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第10章 いざ海へ

気になる人々

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「しかし、元気ですねえ。ナンバルゲニア中尉」 

「まあ他にとりえが無いからな。それより気をつけろよ」 

 少しうつむき加減にかなめがサングラスをはずす。真剣なときの彼女らしい鉛のような瞳がそこにあった。

「今日のロナルドとか言う特務大尉殿だ。前にも言ったろ、アメリカの一部軍内部の勢力は貴様の身柄の確保を目的にして動いている。叔父貴が認めたくらいだから海軍はその勢力とは今のところ接点は無いようだがな。だが、あくまでそれは今のところだ」 

 誠は残ったビールを一気に流し込むようにして飲むと、缶をゴミ箱に捨てた。

「局面によっては敵に回ると言うことですか?」 

「分かりやすく言えばそうだな。あのロナルドって男は特殊任務の荒事専門部隊の出なのは間違いない。それこそ、そう言う指示が上から降りれば間違いなくやる」 

 それだけ言うと、かなめは再びサングラスをかけた。

「まあそれぐらいにして……今日は仕事の話は止めようや。とっとと付いて来いよ!」 

 そう言うと軽々と二箱のビールを抱えて、早足でかなめは歩き始めた。「んだ。暑いなあ。やっぱ島田辺りに押しつけりゃ良かったかな」 

 焼けたアスファルトを歩きながらかなめは独り言を繰り返す。海からの風もさすがに慣れてしまえばコンビニの空調の効いた世界とは別のものだった。代謝機能が人間のそれとあまり差の無い型の義体を使用しているかなめも暑さに参っているように見えた。

「やっぱり僕が持ちましょうか?」 

 気を利かせた誠だがかなめは首を横に振る。

「言い出したのはアタシだ、もうすぐだから持ってくよ」 

 重さよりも汗を拭えないことが誠にとっては苦痛だった。容赦なく額を流れる汗は目に入り込み、視界をぼやけさせる。

「ちょっと休憩」 

 かなめがそう言って抱えていたビールの箱を置いた。付き従うようにその横に箱を置いた誠はズボンからハンカチを取り出して汗を拭うが、あっという間にハンカチは絞れるほどに汗を吸い取った。

「遅いよ!二人とも!」 

 呆然と二人して休んでいたところに現れたのはピンク色のワンピースの水着姿のサラ、紫の際どいビキニのパーラ、そしてなぜか胸を誇張するような白地に赤いラインの入った大胆な水着を着たレベッカまでがそこにいた。かなめはレベッカの存在に気づくとサングラス越しに舐めるようにその全身を眺める。

「おい、サラ。なんでこいつがいるんだ?」 

 かなめはめんどくさそうにレベッカをに指を刺す。その敵意がむき出しの言葉に思わずレベッカが後ずさる。

「そんな言い方無いじゃないの!ねえ!」 

 サラは口を尖らせて抗議する。レベッカはにらみつけたままのかなめに恐れをなしてパーラの後ろに隠れた。

「おいサラ。それ持っていけ。アタシも着替えるわ」 

 そう言うとかなめはそのまま四人を置いて歩き出す。ビールの缶が入ったダンボールが三箱。それを見つめた後去っていくかなめにサラは目を向ける。

「そんなの聞いてないよ!」 

 サラは絶望したように叫ぶが、かなめは軽く手を振って振り向くことも無く歩いていく。

「僕が二つ持ちますから、あと一箱は……」 

「いいのよ神前君。あなたも着替えてらっしゃいよ。レベッカさん。荷物置き場まで誠君を案内してもらえるかしら」 

 パーラのその言葉にようやくレベッカは誠の前に出てきた。肩からタオルでごまかしているものの、どうしても誠の視線はその胸に行った。

「じゃあ神前君。こっちです」 

 案内すると言うにはか細すぎる声でレベッカは誠の前を行く。

「シンプソン中尉……」 

 誠が声をかけるとビクンと震えてから振り返る。おどおどしていた彼女もとりあえずかなめほどは怖さを感じないのかようやく普通の表情に戻って誠を見上げてきた。

「あの……レベッカの方が呼ばれなれてるから……」 

 相変わらず消え入りそうな声でレベッカは答える。

「じゃあレベッカさん。技術章を付けてらしたと言うことは、配属は技術部ですか?」 

 誠の言葉にようやくレベッカは安心したような表情を浮かべた。

「ええ、M10の運用経験者は司法局にはいらっしゃらないそうですから私が担当することになります」 

 それでも声は相変わらず小声でささやくように話すのは彼女の癖のようだった。

「じゃあ島田先輩とかの上司になるんですか?」 

「島田さんは先任士官ですから、階級は私の方が上ですが私は副班長を拝命することになります」 

 相変わらずレベッカの声は波の音に消え去りそうになるほど小さい。二人して彼女は堤防の階段を登るとそこでは菰田と島田が怒鳴りあっている光景が目に飛び込んできた。

「うるせえ!魔法使い!そんなだから彼女も出来ねえんだよ!」 

 島田が菰田にタンカを吐き捨てた。

「馬鹿野郎!俺はまだ30超えてねえんだ!」 

「あと4年だろ?」 

 島田が優勢に口げんかを続ける。二人が犬猿の仲だと分かっている部隊員達は静かに動静を見守っている。

「誠君。はい、このバッグでしょ?」 

 笑いながら小夏の母、家村春子が誠にバッグを手渡した。

「大丈夫ですか?あの二人」 

 誠はやんやと煽り立てる隊員達を見守っているただ一人冷静そうな春子に尋ねた。背中にこの喧嘩に怯えて誠にしがみついているレベッカの胸が当たる。

「大丈夫よ。二人とも手を出したらカウラさんとリアナさんにしめられるの分かってるから。どうせ口だけよ」 

 春子は落ち着いていた。東都のヤクザの愛人だったと言う噂のある彼女から見れば、島田と菰田の言い争いなど子供の喧嘩にしか見えないんだろう。誠はそう思いながらバッグを抱えて近くにあった海の家へと歩き始めた。

 そこでもまだレベッカは島田達の怒鳴りあいにおびえているように左腕にしがみついていた。

「あのー」 

 立ち止まって誠が振り向く。

「はい?」 

 レベッカが不思議そうに答える。

「これから着替えるんで、一人にしてもらえますか?」 

 自分の手と誠の顔を何度か見やったあと、レベッカは顔を赤くして手を離す。

「すいません!それでは!」 

 慌てふためくようにサラ達が待つ砂浜へ戻っていく。
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