レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第13章 満足な海風と波乱

法術師による急襲

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「それじゃあ!」 

「うん!」

 降りていく島田を見送るとシャムはそのままコードだらけの道を進んだ。

「でも……先輩として見本にならないと!」 

 自分に言い聞かせるようにしてそう言うとシャムはアンが消えていったコードの森に足を踏み入れた。

 相変わらず一見不規則に並ぶ太いコードと色とりどりの端子。その間には太いパイプが何かを流しながらうなりを上げている。

『シャム!シャム!』 

 遠くで吉田の叫ぶ声が響く。

「ああ、8キロ走の準備か……」 

 少し照れながらシャムはそのまま狭苦しい通路を塞ぐコード類でさらに狭くなった道をはいつくばって進んだ。

 先ほどの邪魔なコード類をパージする作業で多少は減っているコードの数だが、相変わらず多い。

『シャム!早くしろ』 

 吉田の声が響くがシャムはひたすら貧弱なカバーが取り付けられた端子を避けながら這い続ける。

『俊平……意地悪で急かしてる』 

 口を尖らせてなんとか第三小隊隊長である嵯峨楓少佐の機体のコックピットの前にまで出た。

 作業の関係上、コックピットの前では調整作業や先ほどアンに施したようなシミュレーション訓練のための端末を置くスペースがあるのでケーブルの数が減って立ち上がることが出来る程度の余裕が生まれる。

『シャム!』 

「俊平!何度もうるさいよ!」 

 そう怒鳴った後、シャムは大きくため息をつく。この面倒極まりない障害物競走の後には8キロ走が待っている。法術を使おうが使うまいが8キロは8キロ。空間を切り裂いて瞬時に移動することも出来るがそんなことをランが許すはずも無い。

「これも訓練、訓練」 

 自分に言い聞かせるようにしてシャムはそのままコードの森に再びもぐりこんだ。行きのあまり急がないで進んでいたときはそれほど邪魔に感じなかった定期的に出現する緑色の冷気を溜め込んでいるように煙をたなびかせているパイプが今度はやけに邪魔に感じる。

「アン君!」 

 シャムは退屈紛れに叫んでみた。

「中尉、早いですね」

 意外なほど近くからのアンの声にシャムは驚くと同時に自然と笑っていた。

「アン君が遅いんでしょ?急がないとランちゃんに怒られるよ」 

「中佐が怒るのは慣れましたから。それより中尉の方が吉田少佐に冷やかされるんじゃないですか?」 

 行く手をさえぎる一本の大きなケーブルの向こうで振り向いているアンの姿がシャムの目にも見えた。シャムは苦笑いを浮かべながら黙ってそのケーブルに手をかけた。

「急いで急いで!」 

「了解」 

 かなり遅れて出発したはずのシャムが真後ろまで来ていることを改めて確認するとアンはせかせかとコードの洞窟を進んでいった。

「西園寺大尉の機体が見えました」 

「報告は良いから急いで急いで」 

 退屈紛れのアンの言葉にシャムもさすがに飽きてそうつぶやいていた。

「あ!」 

 アンの声が響いて黄色いコードを踏みちぎりそうになったシャムが前を向いた。そこには先ほどは無かったコードの滝のような情景が広がっている。

「アン君、迂回できる?」 

 シャムの言葉にしばらくアンは左右を見回している。そして静かに振り向き首を振った。

「さっきの作業の時に動いたのかな……どうしよう」 

「とりあえず戻りますか?」 

 そんな弱気なアンの提案にシャムはしばらく沈黙した。周りを見回す。通路を越えて伸びる黒いコードの列の間に隙間がある。良く見ればシャムやアンくらいなら入れる程度の広さがあった。

「正人はああ言ったけどやっぱりこっちから行くしかないよね」 

 シャムはそう言ってその隙間を指差す。泣きそうな顔を浮かべたアンを見るとなぜかサディスティックな気持ちになったシャムはそのまま体を隙間へとねじ込んだ。

 コードの森から身を乗り出すとハンガーの中の冷気が身にしみる。コードの周りの塗料が染み込んで黒くなった手をこすりながら下を見るとちょうどスロープのようにコードが階下の大型の機械に向けてなだらかに続いているのが分かった。

「アン君。行けるみたい」 

 シャムはそう言うとそのまま体をコードの間から引き抜いた。作業中の整備班員達はそれぞれの仕事に忙しいようで自分に気づいていないところがシャムには面白く感じられた。そしてそのまま一本の頑丈そうで手ごろなコードを握りながらラベリング降下の要領で静かに降り始める。

「大丈夫なんですか?」 

「大丈夫だって!」 

 心配そうにコードの間から頭を出しているアンに声をかけるとシャムは再びするすると地面に向けて降り始めた。

『早くしろ!シャム!』 

 相変わらず吉田が叫んでいるのが聞こえるがシャムは無視してそのままコードを伝って降りていく。頭上のアンも覚悟を決めたというようにシャムを真似て降り始める。シャムとは違いレンジャー部隊での勤務経験の無いアンはいかにもおっかなびっくりずるずると降りてくる。その様がシャムには非常に滑稽に見えて噴出しそうになるのを必死になって堪えた。

 ようやく足が大きな唸りを上げる機械の上についた。シャムは静かに着地すると周りを見渡した。
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