レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第二十四章 終戦の静けさ

日常を取り戻して

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「神前!」

 誠がまるで息を引き取るように倒れ込むのを見て、かなめは自然に叫んでいた。

『安心しろよ。法術の本格使用は初めてなんだ。ただ寝てるだけだって』 

 サラミソーセージを咥えたヨハンの巨大な顔がモニターに映る。

『なら安心ね。私が救援に向かいましょうか?』 

 アイシャは淡々とそう言った。

「オメエは来るな。カウラ!手を貸せ」 

 それだけ言うと、かなめは漂っている誠機にカウラと共に寄り添う。 

『それよりカウラちゃん。海って何の話?』 

 あっけらかんとアイシャはたずねる。カウラはその言葉を聞くと急に顔を赤らめうつむく。 

「海だ?カウラ!いつそんな約束したんだ!」 

 かなめは興奮のあまり機体のバランスを崩しかけるが、何とか持ち直した。。さらに『那珂』の制御室からのシャムの映像が届いた。 

『カウラちゃん!海行くの?ずっこいなー!アタシも連れてってよ!』 

 シャムは警備部の部員が差し出す手拭いで敵兵の血をぬぐいながら、おどけたような調子で叫んだ。

『誠の奴も命知らずだねえ。本当に菰田のアホに殺されんぞ』 

 整備班控え室からの通信に、島田の声が響いた。

『妬いてるの?かなめちゃん?』 

 アイシャには妙に余裕があるように見えた。その猫なで声が、肩を震わせながら怒りを抑えているかなめと言う火に油を注いだ。

「うるせえ!誰がこんな役立たず!」 

『助けてもらってそれはないんじゃない?それに今回の出動で彼もエースよ。しかもはじめての実戦でアサルト・モジュール6機撃墜の戦果は役立たずとは言えないんじゃないの?』 

 当然のことを言っているに過ぎないのだが、かなめには無性に腹が立つ言葉に聞こえた。大きく深呼吸を三回ほどして落ち着くと、とりあえずアイシャの言葉は無視することに決めた。

『去年も行ったとこ行こうよ!かなめちゃんお勧めの浜辺!』 

 能天気なシャムが口を開く。

『良いですねえ。吉田少佐はどうします?』 

 不必要に軽い調子で島田が吉田に尋ねた。

『俺は、絶・対・行かない!』 

「またトローリングのルアー代わりに簀巻きにしてクルーザーで海を引き回されると思ってるんですか?」 

 すでに先んじて『高雄』に着艦しようとしていたパーラが、仏頂面をひっさげている吉田に突っ込みをいれた。

『島田とシャムと西園寺が行かないってのなら考えてやっても良いが?』 

 画面に暗視ゴーグルを額に載せた吉田の姿が映った。ようやくシステムの完全制圧が終わったらしい。

『ひどいよ!俊平!一緒に行ってくれなきゃ嫌だよ!』 

 シャムが慌てて叫ぶ。

『誰がなんと言おうと行かないからな!それとシャムのスクール水着と一緒に歩くのは俺のプライドが許さん』 

『言うねえ。まあ安心しな、今回の件の事後処理で夏一杯は吉田には休暇の許可は出すつもりねえから』
 
 部下達のじゃれ合うさまを見ながら、嵯峨吸い終わるとすぐにまたタバコを取り出した。

『この船は禁煙ですよ。もういい加減にしたら……』 

 嵯峨が口にタバコを加えようとしているのを見てシャムがつぶやく。

『いいんだよ。近藤の旦那と勇敢な同志達に手向ける線香の代わりだ』

 そう言って嵯峨はゆったりとタバコに火をつけた。

「終わったのか……」

 すでに日常を取り戻しつつある同僚達を眺めながら。かなめはその視線を寝顔を見せる誠の映る画面に向けた。
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