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第2章 実験
痛い機体
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日差しを浴びて目覚めた誠は、硬い簡易ベッドから身を起すとそのままシャワー室へと向かった。そしてそこでぬるいシャワーを浴び、その足で食堂に向かった。誠以外は関係者ばかりの食堂での食事だったがそこにシンの姿は無かった。
敬虔なイスラム教徒である彼が別のところで食事をすることはよくあることなので、誠も気にもしなかった。そして疲れた雰囲気の試験機担当の技師達を横目で見ながら携帯通信端末をいじる。
特に小隊長のカウラからの連絡も無いのを確認すると、急いで典型的な焼き魚定食を食べ終えて昨日のシンの指示通りハンガーへと向かった。
一両の見慣れた05式専用の運搬トレーラーの周りに人だかりができている。
「マジかよ……」
「写真撮って配ったりしたら受けるかもな」
「アホだ……」
作業着姿でつぶやく陸軍の技官連中を見ながら、誠はトレーラーの隣のトラックの荷台から降りてきたヨハンと西、そして見慣れた整備班の連中を見つけた。
「神前さん!」
西が声をかけると野次馬達も一斉に誠の顔を見て口をつぐんだ。ちらちらと誠達を見つめてニヤニヤと笑う陸軍の将兵が見える。
「とりあえずパイロットスーツに着替えろよ」
そう言うとヨハンはばつが悪そうに手にしていた袋を誠に手渡す。その表情は昨日の自分のミスを悔いるような様子が見て取れて誠は愛想笑いを浮
かべた。
「いいですよ、気にすることは無いですから」
誠はそう言ってヨハンからパイロットスーツを受け取るとそのままトラックの中に入って着替えを始める。そんな彼等の周りを付かず離れず技官達が取り囲んでいるような気配はトラックの荷台の中でも良く分かった。
「おい!お前達。仕事はいいのか!」
外ではヨハンが叫んでいた。彼の階級が中尉と言うこともあり、ぶつぶつ言いながら陸軍の野次馬達は退散しているようだった。誠はそんな言葉に自嘲気味に笑うと作業着を脱いだ。
「まああいつ等の気持ちもわかるがなあ」
荷台の外からのヨハンの皮肉たっぷりの口調が響く。
「駄目ですよシュペルター中尉。中で神前さん着替えているんですから」
「そう言うがよ、西。あれ見たら誰でも突っ込みたくなるだろ?」
着替えながらも誠は二人の雑談を聞いていた。誠は胡州で起きたクーデター未遂事件、通称『近藤事件』での初出撃6機撃墜のエースとして自分の愛機にオリジナルの塗装を施すことを許される立場となった。そこで彼はアダルトゲーム、『ラブラブ魔女っ子シンディー』のエミリアちゃんの描かれた塗装を希望した。当然却下されると思っていたが隊長の嵯峨は笑いながらそれを許可した。
そして生まれた痛車ならぬ『痛特機』の噂は銀河を駆けた。誠も暇なときにネットやアングラの同人誌などで自分の機体が紹介されているのを見るたびに暗澹たる気持ちになったが、ここまで来るともう後には引けなかった。誠は頬を両手で叩いて気合を入れるとヨハンと西の雑談を聞きながら着替えを終えて外に出た。
「どうだ?調子は」
作業服に身を包んだシンが歩み寄ってくる。髭面が特徴の上官に誠達は礼儀程度の敬礼をする。その姿に苦笑いを浮かべるとシンは手にしていた書類に目を通す。
「とりあえず神前は3号機の起動、西達は立ち会え。シュペルターは俺と一緒にデータ収集だ。本部に行くぞ」
『了解しました!』
ヨハン達は今度はそれらしく一斉に敬礼をする。シンがそれを返すのを見るとすぐに西はトレーラーの運転席に走る。
「とりあえずコックピットに乗っちゃってください。デッキアップしますんで!」
西はドアの前でそう言うとトレーラーに飛び込んだ。それを見ながら誠はそのままトレーラーの足場に取り付いた。
薄い灰色の機体の上を歩いてコックピットに入った誠は、慣れた調子でエンジンの起動準備にかかる。この05式を本格的に動かすのは近藤事件以来である。だが、搭載された05式のシミュレーションで機能は使い慣れていた。
シミュレータが配備されていない実働部隊では、この機体に司法局実働部隊の頭脳とも言われる吉田俊平少佐の組んだシミュレーションプログラムを走らせての訓練がその内容の大半を占める。主に近接戦闘、彼の05式乙型らしい法術強化型サーベルでの模擬戦闘が中心のメニューだった。
とりあえず接近さえできれば吉田達第一小隊の猛者とも渡り合える自信がついてきた。
敬虔なイスラム教徒である彼が別のところで食事をすることはよくあることなので、誠も気にもしなかった。そして疲れた雰囲気の試験機担当の技師達を横目で見ながら携帯通信端末をいじる。
特に小隊長のカウラからの連絡も無いのを確認すると、急いで典型的な焼き魚定食を食べ終えて昨日のシンの指示通りハンガーへと向かった。
一両の見慣れた05式専用の運搬トレーラーの周りに人だかりができている。
「マジかよ……」
「写真撮って配ったりしたら受けるかもな」
「アホだ……」
作業着姿でつぶやく陸軍の技官連中を見ながら、誠はトレーラーの隣のトラックの荷台から降りてきたヨハンと西、そして見慣れた整備班の連中を見つけた。
「神前さん!」
西が声をかけると野次馬達も一斉に誠の顔を見て口をつぐんだ。ちらちらと誠達を見つめてニヤニヤと笑う陸軍の将兵が見える。
「とりあえずパイロットスーツに着替えろよ」
そう言うとヨハンはばつが悪そうに手にしていた袋を誠に手渡す。その表情は昨日の自分のミスを悔いるような様子が見て取れて誠は愛想笑いを浮
かべた。
「いいですよ、気にすることは無いですから」
誠はそう言ってヨハンからパイロットスーツを受け取るとそのままトラックの中に入って着替えを始める。そんな彼等の周りを付かず離れず技官達が取り囲んでいるような気配はトラックの荷台の中でも良く分かった。
「おい!お前達。仕事はいいのか!」
外ではヨハンが叫んでいた。彼の階級が中尉と言うこともあり、ぶつぶつ言いながら陸軍の野次馬達は退散しているようだった。誠はそんな言葉に自嘲気味に笑うと作業着を脱いだ。
「まああいつ等の気持ちもわかるがなあ」
荷台の外からのヨハンの皮肉たっぷりの口調が響く。
「駄目ですよシュペルター中尉。中で神前さん着替えているんですから」
「そう言うがよ、西。あれ見たら誰でも突っ込みたくなるだろ?」
着替えながらも誠は二人の雑談を聞いていた。誠は胡州で起きたクーデター未遂事件、通称『近藤事件』での初出撃6機撃墜のエースとして自分の愛機にオリジナルの塗装を施すことを許される立場となった。そこで彼はアダルトゲーム、『ラブラブ魔女っ子シンディー』のエミリアちゃんの描かれた塗装を希望した。当然却下されると思っていたが隊長の嵯峨は笑いながらそれを許可した。
そして生まれた痛車ならぬ『痛特機』の噂は銀河を駆けた。誠も暇なときにネットやアングラの同人誌などで自分の機体が紹介されているのを見るたびに暗澹たる気持ちになったが、ここまで来るともう後には引けなかった。誠は頬を両手で叩いて気合を入れるとヨハンと西の雑談を聞きながら着替えを終えて外に出た。
「どうだ?調子は」
作業服に身を包んだシンが歩み寄ってくる。髭面が特徴の上官に誠達は礼儀程度の敬礼をする。その姿に苦笑いを浮かべるとシンは手にしていた書類に目を通す。
「とりあえず神前は3号機の起動、西達は立ち会え。シュペルターは俺と一緒にデータ収集だ。本部に行くぞ」
『了解しました!』
ヨハン達は今度はそれらしく一斉に敬礼をする。シンがそれを返すのを見るとすぐに西はトレーラーの運転席に走る。
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とりあえず接近さえできれば吉田達第一小隊の猛者とも渡り合える自信がついてきた。
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