上 下
128 / 1,471
第二部 「新たな敵」 第一章 ことの起こりは

ことの起こりは

しおりを挟む
「すいませーん!皆さん!みんなで海に行く事になったんで!」 

 澄んだ、どこまでも澄んだ女性の声が部屋に響いた。

 いつものように遼州同盟司法局実働部隊機動兵器『アサルト・モジュール』パイロットの詰め所は節電の為に薄暗い照明があるばかりである。隊の草野球チームの投球練習中にボールをぶつけた警邏用車両の修理費の請求書を書いていた神前誠(しんぜんまこと)曹長はその澄んだ声に引っ張られるようにして思わず顔を上げた。

 声を発したのは紺色の長い髪と、ワイシャツに銀のラインが入った東和陸軍佐官用夏服の女性だった。司法局実働部隊一と自他とも認めるオタク、運用艦『高雄』の艦長代行、アイシャ・クラウゼ少佐である。彼女は満面の笑みを浮かべてドアを開けて立っていた。後ろには唖然とした表情の操舵手サラ・グリファン中尉と管制官パーラ・ラビロフ中尉が立ち尽くしている。

 彼女達がかつて遼州星系外惑星の大国ゲルパルトで製造された人造兵士『ラストバタリオン』だということは、その自然ではありえない紺や赤やピンクの髪の色以外では想像することはできない。それほどまでになじみ切った表情を彼女達は浮かべていた。

「それよりアイシャ。お前、艦長研修終わったのか?」 

 そう突っ込んだのは誠の隣のデスクの主だった。司法局実働部隊第二小隊二番機パイロット、西園寺かなめ大尉が肩の辺りの髪の毛を気にしながら呆れたようにつぶやく。半袖の夏季士官夏用勤務服から伸びている腕には、人工皮膚の結合部がはっきりと見えて、彼女がサイボーグであることを示していた。

 いつもの事とは言え、突然のアイシャの発言。それを挑発するかなめの言葉は同じ第二小隊所属の下士官である誠をあわてさせるに十分だった。

「終わったわよ!そして先程、隊長室で正式に『高雄』副長を拝命しました!」 

 そう言うと手にしていたバッグを開く。アイシャの入室時の突拍子もない一言に呆然としていた第二小隊の小隊長、カウラ・ベルガー大尉が緑のポニーテールを冷房の空気の中になびかせて立ち上がる。ニヤニヤ笑いながらそのそばまで行ったアイシャが取り出した辞令をカウラに見せつけた。

「ようやく空席が埋まったということか。アイシャの判断は的確だ。特に問題にはならないだろう」 

 カウラは喜んでいいのか呆れるべきなのか判断しかねたような困った表情でアイシャの得意顔を見つめる。しかしそのままアイシャがニヤニヤ笑いながら顔を近づけてくるのでカウラは少しばかり後ずさった。

「カウラちゃん!あなた『近藤事件』の時、誠ちゃんに『一緒に海に行って!』て言ってたそうじゃないの……」 

 アイシャの一言は実働部隊の他の隊員の耳も刺激することになった。一同の視線は自然と頬を赤らめて照れるカウラへと向けられた。

「それは……」 

 カウラは口ごもる。見事なエメラルドグリーンの髪を頭の後ろで結んでポニーテールにしている彼女もまた『ラストばタリオン』である。比較的表情が希薄なところから彼女は少し人造人間らしく見えた。そんなカウラが珍しく顔を赤らめ羞恥の表情を浮かべている。

 誠はそんなカウラを見ながら冷や汗をかきながら机に突っ伏した。

 先月、配属になったばかりの誠はすぐに実戦を経験することになった。

 遼州星系第四惑星を領有する国家、『胡州帝国』の貴族主義者の金庫番、近藤忠久中佐によるクーデター未遂事件。遼州同盟司法局実働部隊隊長、嵯峨惟基特務大佐は奇襲作戦を仕掛け、数に勝る決起軍を撃破した。その作戦中の緊張感を思い出しながら誠はカウラの横顔を眺めた。

 気丈な性格、それでいてどこかはかなげで、目を離せばどこかへ消えてしまいそうな印象のあるカウラとの約束。思い出すと恥ずかしくて身もだえてしまうような気分になる。

 満足げに誠の隣まで歩み寄ってきたアイシャの姿を見ると、机の上で書類の束にハンコを押していた小学校低学年にしか見えない実働部隊副長、クバルカ・ラン中佐はそのまま立ち上がった。部隊のシステム統括である吉田俊平少佐はランと一緒に出来るだけ会話に参加しないように部屋の隅へと移動した。

 二人ともアイシャの妄想話を勝手に広められた被害者である。東和国防省の女性職員の間ではランは『フィギュアのランちゃん』として常に人形を隠し持って事あるごとに独り言をつぶやいている幼女として、吉田も技術部の下っ端達をいびり続けるスーパーサディストと言う根も葉もない噂が広まっていた。

 実働部隊副隊長にして第一小隊隊長の肩書きも、精鋭司法局実働部隊第一小隊の電子戦のプロフェッショナルの技量もアイシャの前では無意味だった。アイシャの面白ければそれでいいと言う人間スピーカーぶりにこれ以上悪名をとどろかせたくない。逃げていく二人を見ている誠にも彼らの本音が見て取れた。

「実はね、これは先週のコミケの慰労会も兼ねてるわけよ。今回は一人五千円の持ち出しで済んだし……真面目に売り子お疲れ様でしたということで」 

「それならアタシは無関係だな?」 

 ランが小声でつぶやくが、アイシャの視線が自分に向いていることを感じるとすぐに目をそらした。

「じゃあ、実働部隊は全員参加でいいわね!」 

 そう言うとアイシャは部屋の隅に固まっている二人を見つめる。

「俺は行かんぞ!絶対行かないからな!」 

 叫んだのは吉田だった。

 悪戯好きで知られる彼がこんなにうろたえているのはなぜだろう。誠は不思議に思った。

「えー!俊平行かないの!」 

 アイシャの後ろから顔を出したのは、小柄を通り越して幼く見える第一小隊二番機パイロット、ナンバルゲニア・シャムラード中尉だった。見かけは子供、言動は幼児な彼女だが、東和軍の教本にも名前が乗っているエースとして遼南内戦を戦い抜いたパイロットである。

 誠も彼女を仮想敵として対戦するシミュレータで実践までの間トレーニングを積んだが、一回やればシャムがエースと呼ばれる存在であることが嫌でもわかった。

「シャム、お前な。去年お前等が俺に何をしたか覚えているのか?」 

 吉田が珍しく真剣な眼差しでシャムを見つめる。珍しい光景に誠は目を見張った。シャムはしばらく首をひねって何かを思い出すような格好をして固まる。

「なんだ。ただ簀巻きにしてクルーザーで引き回しただけでしょ?」 

 アイシャの一言に誠は呆れ返ってシャムに目をやった。

「ああ、そうだったね!楽しかったね!」

「まああれだ、オメエの体は軍用義体だからな。ちゃんと酸素吸入用のポンプもつけてやったじゃねえか」

 今度はかなめは時々彼女が見せる典型的なサディスティックな表情を浮かべてつぶやいた。

 司法局は常識が通用しないところだ。そのことは誠も配属されて一ヶ月と少し居るだけだがよくわかっていた。吉田をクルーザーで引き回す位のことは平気でやる連中である。誠もこのことに関しては吉田に同情せざるを得なかった。

「お前等……言いたいことはそれだけか?」

 珍しく怒りに打ち震える吉田に誠はアイシャ達の仕打ちを想像して、ただただ苦笑いを浮かべるだけだった。

「ああ、アタシは仕事だかんな!」

 ランが軽く手を挙げながらつぶやく。

「えー!ランちゃんもいないの?」

 いかにも残念そうなシャムの叫びが部屋に響く。

「副隊長は大変なんだよ、いろいろと。まあ楽しんで来いや」

 ランは腕組みしながら満面の笑みでつぶやく。

「仕事なら仕方ないわね。機動部隊は二名欠員……っと」

 アイシャはそう言って手元のメモ帳に印をつけた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第三部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。 一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。 その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。 この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。 そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。 『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。 誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第五部 『カウラ・ベルガー大尉の誕生日』

橋本 直
SF
遼州司法局実働部隊に課せられる訓練『閉所白兵戦訓練』 いつもの閉所白兵戦訓練で同時に製造された友人の話から実はクリスマスイブが誕生日と分かったカウラ。 そんな彼女をお祝いすると言う名目でアメリアとかなめは誠の実家でのパーティーを企画することになる。 予想通り趣味に走ったプレゼントを用意するアメリア。いかにもセレブな買い物をするかなめ。そんな二人をしり目に誠は独自でのプレゼントを考える。 誠はいかにも絵師らしくカウラを描くことになった。 閑話休題的物語。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~

阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。 転生した先は俺がやっていたゲームの世界。 前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。 だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……! そんなとき、街が魔獣に襲撃される。 迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。 だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。 平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。 だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。 隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...