レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
221 / 1,535
第21章 普段の一日

欲望の詰まった部屋

しおりを挟む
「じゃあとりあえずこの部屋に置きましょう」 

 そう言うとアイシャは図書館の手前の空き部屋の鍵を開ける。

「いつの間に島田から借り出したんだ?」 

「いえね、以前サラが正人君にスペアーキーもらったのをコピーしたのよ」 

 そう言うとアイシャは扉を開く。誠は不機嫌そうなかなめからダンボールを取り上げると、そのまま部屋に運び込んだ。次々とダンボールが積み上げられ、あっという間に部屋の半分が埋め尽くされていく。

「ずいぶんな量だな」 

「スミス大尉。これでもかなり減らした方なんですよ」 

 ロナルドにパーラが耳打ちする。

「今日はこれでおしまいなわけね」 

 アイシャはそう言うと寮の住人のコレクションに手を伸ばす。

「好きだねえ、オメエは」 

 手にした漫画の表紙の少女の過激な股を広げた格好を見て呆れたようにかなめが呟いた。 

「何?いけないの?」

「オメエの趣味だ、あれこれ言うつもりはねえよ」 

 開き直るアイシャにそう言うとかなめはタバコを取り出して部屋を出て行く。一つだけ、先ほどまでかなめが抱えていたダンボールから縄で縛られた少女の絵が覗いている。

「やっぱりこう言う趣味なのね、かなめちゃんは」 

 そう言うとアイシャはその漫画を取り上げた。

「なんですか?それは」 

 岡部の声が裏返る。

「百合&調教もの。まさにかなめちゃんにぴったりじゃないの」 

 ぱらぱらとアイシャはページをめくる。

「だが、それを買ったのは貴様だろ?」 

 カウラはそう言うと、そのページを覗き込んでいる誠とフェデロを一瞥した後、部屋から出て行った。

「ごめんね、ちょっとトイレに!」

 そう言うとアイシャは冊子を置いてカウラに続いて部屋を出て行った。

「すまんが西、これでコーヒーでも買ってきてくれ」 

 食堂についたカウラが西に一万円札を渡す。

「ああ、俺も出しますよ」 

 そう言ってロナルドがポケットに手を伸ばすのをカウラは視線で制した。

「全部アイシャの荷物だからあの娘《こ》が出すのが良いんだけど、そうするとまた余計な仕事を押し付けられるかもしれないからね」 

 パーラがそう言ってロナルド達に疲れた笑みを浮かべた。

「しかし、本当に変わった奴が多いな。この部隊は」 

 ロナルドの言葉に顔を見合わせるサラとパーラには言うべき言葉が見つからなかった。西はロナルド達から質問されて下手な答えをしないために急いで敬礼してそのまま近くのコンビニへと走る。入れ替わりにタバコを一服したかなめが帰ってきた。

「でも良い人が多くて良かったです」

 レベッカはそう言うと恥ずかしそうに視線を落とした。

「そいつはどうかねえ」

 タバコを一服して戻ってきたかなめはそんな彼女を見て笑顔を浮かべながら意味ありげに笑う。

「違うんですか?」

 レベッカがアイシャのコレクションの運搬の仕事を始めてから初めてに無邪気な笑みを浮かべた。

「実際お前さんの上官に聞いてみな?アタシがいい奴かどうか」

 かなめの言葉にレベッカが彼女を見守っていたロナルドに目を向けた。ロナルドは黙って首を振った。

「まあロナルドの旦那はアタシと同類か……まあいいや。ここにいても仕方ねえや。食堂で話そうや」

 かなめはそう言って部屋の扉を開ける。誠達も彼女に続いて廊下から階段、そして食堂へとたどり着いた。

 食堂に入ると薄ら笑いを浮かべながらかなめがどっかりと中央のテーブルの真ん中の椅子に座る。誠もいつも通り意識せずにその隣の席を取る。反対側に座ったカウラがいつものように冷たい視線を送るが、まるで気にする様子は無い。

「しかし、神前君は良い上司に恵まれてるな……少なくとも人として扱ってもらっている」 

 ロナルドは気を利かせたレベッカからぬるい番茶の入った湯飲みを受け取るとそれを口に含んだ。

「そうかねえ、俺にはそうは思えないけどな」 

 フェデロの一言で、かなめとカウラの視線が彼に向かう。助けを求めるようにレベッカを見るフェデロだが、レベッカはもじもじしながら下を向いてしまった。

「余計なことは言わない方が良いな。お前も岡部もアサルト・モジュールでの本格的な実戦を経験したことは無いんだ。それに対し神前君は撃墜スコアー6機。立派なエースだ。文句を言いたければ結果を出してからにしろ」 

「なんだよ、海軍の精鋭と聞いていたわりには実戦処女か?訓練時間だけが長いただのひよっこじゃねえか」 

 挑発的な視線を送るかなめだが、岡部もフェデロもそれに食いつく様子は見せない。さすがにかなめのわかりやすい性格が読めてきたのだろうと思って誠は苦笑いを浮かべた。ロナルドは言葉を続ける。

「我々と西園寺大尉では司法局に所属する意味はまるっきり違う。そう遠くない時期にベルルカン大陸に遼州司法局の旗を持って派遣される可能性もあるだろうからな」 

 ロナルドのその言葉に場の空気は固まった。

「そうか、あそこは遼州のアキレス腱だからな。小隊一つ送るにしても、微妙なパワーバランスや政治的配慮やらでお偉いさんも及び腰になっているのが実情だ。まああそこに利権を持つロシアやフランス辺りの面子を潰さずにアメちゃんの兵隊を送り込む方法としては、そう言う発想はありなんじゃないかな」 

 一人その空気を読めていたかなめの言葉、ロナルドは静かに頷いた。

「例えば先月誕生したスラベニア文民政権の正当性をめぐって遼州同盟は苛立っている。選挙と言うがベルルカン大陸らしい妨害や選挙データの改ざんが噂されている。さらに後ろに今度の大統領の後ろにはあからさまに地球の南米の大国、ブラジルのネオナチの影がちらついているからな。再来月の出直し選挙がどういう形で行われるかであの大陸の運命が決まるかも知れない」 

 ロナルドはそう言いながら一同を見回した。

「まあ、第一小隊は同盟加盟国の法術武装組織の教導任務で手が離せない。アタシ等は目立ちすぎて動けない。そうなるとどこかからそれなりの腕前の奴を引っ張ってくるしかない。そこに遼州での存在をアピールしたかったアメリカ海軍が目をつけたって事だな」 

 かなめのその言葉を否定も肯定もせず、ロナルドはただ笑みを浮かべるだけだった。

「まあ、そう言うことにしておきましょう」 

 不敵な笑みを浮かべるロナルド。まあ良いとでも言うようにかなめは自分の頭を軽く叩いた。

「まあ西の野郎を待ちつつまったりしようや」 

 その場にいる全員が珍しくかなめの言うことに同意するように頷いた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 人造人間の誕生日又は恋人の居ない星のクリスマス

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第五部  遼州人の青年神前誠(しんぜんまこと)が司法局実働部隊機動部隊第一小隊に配属になってからほぼ半年の時が過ぎようとしていた。 訓練場での閉所室内戦闘訓練からの帰りの途中、誠は周りの見慣れない雪景色に目を奪われた。 そんな誠に小隊長のカウラ・ベルガー大尉は彼女がロールアウトした時も同じように雪が降っていたと語った。そして、その日が12月25日であることを告げた。そして彼女がロールアウトして今年で9年になる新しい人造人間であること誠は知った。 同行していた運用艦『ふさ』の艦長であるアメリア・クラウゼ中佐は、クリスマスと重なるこの機会に何かイベントをしようと第二小隊のもう一人の隊員西園寺かなめ大尉に語り掛けた。 こうしてアメリアの企画で誠の実家である『神前一刀流道場』でのカウラのクリスマス会が開催されることになった。 誠の家は母が道場主を務め、父である誠一は全寮制の私立高校の剣道教師としてほとんど家に帰らない家だった。 四人は休みを取り、誠の実家で待つ誠の母、神前薫(しんぜんかおる)のところを訪れた。 そこで待ち受けているのは上流貴族であるかなめのとんでもなく上品なプレゼントを買いに行く行事、誠の『許婚』を自称するかなめの妹で両刀遣いの変態マゾヒスト日野かえで少佐の訪問、アメリアの部下である運航部の面々による蟹パーティーなどの忙しい日々だった。 そんな中、誠はカウラへのプレゼントとしてイラストを描くことを思いつき、様々な妨害に会いながらもなんとか仕上げることが出来たのだが……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...