レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
206 / 1,503
第17章 西園寺かなめ

部屋とプレゼント

しおりを挟む
 立ったままかなめは口にスモークチーズを放り込んで外の景色を眺める。窓には吹き付ける風に混じって張り付いたのであろう砂埃が、波紋のような形を描いている。部屋の中も足元を見れば埃の塊がいくつも転がっていた。

「西園寺さん。掃除したことあります?」 

 そんな誠の言葉に、口にしたウォッカを吐きかけるかなめ。

「……一応、三回くらいは……」 

「ここにはいつから住んでるんですか?」 

 かなめの顔がうつむき加減になる。たぶん部隊創設以来彼女はこの部屋に住み着いているのだろう。寮での掃除の仕方、それ以前に実働部隊の詰め所の彼女の机の上を見ればその三回目の掃除から半年以上は経っていることは楽に想像できた。

「掃除機ありますか?」 

「馬鹿にするなよ!一応、ベランダに……」 

「ベランダですか?雨ざらしにしたら壊れますよ!」 

「そう言えば昨日の夜、電源入れたけど動かなかったな」 

 誠は絶句する。しかし、考えてみれば胡州の四大公の筆頭である西園寺家の跡取りである。そんな彼女に家事などが出来るはずも無い。そう言うところだけはかなめはきっちりと御令嬢らしい姿を示して見せる。

「じゃあ、荷物を運び出したら。掃除機借りてきますんで掃除しましょう」 

「やってくれるか!」 

「いえ!僕が監督しますから西園寺さんの手でやってください!」 

 誠の宣言にかなめは急にしょげ返った。彼女は気分を変えようと今度はタバコに手を伸ばした。

「それとこの匂い。入った時から凄かったですよ。寮では室内のタバコは厳禁です」 

「それ嘘だろ!オメエの部屋でミーティングしてた時アタシ吸ってたぞ!」 

「あれは来客の場合には、島田先輩の許可があれば吸わせても良いことになっているんです!寮の住人は必ず喫煙所でタバコを吸うことに決まっています!」 

「マジかよ!ったく!失敗したー!」 

 そう言うとかなめは天井を仰いでみせた。

「そうだ……神前。ついて来い」 

 かなめはそう言って急に立ち上がる。誠は半分くらい残っていたビールを飲み下してかなめの後に続く。誠が見ていると言うのに、かなめはぞんざいに寝室のドアを開ける。

 ベッドの上になぜか寝袋が置かれているという奇妙な光景を見て誠の意識が固まる。

「あれ、何なんですか?」 

「なんだ。文句あるのか?」 

 そのままかなめはそそくさと部屋に入る。ベッドとテレビモニターと緑色の石で出来た大きな灰皿が目を引く。机の上にはスポーツ新聞が乱雑に積まれ、その脇にはキーボードと通信端末用モニターとコードが並んでいる。

「なんですか?これは」 

 誠はこれが女性の部屋とは思えなかった。『高雄』のカウラの無愛想な私室の方が数段人間の暮らしている部屋らしいくらいだ。

「持っていくのは寝袋とそこの端末くらいかな」 

「あの、西園寺さん。僕は何を手伝えば良いんですか?」 

 机の脇には通信端末を入れていた箱が出荷時の状態で残っている。その前にはまた酒瓶が三本置いてあった。

「そう言えばそうだな」 

 かなめは今気がついたとでも言うように誠の顔を見つめる。

「ちょっと待ってろ。テメエに見せたいモノがあるから」 

 そう言うと壁の一隅にかなめが手を触れる。スライドしてくる書庫のようなものの中から、かなめは小型の通信端末を取り出した。明らかに買ったばかりとわかるような黒い筐体をかなめは手渡す。さらに未開封のゲームソフトらしいモノをあわせて取り出す。

「誠はこう言うのが好きだろ?やるよ」 

 誠はかなめの顔を見つめた。かなめはすぐに視線を落とす。

「もしかしてこれを渡すために……」 

「勘違いすんなよ!アタシはもう少しなんか運ぶものがあったような気がしたから呼んだだけだ!これだってたまたまゲーム屋に行ったら置いてあったから……」 

 そのまま口ごもるかなめ。誠はゲームソフトを見てみる。どう考えてもかなめが買うコーナーには無いギャルゲーである。

「『こころ物語』ですか。主人公キャラが男女二人になって、どちらからでも攻略できるんですよね。確かアイシャさんが18禁バージョンの限定版を三つ確保したとか自慢してましたけど」 

「アイシャの奴買ってたのか?」 

「まあこういうゲームの収集はアイシャさんの守備範囲ですから」 

「そうか……」 

 誠の言葉にかなめはそう言ってがっくりとうなだれた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

レジェンド・オブ・ダーク遼州司法局異聞 2 「新たな敵」

橋本 直
SF
「近藤事件」の決着がついて「法術」の存在が世界に明らかにされた。 そんな緊張にも当事者でありながら相変わらずアバウトに受け流す遼州司法局実働部隊の面々はちょっとした神前誠(しんぜんまこと)とカウラ・ベルガーとの約束を口実に海に出かけることになった。 西園寺かなめの意外なもてなしや海での意外な事件に誠は戸惑う。 ふたりの窮地を救う部隊長嵯峨惟基(さがこれもと)の娘と言う嵯峨茜(さがあかね)警視正。 また、新編成された第四小隊の面々であるアメリカ海軍出身のロナルド・スミスJr特務大尉、ジョージ・岡部中尉、フェデロ・マルケス中尉や、技術士官レベッカ・シンプソン中尉の4名の新入隊員の配属が決まる。 新たなメンバーを加えても相変わらずの司法局実働部隊メンバーだったが嵯峨の気まぐれから西園寺かなめ、カウラ・ベルガー、アイシャ・クラウゼの三人に特殊なミッションが与えられる。 誠はただ振り回されるだけだった。

処理中です...