レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第21章 普段の一日

欲望の詰まった部屋

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「じゃあとりあえずこの部屋に置きましょう」 

 そう言うとアイシャは図書館の手前の空き部屋の鍵を開ける。

「いつの間に島田から借り出したんだ?」 

「いえね、以前サラが正人君にスペアーキーもらったのをコピーしたのよ」 

 そう言うとアイシャは扉を開く。誠は不機嫌そうなかなめからダンボールを取り上げると、そのまま部屋に運び込んだ。次々とダンボールが積み上げられ、あっという間に部屋の半分が埋め尽くされていく。

「ずいぶんな量だな」 

「スミス大尉。これでもかなり減らした方なんですよ」 

 ロナルドにパーラが耳打ちする。

「今日はこれでおしまいなわけね」 

 アイシャはそう言うと寮の住人のコレクションに手を伸ばす。

「好きだねえ、オメエは」 

 手にした漫画の表紙の少女の過激な股を広げた格好を見て呆れたようにかなめが呟いた。 

「何?いけないの?」

「オメエの趣味だ、あれこれ言うつもりはねえよ」 

 開き直るアイシャにそう言うとかなめはタバコを取り出して部屋を出て行く。一つだけ、先ほどまでかなめが抱えていたダンボールから縄で縛られた少女の絵が覗いている。

「やっぱりこう言う趣味なのね、かなめちゃんは」 

 そう言うとアイシャはその漫画を取り上げた。

「なんですか?それは」 

 岡部の声が裏返る。

「百合&調教もの。まさにかなめちゃんにぴったりじゃないの」 

 ぱらぱらとアイシャはページをめくる。

「だが、それを買ったのは貴様だろ?」 

 カウラはそう言うと、そのページを覗き込んでいる誠とフェデロを一瞥した後、部屋から出て行った。

「ごめんね、ちょっとトイレに!」

 そう言うとアイシャは冊子を置いてカウラに続いて部屋を出て行った。

「すまんが西、これでコーヒーでも買ってきてくれ」 

 食堂についたカウラが西に一万円札を渡す。

「ああ、俺も出しますよ」 

 そう言ってロナルドがポケットに手を伸ばすのをカウラは視線で制した。

「全部アイシャの荷物だからあの娘《こ》が出すのが良いんだけど、そうするとまた余計な仕事を押し付けられるかもしれないからね」 

 パーラがそう言ってロナルド達に疲れた笑みを浮かべた。

「しかし、本当に変わった奴が多いな。この部隊は」 

 ロナルドの言葉に顔を見合わせるサラとパーラには言うべき言葉が見つからなかった。西はロナルド達から質問されて下手な答えをしないために急いで敬礼してそのまま近くのコンビニへと走る。入れ替わりにタバコを一服したかなめが帰ってきた。

「でも良い人が多くて良かったです」

 レベッカはそう言うと恥ずかしそうに視線を落とした。

「そいつはどうかねえ」

 タバコを一服して戻ってきたかなめはそんな彼女を見て笑顔を浮かべながら意味ありげに笑う。

「違うんですか?」

 レベッカがアイシャのコレクションの運搬の仕事を始めてから初めてに無邪気な笑みを浮かべた。

「実際お前さんの上官に聞いてみな?アタシがいい奴かどうか」

 かなめの言葉にレベッカが彼女を見守っていたロナルドに目を向けた。ロナルドは黙って首を振った。

「まあロナルドの旦那はアタシと同類か……まあいいや。ここにいても仕方ねえや。食堂で話そうや」

 かなめはそう言って部屋の扉を開ける。誠達も彼女に続いて廊下から階段、そして食堂へとたどり着いた。

 食堂に入ると薄ら笑いを浮かべながらかなめがどっかりと中央のテーブルの真ん中の椅子に座る。誠もいつも通り意識せずにその隣の席を取る。反対側に座ったカウラがいつものように冷たい視線を送るが、まるで気にする様子は無い。

「しかし、神前君は良い上司に恵まれてるな……少なくとも人として扱ってもらっている」 

 ロナルドは気を利かせたレベッカからぬるい番茶の入った湯飲みを受け取るとそれを口に含んだ。

「そうかねえ、俺にはそうは思えないけどな」 

 フェデロの一言で、かなめとカウラの視線が彼に向かう。助けを求めるようにレベッカを見るフェデロだが、レベッカはもじもじしながら下を向いてしまった。

「余計なことは言わない方が良いな。お前も岡部もアサルト・モジュールでの本格的な実戦を経験したことは無いんだ。それに対し神前君は撃墜スコアー6機。立派なエースだ。文句を言いたければ結果を出してからにしろ」 

「なんだよ、海軍の精鋭と聞いていたわりには実戦処女か?訓練時間だけが長いただのひよっこじゃねえか」 

 挑発的な視線を送るかなめだが、岡部もフェデロもそれに食いつく様子は見せない。さすがにかなめのわかりやすい性格が読めてきたのだろうと思って誠は苦笑いを浮かべた。ロナルドは言葉を続ける。

「我々と西園寺大尉では司法局に所属する意味はまるっきり違う。そう遠くない時期にベルルカン大陸に遼州司法局の旗を持って派遣される可能性もあるだろうからな」 

 ロナルドのその言葉に場の空気は固まった。

「そうか、あそこは遼州のアキレス腱だからな。小隊一つ送るにしても、微妙なパワーバランスや政治的配慮やらでお偉いさんも及び腰になっているのが実情だ。まああそこに利権を持つロシアやフランス辺りの面子を潰さずにアメちゃんの兵隊を送り込む方法としては、そう言う発想はありなんじゃないかな」 

 一人その空気を読めていたかなめの言葉、ロナルドは静かに頷いた。

「例えば先月誕生したスラベニア文民政権の正当性をめぐって遼州同盟は苛立っている。選挙と言うがベルルカン大陸らしい妨害や選挙データの改ざんが噂されている。さらに後ろに今度の大統領の後ろにはあからさまに地球の南米の大国、ブラジルのネオナチの影がちらついているからな。再来月の出直し選挙がどういう形で行われるかであの大陸の運命が決まるかも知れない」 

 ロナルドはそう言いながら一同を見回した。

「まあ、第一小隊は同盟加盟国の法術武装組織の教導任務で手が離せない。アタシ等は目立ちすぎて動けない。そうなるとどこかからそれなりの腕前の奴を引っ張ってくるしかない。そこに遼州での存在をアピールしたかったアメリカ海軍が目をつけたって事だな」 

 かなめのその言葉を否定も肯定もせず、ロナルドはただ笑みを浮かべるだけだった。

「まあ、そう言うことにしておきましょう」 

 不敵な笑みを浮かべるロナルド。まあ良いとでも言うようにかなめは自分の頭を軽く叩いた。

「まあ西の野郎を待ちつつまったりしようや」 

 その場にいる全員が珍しくかなめの言うことに同意するように頷いた。
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