レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
225 / 1,505
第22章 新しい暮らし

両手に花、どころではなく

しおりを挟む
 翌朝、誠は焼けるような腹痛で飛び起きた。そのままトイレに駆け込み用を済ませて部屋に帰ろうとした彼の前にいつの間かかなめが立っていた。

「おい、顔色悪りいぜ。何かあったのか?」 

 昨日、ウォッカの箱を開けるやいなや、かなめはすぐさま誠の口にアルコール度40の液体を流し込んだ。それが原因だとは思っていないようなかなめに呆れながら誠はそのまま自分の部屋に向かう。

「挨拶ぐらいしていけよな」 

 小さな声でつぶやくと、かなめはそのまま喫煙所に向かった。誠は部屋に戻り、Tシャツとジーパンに着替えて部屋を出る。今度はカウラが立っている。

「おはよう」 

 誠の部屋の前でカウラはそれだけ言うと階段を下りていく。誠も食堂に行こうと歩き始めた。腹の違和感と頭痛は続いている。

「昨日は災難だったわねえ」 

 階段の途中で待っていたのはアイシャだった。さすがに彼女はかなめにやたらと酒を飲まされた誠に同情しているように見えた。

「酒が嫌いになれそうですね。このままだと」 

 誠は話題を振られた方向が予想と違っていたことに照れながら頭を掻く。

「それはまあ、かなめちゃんのことは隊長に言ってもらうわよ。それにしてもシャワー室、汚すぎない?」 

「これまでは男所帯だったわけですからね。それにそういうことは寮長の島田先輩に言ってくださいよ」

 そんな誠の言葉にアイシャは大きくため息をついた。 

「その島田君がしばらく本部に泊り込みになりそうだって話よ」 

 そう言いながら誠とアイシャは食堂の前にたどり着く。そこにはいつものだらけた雰囲気の隊員達が雑談をしていたが、カウラとアイシャの姿を見ると急に背筋を伸ばして直立不動の体勢を取った。

「ああ、気にしなくて良いわよ」 

 アイシャは軽く敬礼をするとそのまま食堂に入った。厨房で忙しく隊員に指示を出しているヨハンが見える。とりあえず誠は空いているテーブルに腰を下ろす。当然と言った風にカウラが正面に、そしてアイシャは誠の右隣に座った。

「とりあえず麦茶でも飲みなさいよ」 

 アイシャはやかんに入った麦茶を注いで誠に渡す。誠は受け取ったコップをすぐさま空にした。ともかく喉が渇いた。誠は空のコップをアイシャの前に置いた。

「食事、取ってきて」 

 誠の態度を無視して顔をまじまじと見つめたアイシャがそう言った。

「あの、一応セルフサービスなんですけど」 

「上官命令。取ってきて」 

 何を言っても無駄だというように誠は立ち上がった。アイシャの気まぐれにはもう慣れていた。そのままカウラと一緒に厨房が覗けるカウンターの前に出来た行列に並ぶ。

「席はアイシャが取っておくと言うことだ」 

 そう言うとカウラは誠に二つのトレーを渡す。下士官寮に突然移り住んできた佐官の席を奪う度胸がある隊員はいないだろうと思いながら誠は苦笑いを浮かべた。

「佐官だからっていきがりやがってなあ。オメエも迷惑だろ?」 

 喫煙所から戻ってきたかなめがさもそれが当然と言うように誠の後ろに並ぶ。

「両手に花かよ、うらやましい限りだな」 

 朝食当番のヨハンがそう言いながら茹でたソーセージをトレーに載せていく。それにあわせて笑う食事当番の隊員達の顔はどこと無く引きつって見えた。とりあえず緊張をほぐそうと誠は口を開いた。

「技術部は大変ですね」 

「まあな、ただうちとしてはM10は楽な機体だぜ。アメリカさんの機体だ。大規模運用を前提として設計されているだけあって整備や調整の手間がかからないように出来てるからな。まあ確かに海軍以外が採用しなかったのはアメリカさんが使うにはちょっとセンシティブなところがあるからかもしれないがな」

 そう言いながらヨハンは誠のトレーに乗った自家製のソーセージの隣にたっぷりと洋辛子を塗りつける。 

「だが、それ故に自由度は低いわけだな」 

 カウラの言葉をはぐらかすようにヨハンは笑う。

「大丈夫ですよベルガー大尉。05式の代替機にするつもりは無いですから。それに起動システム等の先進技術の入ったブラックボックスの整備はシンプソン中尉と彼女が指名した数名しかタッチするなと許大佐に言われてますから」 

「まあシン大尉ががんばってくれたおかげで何とか05式の維持管理ができる程度の予算も確保できましたから」 

 食堂に入るなり小走りにカウラのそばまでやってきた菰田がヨハンの言葉に付け加える。突然自分の前に現れた苦手な部下の登場にカウラが呆れた顔をしていた。

「それは……良い知らせだな」 
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...