レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
239 / 1,531
第2章 実験

ちっちゃな教導部隊長

しおりを挟む
『ああ、オメー等か。来るんじゃねーかと思ってたよ』 

 教導官と言う部屋の主に似合わない幼女の言葉がインターホンから響いて、自動ドアが開いた。

 シンは中を覗く。そこでは大きな執務机の向こう側で小さな頭が動いている。

「高梨の旦那は久しぶりだな。まあ、立ち話もなんだ。そこに座れよ……アタシも地球から帰って久しぶりの古巣さ……まあくつろいでくれ」 

 少女はシンと高梨に接客用のソファーを勧める。

 彼女、遼州司法局実働部隊副隊長兼、東和陸軍第一教導団教導部隊長クバルカ・ラン中佐は二人がソファーに腰掛けるのを確認すると自分もまたその正面に座った。この半年で閑職だったはずの実働部隊副隊長の職が一気に忙しくなったことで彼女が兼務である教導部隊の部隊長を外れるという噂はシンも知っていた。

「なんだよシン。そんなに心配か?神前がよ」 

 何かを考えているようなシンの姿を見てランはそう言うとテーブルの上の灰皿をシンの前に置いた。

「タバコか?いいんだぜ、我慢してたんだろ?」 

 気を使う小さな上官に頭を下げながら、シンはポケットからタバコを取り出した。

「高梨参事が一緒ってことは人事の話か?アタシもまー……おおよそでしか知らないんだけどな」

 そう言うとランは胸の前に腕を組んだ。教導隊と言うものが人事に介入することはどこの軍隊でも珍しいことでは無い。しかもランは海千山千の嵯峨に東和軍幹部連との丁々発止のやり方を仕込まれた口である。見た目は幼くしゃべり方もぞんざいな小学生のようなランも、その根回しや決断力で東和軍本部でも一目置かれる存在になっていた。

「要するに上は首輪をつけたいんだよ、嵯峨のおっさんに。それには一番効果的なのは金の流れを押さえることだ。となると兵隊上がりよりは官僚がその位置にいたほうが都合がいいんだろ……って茶でも飲みてーところだな」 

 そう言うとランは手持ちの携帯端末の画像を開く。

「すまんが日本茶を持ってきてくれ……湯飲みは三つで」 

 ランは画面の妙齢の秘書官にそう言うと二人の男に向き直る。その幼く見える面差しのまま眉をひそめてシンと高梨を見つめる。

「まあ予算規模としては胡州とゲルパルトが同盟軍事機構の予算を削ってでも実働部隊と法術特捜に回せとうるさいですからね」 

 そう言いながら高梨は頭を掻く。自動ドアが開いて長身の女性が茶を運んでくる。

「胡州帝国の西園寺首相は隊長にとっては戸籍上は義理の兄、血縁上は叔父に当たるわけですし、外惑星のゲルパルトのシュトルベルグ大統領は亡くなられた奥さんの兄というわけですしね。現場も背広組みもとりあえず媚を売りたいんでしょうね」 

 シンはそう言うと茶をすすった。

「実際、東和あたりじゃ僕みたいな遼南王家や西園寺一門なんかの身内を司法局という場所に固めているのはどうかって批判はかなり有るんですが……、まああの大国胡州帝国が貴族制を廃止でもしない限りは人材の配置が身内ばかりになるのは仕方ないでしょうね」 

 静かに高梨は手にした茶碗をテーブルに置いた。湯飲みで茶を啜りながらシンは横に座る小柄な高梨を観察していた。それなりの大男の嵯峨とシンの胸辺りの身長の高梨が腹違いとはいえ兄弟とはとても思えない。ただ体格はかなり違うがその独特の他人の干渉を許さない雰囲気は確かに二人が血縁にあることを示しているように思えた。 

「お茶です……って隊長。このまま里帰りってのもありじゃないですか?」

「バカ言え……あんな問題児どもほっとけるかよ」

 明らかに茶を運ぶ人選としては切れ者に見える女性大尉から茶を受け取ったランは微笑んでいた。隣の高梨も苦笑いを浮かべた。すぐにシンの視線に気が付いた高梨は目を逸らして空の湯飲みを口に運ぶ。

「まあこれもあのおっさん一流の布石なのかも知れねーな。出来上がったのは遼南内戦のエースのうち二人が在籍する緊急時即応部隊、遼州同盟司法局実働部隊第一小隊。さすがに予算をケチる理由が少なくなる……はず……」 

 茶を飲み終わったランの目の前にモニターが開く。そこにはヨハンの姿が映っていた。

「実験準備完了しました。観測室までお願いします」 

 ヨハンの一言にランは腰を上げた。シンはようやくこの小さな上官の関心が自分からこれから始められる実験に移った事に安堵したように立ち上がった。

「じゃー行くぞ」 

 そう言うとランは教導官室を出ようとする。シンと高梨もその後に続いた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第六部 『特殊な部隊の特殊な自主映画』

橋本 直
SF
毎年恒例の時代行列に加えて豊川市から映画作成を依頼された『特殊な部隊』こと司法局実働部隊。 自主映画作品を作ることになるのだがアメリアとサラの暴走でテーマをめぐり大騒ぎとなる。 いざテーマが決まってもアメリアの極めて趣味的な魔法少女ストーリに呆れて隊員達はてんでんばらばらに活躍を見せる。 そんな先輩達に振り回されながら誠は自分がキャラデザインをしたという責任感のみで参加する。 どたばたの日々が始まるのだった……。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第三部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。 一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。 その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。 この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。 そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。 『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。 誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~

阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。 転生した先は俺がやっていたゲームの世界。 前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。 だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……! そんなとき、街が魔獣に襲撃される。 迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。 だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。 平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。 だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。 隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀

さんかく ひかる
SF
22世紀後半。人類は太陽系に散らばり、人口は90億人を超えた。 畜産は制限され、人々はもっぱら大豆ミートや昆虫からたんぱく質を摂取していた。 日本は前世紀からの課題だった少子化を克服し、人口1億3千万人を維持していた。 しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。 鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。 温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。 彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。 一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。 アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。 ひみこは、自分を捨てた親を見返そうと決意した。 やがて彼女は、アレックスのサポートで国民のアイドルになっていく……。 両親はなぜ、娘を捨てたのか? 富豪と少女の関係は? これは、最後の「日本人」少女が、天才技術者の息子と過ごした五年間の物語。 完結しています。エブリスタ・小説家になろうにも掲載してます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...