんだから出ないといけないんじゃないのか?」
そう言いながらトマトを箸で掴むカウラをあからさまに嫌な顔をしたかなめが見つめる。当主ではないかなめも一応は胡州の有力貴族の息女として女伯爵の位を持っていることは誠も知っていた。
「誰が出るかって!あんな鼻持ちなら無い公家連中の相手なんて想像しただけで吐き気がするぜ」
そう言いながらかなめはテーブルに置かれたやかんから番茶を汲む。
「そう言って、実は康子様に会うのが嫌なんじゃないの?」
アイシャのその言葉にびくりと震え、かなめは静かに湯飲みをテーブルに置く。
「康子様?」
不思議そうに誠はかなめの顔を見る。その名前を聞いてから確かにかなめの行動がどこか空々しいものになっている。
「ああ、この胡州四大公筆頭西園寺かなめ嬢のご母堂様よ。まあ胡州帝国西園寺義基首相のファーストレディーと言った方が正確かしら」
タレ目で迫力が減少しているとは言え、明らかに殺意を込めた視線をアイシャに送りながらかなめは番茶をすすっている。
「別名、遼州星系最強の生物」
そう付け加えるとカウラは茶碗の中の最後のご飯を口に突っ込む。
「西園寺さんのお母さんがですか?」
「そう言ってたろ、こいつ等も」
ぎこちない動きを見せるかなめに誠は思わず噴出しそうになる。だが、ここで噴出せばただではすまないと必死にこらえて茶碗のご飯を無理やり喉に押し込んだ。
「まあ康子様からの電話を取り次いだ時のあの隊長の恐怖に震える表情は最高だったけどねえ」
そう言いながらアイシャは自分の手元にやかんを持ってくる。
「隊長が恐怖に震える?……つまり凄い人なんですね」
「凄いんじゃねえよ、ただのアホだ」
誠の言葉に、かなめはそう自分の母を切って捨てた。
「あんまり自分の母親をそう言うふうに言うもんじゃないわよ。当代一の薙刀の名手。自慢くらいしてみなさいよ。ああ誠ちゃん酒臭いわよ。たぶん
空いてるからシャワーでも浴びてきなさいよ。そのままじゃ姐御達にいろいろ言われるわよ」
アイシャはそう言うと誠の肩を叩いた。
「30分で支度を済ませろ。遅れたら置いていくからな」
カウラもそう言うと立ち上がった。誠は番茶も飲めずにそのままシャワーへいかなければならない雰囲気に立ち去らなければならなくなっていた。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第五部 『カウラ・ベルガー大尉の誕生日』
橋本 直
SF
遼州司法局実働部隊に課せられる訓練『閉所白兵戦訓練』
いつもの閉所白兵戦訓練で同時に製造された友人の話から実はクリスマスイブが誕生日と分かったカウラ。
そんな彼女をお祝いすると言う名目でアメリアとかなめは誠の実家でのパーティーを企画することになる。
予想通り趣味に走ったプレゼントを用意するアメリア。いかにもセレブな買い物をするかなめ。そんな二人をしり目に誠は独自でのプレゼントを考える。
誠はいかにも絵師らしくカウラを描くことになった。
閑話休題的物語。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?


もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。
銀河太平記
武者走走九郎or大橋むつお
SF
いまから二百年の未来。
前世紀から移住の始まった火星は地球のしがらみから離れようとしていた。火星の中緯度カルディア平原の大半を領域とする扶桑公国は国民の大半が日本からの移民で構成されていて、臣籍降下した扶桑宮が征夷大将軍として幕府を開いていた。
その扶桑幕府も代を重ねて五代目になろうとしている。
折しも地球では二千年紀に入って三度目のグローバリズムが破綻して、東アジア発の動乱期に入ろうとしている。
火星と地球を舞台として、銀河規模の争乱の時代が始まろうとしている。

メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~
アンジェロ岩井
SF
「えっ、クビですか?」
中企業アナハイニム社の事務課に勤める大津修也(おおつしゅうや)は会社の都合によってクビを切られてしまう。
ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。
『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。
宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。
大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。
『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。
修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる