レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
174 / 1,505
第12章 食後のひと時

水泳指導

しおりを挟む
「あいつは放っておこう。行くぞ誠」 

 そういつもの通り淡々と言うと、カウラはレベッカと誠を連れて海に向かった。

「神前曹長は泳げないんですか?」 

 まるで不思議な生き物でも見るようなレベッカの瞳に見られて、誠は思わず目を逸らしてしまった。

「泳げないと言うわけじゃなくて……息つぎが出来ないだけ……」 

「それを泳げないと言うんだ」 

 波打ち際で中腰になって波を体に浴びせながらカウラが言う。

「とりあえず浅瀬でバタ足から行くぞ」 

 レベッカに手を取られて誠はそのままカウラの導くまま海の中に入る。

「大丈夫ですか?急に深くなったりしてないですよね」 

 誠は水の中で次第に恐怖が広がっていくのを感じていた。

「安心しろ、これだけ人がいればおぼれていても誰かが見つけてくれる」 

 誠の前を浮き輪をつけた小学生の女の子が父親に引かれて泳いでいる。とりあえず腰より少し深いくらいのところまで来ると、カウラは向き直っ
た。その視線がレベッカに引っ張られている誠の左手に向いたとき、少しきつくなったのを感じて誠は思わず手を離す。

「それでは一度泳いでみろ」 

「手を引いてくれるとか……」 

「甘えるな!」 

 レベッカの胸と誠の顔を往復するカウラの視線。それを感じて仕方なく誠は水の中に頭から入った。

 とりあえず海水に頭から入り、誠は足をばたばたさせる。次第にその体は浮力に打ち勝って体が沈み始める。息が苦しくなった誠はとりあえず立ち
上がった。起き上がった誠の前にあきれているカウラの顔があった。それは完全に呆れると言うところを通り過ぎて表情が死んでいた。

「そんな顔されても仕方が無いじゃないですか。人には向き不向きがあるわけで……」 

「神前……君。もう少し体の力を抜いてとにかく浮くことからはじめましょう」 

 突然、心を決めたとでも言うように強い口調で話し始めたレベッカを見て誠達は驚いた。レベッカはこれまでとは別人のやる気に満ちた表情を浮か
べていた。

「そうだな、神前。とりあえず浮くだけでいい。やってみろ」 

 カウラはレベッカのあとをついで誠に指示する。

「浮くだけですか、バタ足とかは……」 

「しなくて良い、浮くだけだ」 

 カウラのその言葉でとりあえず誠はまた海に入った。

 動くなと言われても水に入ること自体を不自然に感じている誠の体に力が入る。力を抜けば浮くとは何度も言われてきたことだが、そう簡単に出来るものでもなく、次第に体が沈み始めたところで息が切れてまた立ち上がった。

「少し良くなりましたよ。それじゃあ私が手を引きますから今度は進んでみましょう」 

 レベッカが手を差し伸べてくる。これまでのシャイなレベッカを見慣れていたカウラはただ呆然と見つめていた。

「じゃあお願いします」 

 誠はただ流されるままにレベッカの手を握りまた水に入る。手で支えてもらっていると言うこともあり、力はそれほど入っていなかったようで、先ほどのように沈むことも無くそのまま息が続かなくなるまで水上を移動し続ける誠。

「良いじゃないですか、神前君。その息が切れたところで頭を水の上に出すんですよ」 

「そうですか、本当に力が入るかどうかで浮くかどうかも決まるんですね」 

 これまで怯えたような、恥ずかしがるような顔しか見せなかったレベッカが笑っている。誠はつられて微笑んでいた。

「よう!楽しそうじゃねえか!」 

 背中の方でする声に誠は思わず顔が凍りついた。

「西園寺さん……」 

 振り返ると浮き輪を持ったかなめがこめかみを引きつらせて立っている。

「西園寺さん、神前君少しは浮くようになったんですよ」 

 レベッカのその言葉にさらにかなめの表情は曇る。

「ああ、オメエ等好きにしてな。アタシはどうせ泳げはしないんだから」 

 そう言うとかなめは浮き輪を誠に投げつけて浜辺へと向かった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...