レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第2章 実験

ちっちゃな教導部隊長

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『ああ、オメー等か。来るんじゃねーかと思ってたよ』 

 教導官と言う部屋の主に似合わない幼女の言葉がインターホンから響いて、自動ドアが開いた。

 シンは中を覗く。そこでは大きな執務机の向こう側で小さな頭が動いている。

「高梨の旦那は久しぶりだな。まあ、立ち話もなんだ。そこに座れよ……アタシも地球から帰って久しぶりの古巣さ……まあくつろいでくれ」 

 少女はシンと高梨に接客用のソファーを勧める。

 彼女、遼州司法局実働部隊副隊長兼、東和陸軍第一教導団教導部隊長クバルカ・ラン中佐は二人がソファーに腰掛けるのを確認すると自分もまたその正面に座った。この半年で閑職だったはずの実働部隊副隊長の職が一気に忙しくなったことで彼女が兼務である教導部隊の部隊長を外れるという噂はシンも知っていた。

「なんだよシン。そんなに心配か?神前がよ」 

 何かを考えているようなシンの姿を見てランはそう言うとテーブルの上の灰皿をシンの前に置いた。

「タバコか?いいんだぜ、我慢してたんだろ?」 

 気を使う小さな上官に頭を下げながら、シンはポケットからタバコを取り出した。

「高梨参事が一緒ってことは人事の話か?アタシもまー……おおよそでしか知らないんだけどな」

 そう言うとランは胸の前に腕を組んだ。教導隊と言うものが人事に介入することはどこの軍隊でも珍しいことでは無い。しかもランは海千山千の嵯峨に東和軍幹部連との丁々発止のやり方を仕込まれた口である。見た目は幼くしゃべり方もぞんざいな小学生のようなランも、その根回しや決断力で東和軍本部でも一目置かれる存在になっていた。

「要するに上は首輪をつけたいんだよ、嵯峨のおっさんに。それには一番効果的なのは金の流れを押さえることだ。となると兵隊上がりよりは官僚がその位置にいたほうが都合がいいんだろ……って茶でも飲みてーところだな」 

 そう言うとランは手持ちの携帯端末の画像を開く。

「すまんが日本茶を持ってきてくれ……湯飲みは三つで」 

 ランは画面の妙齢の秘書官にそう言うと二人の男に向き直る。その幼く見える面差しのまま眉をひそめてシンと高梨を見つめる。

「まあ予算規模としては胡州とゲルパルトが同盟軍事機構の予算を削ってでも実働部隊と法術特捜に回せとうるさいですからね」 

 そう言いながら高梨は頭を掻く。自動ドアが開いて長身の女性が茶を運んでくる。

「胡州帝国の西園寺首相は隊長にとっては戸籍上は義理の兄、血縁上は叔父に当たるわけですし、外惑星のゲルパルトのシュトルベルグ大統領は亡くなられた奥さんの兄というわけですしね。現場も背広組みもとりあえず媚を売りたいんでしょうね」 

 シンはそう言うと茶をすすった。

「実際、東和あたりじゃ僕みたいな遼南王家や西園寺一門なんかの身内を司法局という場所に固めているのはどうかって批判はかなり有るんですが……、まああの大国胡州帝国が貴族制を廃止でもしない限りは人材の配置が身内ばかりになるのは仕方ないでしょうね」 

 静かに高梨は手にした茶碗をテーブルに置いた。湯飲みで茶を啜りながらシンは横に座る小柄な高梨を観察していた。それなりの大男の嵯峨とシンの胸辺りの身長の高梨が腹違いとはいえ兄弟とはとても思えない。ただ体格はかなり違うがその独特の他人の干渉を許さない雰囲気は確かに二人が血縁にあることを示しているように思えた。 

「お茶です……って隊長。このまま里帰りってのもありじゃないですか?」

「バカ言え……あんな問題児どもほっとけるかよ」

 明らかに茶を運ぶ人選としては切れ者に見える女性大尉から茶を受け取ったランは微笑んでいた。隣の高梨も苦笑いを浮かべた。すぐにシンの視線に気が付いた高梨は目を逸らして空の湯飲みを口に運ぶ。

「まあこれもあのおっさん一流の布石なのかも知れねーな。出来上がったのは遼南内戦のエースのうち二人が在籍する緊急時即応部隊、遼州同盟司法局実働部隊第一小隊。さすがに予算をケチる理由が少なくなる……はず……」 

 茶を飲み終わったランの目の前にモニターが開く。そこにはヨハンの姿が映っていた。

「実験準備完了しました。観測室までお願いします」 

 ヨハンの一言にランは腰を上げた。シンはようやくこの小さな上官の関心が自分からこれから始められる実験に移った事に安堵したように立ち上がった。

「じゃー行くぞ」 

 そう言うとランは教導官室を出ようとする。シンと高梨もその後に続いた。
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