レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
179 / 1,503
第13章 満足な海風と波乱

守護天使登場

しおりを挟む
「つまり交渉決裂と言うわけですか」 

『そうみたいですわね』 

 三人の頭の中に言葉が響く。男は周りを見回している。

「この声……茜(あかね)?」 

 かなめがつぶやくその視線の前に金色の干渉空間が拡がる。

 そこから現れたのは黒い髪。それは肩にかからない程度に切りそろえられなびいている。まとっているのは軍服か警察の制服か、凛々しい顔立ちの女性が金色の干渉空間から現れようとしていた。

 アロハの男は突然表情を変えて走り始めた。逃げている、誠達が男の状況を把握したとき、かなめに茜と呼ばれた女性はそのまま腰に下げていた軍刀を抜いた。そのまま彼女は大地をすべるように滑空して男に迫る。

 男が銀色の干渉空間を形成し、茜の剣を凌いだ。

「違法法術使用の現行犯で逮捕させていただきますわ!」 

 そう叫んだ茜が再び剣を振り上げたとき、男の後ろに干渉空間が展開され、その中に引き込まれるようにして男は消えた。

「逃げましたわね」

 その場に立ち止まった茜は剣を収める。誠は突然の出来事と極度の緊張でその場にへたり込んだ。

「茜さん?もしかして、師範代の娘さんの……」 

 近づいてくる東都警察の制服を着た女性を誠は見上げた。

「お久しぶりですわね、誠君。それとかなめお姉さま」 

「その呼び方止め!気持ちわりいから呼び捨てにしろ!」 

 頭をかきながらかなめがそう言った。

「それよりその制服は?」 

 誠の言葉に茜は自分の着ている制服を見回す。青を基調とした東都警察の制服に茜の後ろにまとめた長い髪がなびいていた。

「ああ、これですね。かなめさん、私一応、司法局法術特捜の筆頭捜査官を拝命させていただきましたの」 

 誠とかなめはその言葉に思わず顔を見合わせた。

「マジで?」 

 明らかにあきれているようにかなめがつぶやく。

「嘘をついても得になりませんわ。まあお父様が推薦したとか聞きましたけど」 

 淡々と答える茜に、かなめは天を見上げた。

「最悪だぜ……叔父貴の奴」

 かなめの叫びがむなしく傾いた日差しが照らす岬の公園に響いた。

「話が読めないんですけど……?」

「誠君には子供のころ会ったっきりですものね。自己紹介をしましょう。私は嵯峨茜ですわ。誠君の部隊の隊長、嵯峨惟基は父に当たりますの」

「そう、そしてアタシの従姉妹」

 茜はにこやかに笑う。かなめはそれを見てどっと疲れたようにつぶやく。誠はまた現れた女性の上官に敬礼をする。

「かなめお姉さまの彼氏の割にちゃんとしているんですのね」

「誰の彼氏だ誰の」

「え?お父様からそう聞いているんですけど……」

「あのおっさんいつかシメる」

 かなめは力強く右手を握り締めた。誠はただ二人の会話を聞いて苦笑いを浮かべていた。

「それにしてもかなめ様の水着姿って初めて見ましたわ。たぶんクラウゼ少佐は写真を撮られているでしょうからかえでさんに送ってあげましょうかしら?」

 ポツリと茜がつぶやく。銃をホルスターにしまっていたかなめが鬼の形相で茜をにらみつける。

「おい、茜!そんなことしたらどうなるかわかってるだろ?」 

 こめかみをひく付かせてかなめが答える。日は大きく傾き始めていた。夕日がこの海岸を彩る時間もそう先ではないだろう。

「でも、茜さんの剣裁き、見事でしたよ」 

 ようやく平静を取り戻して誠は立ち上がった。茜は誠の言葉に笑みを残すとそのまま歩き始める。

「待てよ!」 

 かなめはそう言って茜を追いかける。誠もその後に続いて早足で歩く茜に追いついた。

 そこにもう着替えを済ませたのかカウラとアイシャが走ってくる。

「何してたのよ!」 

「発砲音があったろ。心配したぞ」 

 肩で息をしながら二人は誠達の前に立ちはだかった。そして二人は先頭を歩く東都警察の制服を着た茜
に驚いた表情を浮かべていた。

「なあに。奇特なテロリストとお話してたんだよ」 

 かなめが吐いたその言葉にカウラとアイシャは理解できないというように顔を見合わせた。

「そして私がそれを追い払っただけですわ」 

 茜は得意げに話す。初対面では無いものの、東都警察の制服を着た彼女に違和感を感じているような二人の面差しが誠にも見えた。

「何で茜お嬢様がここにいるの?」 

 アイシャは怪訝そうな顔をして誠の方を見る。

「そうね、お二人の危機を知って宇宙の果てからやってきたと言うことにでもしましょうか?」 

 さすがに嵯峨の娘である。とぼけてみせる話題の振り方がそのまんまだと誠は感心した。

「まじめに答えてくださいよ。しかもその制服は?」 

 人のペースを崩すことには慣れていても、自分が崩されることには慣れていない。そんな感じでアイシャが茜の顔を見た。

「法術特捜の主席捜査官と言うお仕事が見つかったんですもの。同盟機構の後ろ盾つきの安定したお仕事ですわ。弁護士のお仕事は収入にムラがあるのがどうしても気になるものですから」 

 そう言うと茜は四人を置いて浜辺に向かう道を進む。どこまでもそれが嵯峨の娘らしいと感じられて思わずにやけそうになる誠を誤解したかなめが叩く。

「早く行かないと海の家閉まってしまいますわよ。すぐに着替えないといけないんじゃなくて?」 

 茜にそう言われて、気づいたかなめと誠は走り出さずにはいられなかった。

「そんなに急がなくても大丈夫よ!海の家の人には話しといたから!」 

 叫ぶアイシャの声を背中に受けて誠とかなめは走り出した。

「あいつの世話にはなりたくねえからな」 

 走るかなめが誠にそう漏らした。

「西園寺さんならもっと早く走れるんじゃないですか?」 

 誠はビーチサンダルと言うこともあって普段の四割くらいの速度で走った。

「良いじゃねえか。さっきもそうだけど今回も一緒に走りたかっただけなんだ」 

 余裕の表情でかなめは答える。砂浜が始まると、重い義体で砂に足を取られて速度を落とすかなめにあわせて誠も走る。

「オメエこそ早く行ったらどうだ」 

 そう言うかなめに誠はいつも見せられているいたずらっぽい笑顔を浮かべて答えた。

「僕も一緒に走りたかったんです」 

 二人は店の前に置かれた自分のバッグをひったくると、海の家の更衣室に飛び込んだ。

 誰もいない更衣室。シャワーを浴び、海水パンツを脱いでタオルで体を拭う。

「いつ見ても全裸だな」 

「なに?なんですか!島田先輩!」 

 全裸の誠を呆れたような表情で島田が見ている。

「お前さんが全裸で暴れたりすると大変だから見て来いってお姉さんに言われて来てみれば……」 

 島田が来ることは予想が出来てもその指示が穏やかなリアナのものだと知って落ち込みながら誠はパンツを履く。

「クラウゼ少佐の指示じゃないんですか?」 

「違うよ。まあすっかりそう言うキャラに認識されたみたいだなあ……ご愁傷様」

 にんまりと笑いながら島田は入り口の柱に寄りかかっている。誠はすばやくズボンを履いてシャツにそでを通した。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

処理中です...