239 / 1,505
第2章 実験
ちっちゃな教導部隊長
しおりを挟む
『ああ、オメー等か。来るんじゃねーかと思ってたよ』
教導官と言う部屋の主に似合わない幼女の言葉がインターホンから響いて、自動ドアが開いた。
シンは中を覗く。そこでは大きな執務机の向こう側で小さな頭が動いている。
「高梨の旦那は久しぶりだな。まあ、立ち話もなんだ。そこに座れよ……アタシも地球から帰って久しぶりの古巣さ……まあくつろいでくれ」
少女はシンと高梨に接客用のソファーを勧める。
彼女、遼州司法局実働部隊副隊長兼、東和陸軍第一教導団教導部隊長クバルカ・ラン中佐は二人がソファーに腰掛けるのを確認すると自分もまたその正面に座った。この半年で閑職だったはずの実働部隊副隊長の職が一気に忙しくなったことで彼女が兼務である教導部隊の部隊長を外れるという噂はシンも知っていた。
「なんだよシン。そんなに心配か?神前がよ」
何かを考えているようなシンの姿を見てランはそう言うとテーブルの上の灰皿をシンの前に置いた。
「タバコか?いいんだぜ、我慢してたんだろ?」
気を使う小さな上官に頭を下げながら、シンはポケットからタバコを取り出した。
「高梨参事が一緒ってことは人事の話か?アタシもまー……おおよそでしか知らないんだけどな」
そう言うとランは胸の前に腕を組んだ。教導隊と言うものが人事に介入することはどこの軍隊でも珍しいことでは無い。しかもランは海千山千の嵯峨に東和軍幹部連との丁々発止のやり方を仕込まれた口である。見た目は幼くしゃべり方もぞんざいな小学生のようなランも、その根回しや決断力で東和軍本部でも一目置かれる存在になっていた。
「要するに上は首輪をつけたいんだよ、嵯峨のおっさんに。それには一番効果的なのは金の流れを押さえることだ。となると兵隊上がりよりは官僚がその位置にいたほうが都合がいいんだろ……って茶でも飲みてーところだな」
そう言うとランは手持ちの携帯端末の画像を開く。
「すまんが日本茶を持ってきてくれ……湯飲みは三つで」
ランは画面の妙齢の秘書官にそう言うと二人の男に向き直る。その幼く見える面差しのまま眉をひそめてシンと高梨を見つめる。
「まあ予算規模としては胡州とゲルパルトが同盟軍事機構の予算を削ってでも実働部隊と法術特捜に回せとうるさいですからね」
そう言いながら高梨は頭を掻く。自動ドアが開いて長身の女性が茶を運んでくる。
「胡州帝国の西園寺首相は隊長にとっては戸籍上は義理の兄、血縁上は叔父に当たるわけですし、外惑星のゲルパルトのシュトルベルグ大統領は亡くなられた奥さんの兄というわけですしね。現場も背広組みもとりあえず媚を売りたいんでしょうね」
シンはそう言うと茶をすすった。
「実際、東和あたりじゃ僕みたいな遼南王家や西園寺一門なんかの身内を司法局という場所に固めているのはどうかって批判はかなり有るんですが……、まああの大国胡州帝国が貴族制を廃止でもしない限りは人材の配置が身内ばかりになるのは仕方ないでしょうね」
静かに高梨は手にした茶碗をテーブルに置いた。湯飲みで茶を啜りながらシンは横に座る小柄な高梨を観察していた。それなりの大男の嵯峨とシンの胸辺りの身長の高梨が腹違いとはいえ兄弟とはとても思えない。ただ体格はかなり違うがその独特の他人の干渉を許さない雰囲気は確かに二人が血縁にあることを示しているように思えた。
「お茶です……って隊長。このまま里帰りってのもありじゃないですか?」
「バカ言え……あんな問題児どもほっとけるかよ」
明らかに茶を運ぶ人選としては切れ者に見える女性大尉から茶を受け取ったランは微笑んでいた。隣の高梨も苦笑いを浮かべた。すぐにシンの視線に気が付いた高梨は目を逸らして空の湯飲みを口に運ぶ。
「まあこれもあのおっさん一流の布石なのかも知れねーな。出来上がったのは遼南内戦のエースのうち二人が在籍する緊急時即応部隊、遼州同盟司法局実働部隊第一小隊。さすがに予算をケチる理由が少なくなる……はず……」
茶を飲み終わったランの目の前にモニターが開く。そこにはヨハンの姿が映っていた。
「実験準備完了しました。観測室までお願いします」
ヨハンの一言にランは腰を上げた。シンはようやくこの小さな上官の関心が自分からこれから始められる実験に移った事に安堵したように立ち上がった。
「じゃー行くぞ」
そう言うとランは教導官室を出ようとする。シンと高梨もその後に続いた。
教導官と言う部屋の主に似合わない幼女の言葉がインターホンから響いて、自動ドアが開いた。
シンは中を覗く。そこでは大きな執務机の向こう側で小さな頭が動いている。
「高梨の旦那は久しぶりだな。まあ、立ち話もなんだ。そこに座れよ……アタシも地球から帰って久しぶりの古巣さ……まあくつろいでくれ」
少女はシンと高梨に接客用のソファーを勧める。
彼女、遼州司法局実働部隊副隊長兼、東和陸軍第一教導団教導部隊長クバルカ・ラン中佐は二人がソファーに腰掛けるのを確認すると自分もまたその正面に座った。この半年で閑職だったはずの実働部隊副隊長の職が一気に忙しくなったことで彼女が兼務である教導部隊の部隊長を外れるという噂はシンも知っていた。
「なんだよシン。そんなに心配か?神前がよ」
何かを考えているようなシンの姿を見てランはそう言うとテーブルの上の灰皿をシンの前に置いた。
「タバコか?いいんだぜ、我慢してたんだろ?」
気を使う小さな上官に頭を下げながら、シンはポケットからタバコを取り出した。
「高梨参事が一緒ってことは人事の話か?アタシもまー……おおよそでしか知らないんだけどな」
そう言うとランは胸の前に腕を組んだ。教導隊と言うものが人事に介入することはどこの軍隊でも珍しいことでは無い。しかもランは海千山千の嵯峨に東和軍幹部連との丁々発止のやり方を仕込まれた口である。見た目は幼くしゃべり方もぞんざいな小学生のようなランも、その根回しや決断力で東和軍本部でも一目置かれる存在になっていた。
「要するに上は首輪をつけたいんだよ、嵯峨のおっさんに。それには一番効果的なのは金の流れを押さえることだ。となると兵隊上がりよりは官僚がその位置にいたほうが都合がいいんだろ……って茶でも飲みてーところだな」
そう言うとランは手持ちの携帯端末の画像を開く。
「すまんが日本茶を持ってきてくれ……湯飲みは三つで」
ランは画面の妙齢の秘書官にそう言うと二人の男に向き直る。その幼く見える面差しのまま眉をひそめてシンと高梨を見つめる。
「まあ予算規模としては胡州とゲルパルトが同盟軍事機構の予算を削ってでも実働部隊と法術特捜に回せとうるさいですからね」
そう言いながら高梨は頭を掻く。自動ドアが開いて長身の女性が茶を運んでくる。
「胡州帝国の西園寺首相は隊長にとっては戸籍上は義理の兄、血縁上は叔父に当たるわけですし、外惑星のゲルパルトのシュトルベルグ大統領は亡くなられた奥さんの兄というわけですしね。現場も背広組みもとりあえず媚を売りたいんでしょうね」
シンはそう言うと茶をすすった。
「実際、東和あたりじゃ僕みたいな遼南王家や西園寺一門なんかの身内を司法局という場所に固めているのはどうかって批判はかなり有るんですが……、まああの大国胡州帝国が貴族制を廃止でもしない限りは人材の配置が身内ばかりになるのは仕方ないでしょうね」
静かに高梨は手にした茶碗をテーブルに置いた。湯飲みで茶を啜りながらシンは横に座る小柄な高梨を観察していた。それなりの大男の嵯峨とシンの胸辺りの身長の高梨が腹違いとはいえ兄弟とはとても思えない。ただ体格はかなり違うがその独特の他人の干渉を許さない雰囲気は確かに二人が血縁にあることを示しているように思えた。
「お茶です……って隊長。このまま里帰りってのもありじゃないですか?」
「バカ言え……あんな問題児どもほっとけるかよ」
明らかに茶を運ぶ人選としては切れ者に見える女性大尉から茶を受け取ったランは微笑んでいた。隣の高梨も苦笑いを浮かべた。すぐにシンの視線に気が付いた高梨は目を逸らして空の湯飲みを口に運ぶ。
「まあこれもあのおっさん一流の布石なのかも知れねーな。出来上がったのは遼南内戦のエースのうち二人が在籍する緊急時即応部隊、遼州同盟司法局実働部隊第一小隊。さすがに予算をケチる理由が少なくなる……はず……」
茶を飲み終わったランの目の前にモニターが開く。そこにはヨハンの姿が映っていた。
「実験準備完了しました。観測室までお願いします」
ヨハンの一言にランは腰を上げた。シンはようやくこの小さな上官の関心が自分からこれから始められる実験に移った事に安堵したように立ち上がった。
「じゃー行くぞ」
そう言うとランは教導官室を出ようとする。シンと高梨もその後に続いた。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
もう、終わった話ですし
志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。
その知らせを聞いても、私には関係の無い事。
だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥
‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの
少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!
七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ?
俺はいったい、どうなっているんだ。
真実の愛を取り戻したいだけなのに。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
王家も我が家を馬鹿にしてますわよね
章槻雅希
ファンタジー
よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。
『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる