レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
236 / 1,503
第2章 実験

痛い機体

しおりを挟む
 日差しを浴びて目覚めた誠は、硬い簡易ベッドから身を起すとそのままシャワー室へと向かった。そしてそこでぬるいシャワーを浴び、その足で食堂に向かった。誠以外は関係者ばかりの食堂での食事だったがそこにシンの姿は無かった。

 敬虔なイスラム教徒である彼が別のところで食事をすることはよくあることなので、誠も気にもしなかった。そして疲れた雰囲気の試験機担当の技師達を横目で見ながら携帯通信端末をいじる。

 特に小隊長のカウラからの連絡も無いのを確認すると、急いで典型的な焼き魚定食を食べ終えて昨日のシンの指示通りハンガーへと向かった。

 一両の見慣れた05式専用の運搬トレーラーの周りに人だかりができている。

「マジかよ……」 

「写真撮って配ったりしたら受けるかもな」 

「アホだ……」 

 作業着姿でつぶやく陸軍の技官連中を見ながら、誠はトレーラーの隣のトラックの荷台から降りてきたヨハンと西、そして見慣れた整備班の連中を見つけた。

「神前さん!」 

 西が声をかけると野次馬達も一斉に誠の顔を見て口をつぐんだ。ちらちらと誠達を見つめてニヤニヤと笑う陸軍の将兵が見える。

「とりあえずパイロットスーツに着替えろよ」 

 そう言うとヨハンはばつが悪そうに手にしていた袋を誠に手渡す。その表情は昨日の自分のミスを悔いるような様子が見て取れて誠は愛想笑いを浮
かべた。

「いいですよ、気にすることは無いですから」 

 誠はそう言ってヨハンからパイロットスーツを受け取るとそのままトラックの中に入って着替えを始める。そんな彼等の周りを付かず離れず技官達が取り囲んでいるような気配はトラックの荷台の中でも良く分かった。

「おい!お前達。仕事はいいのか!」 

 外ではヨハンが叫んでいた。彼の階級が中尉と言うこともあり、ぶつぶつ言いながら陸軍の野次馬達は退散しているようだった。誠はそんな言葉に自嘲気味に笑うと作業着を脱いだ。

「まああいつ等の気持ちもわかるがなあ」

 荷台の外からのヨハンの皮肉たっぷりの口調が響く。 

「駄目ですよシュペルター中尉。中で神前さん着替えているんですから」 

「そう言うがよ、西。あれ見たら誰でも突っ込みたくなるだろ?」 

 着替えながらも誠は二人の雑談を聞いていた。誠は胡州で起きたクーデター未遂事件、通称『近藤事件』での初出撃6機撃墜のエースとして自分の愛機にオリジナルの塗装を施すことを許される立場となった。そこで彼はアダルトゲーム、『ラブラブ魔女っ子シンディー』のエミリアちゃんの描かれた塗装を希望した。当然却下されると思っていたが隊長の嵯峨は笑いながらそれを許可した。

 そして生まれた痛車ならぬ『痛特機』の噂は銀河を駆けた。誠も暇なときにネットやアングラの同人誌などで自分の機体が紹介されているのを見るたびに暗澹たる気持ちになったが、ここまで来るともう後には引けなかった。誠は頬を両手で叩いて気合を入れるとヨハンと西の雑談を聞きながら着替えを終えて外に出た。

「どうだ?調子は」 

 作業服に身を包んだシンが歩み寄ってくる。髭面が特徴の上官に誠達は礼儀程度の敬礼をする。その姿に苦笑いを浮かべるとシンは手にしていた書類に目を通す。

「とりあえず神前は3号機の起動、西達は立ち会え。シュペルターは俺と一緒にデータ収集だ。本部に行くぞ」 

『了解しました!』 

 ヨハン達は今度はそれらしく一斉に敬礼をする。シンがそれを返すのを見るとすぐに西はトレーラーの運転席に走る。

「とりあえずコックピットに乗っちゃってください。デッキアップしますんで!」 

 西はドアの前でそう言うとトレーラーに飛び込んだ。それを見ながら誠はそのままトレーラーの足場に取り付いた。

 薄い灰色の機体の上を歩いてコックピットに入った誠は、慣れた調子でエンジンの起動準備にかかる。この05式を本格的に動かすのは近藤事件以来である。だが、搭載された05式のシミュレーションで機能は使い慣れていた。

 シミュレータが配備されていない実働部隊では、この機体に司法局実働部隊の頭脳とも言われる吉田俊平少佐の組んだシミュレーションプログラムを走らせての訓練がその内容の大半を占める。主に近接戦闘、彼の05式乙型らしい法術強化型サーベルでの模擬戦闘が中心のメニューだった。

 とりあえず接近さえできれば吉田達第一小隊の猛者とも渡り合える自信がついてきた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア
ファンタジー
孤児からストリートチルドレンとなり、その後も養父に殺害されかけたりと不幸な人生を歩んでいた天才錬金術師グラス=ディメリア。 若くして病魔に蝕まれ、死に抗おうと最後の研究を進める彼は、禁忌に触れたとして女神の代行者――神人から処刑を言い渡される。 抗うことさえ出来ずに断罪されたグラスだったが、女神アウローラから生前の錬金術による功績を讃えられ『転生』の機会を与えられた。 本来であれば全ての記憶を抹消し、新たな生命として生まれ変わるはずのグラスは、別の女神フォルトナの独断により、記憶を保有したまま転生させられる。 グラスが転生したのは、彼の死から三百年後。 赤ちゃん(♀)として生を受けたグラスは、両親によってリーフと名付けられ、新たな人生を歩むことになった。 これは幸福が何かを知らない孤独な錬金術師が、愛を知り、自らの手で幸福を掴むまでの物語。 著者:藤本透 原案:エルトリア

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...