レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
106 / 1,503
第二十二章 出撃

射出されるカタパルトの上

しおりを挟む
 誠はゆっくりと息をする。

 切り替えられたモニターには演習場を示す海図に代わってハンガーの中の雑然とした光景が回りに広がる。ふと足元で紫色のパイロットスーツの女性仕官がわめき散らしているので、思わず音声センサーの感度を上げた。
 
『馬鹿言ってないでトイレの芳香剤でも何でもいいから持ってきなさいよ!』 

 明華だった。整備員が敬礼し全力疾走でハンガーを出て行く。

『あれだな。たぶん叔父貴の機体、明華の姐御が使うんだぜ』 

 特殊なサイボーグ用の目の辺りを完全に隠すヘルメットを被ったかなめが、見える口元をほころばせながらつぶやいた。

「隊長って出撃時にもタバコ吸うんですか?」 

『出撃時だけじゃねえよ。なんか考える時、あのオッサン、コックピットに座るとひらめくんだと。あ、掃除機持った奴が出てきたよ。灰皿がひっくり返ってでもいたのかな』 

 誠の正面、四式改のコックピットでは整備員達のあわただしいコックピット清掃作業が続いていた。

『すると、第一小隊は待機で、出るのは明華の姐御とマリアの姐御とアイシャとパーラか。姐御が四式。マリアは吉田の丙型、アイシャはシャムのクロームでパーラがランのレッドか』 

「クローム?レッド?」 

 誠は思わず繰り返した。

『シャムのは銀色の機体だ。見りゃわかるだろ?ランのガキの機体は赤いからレッド。わかったか?』 

 珍しくかなめが親切にそう答えた。

『島田!チェーンガン装填終わったか!終わったらすぐよこせ!』 

 かなめが指揮所の島田に向けて叫ぶ。島田が振り返り、部下が両手でバツを作って見せるのを確認する。

『すいません三分ください!』 

『じゃあ三分だけだぞ!』 

 誠はその切迫した雰囲気に飲まれかけていた。

『そんなことよりいいか?』 

 コックピットの全周囲型モニターに新しく画面が開き巨大な顔面が出現する。ジャガイモにバターを大量に塗ったものを口に運ぶヨハンの姿だった。

『エンゲルバーグ!テメエには用はねえよ!』 

『誰がエンゲルバーグだ!ヨハンだ!ヨハン・シュぺルター!』 

『バーカ。知ってて言ってんに決まってるだろ?』 

『ったく……』 

 かなめの茶々を聞きながらヨハンは肉厚の顔面をさらしながら頭をかく。

『ベルガー大尉、西園寺中尉。二人の機体のモニターの法力ゲージはどうなっていますか?』

『コミュニケーションウィンドウの下のゲージか?私のは緑のラインが限界値まで来てるぞ』

『アタシのも同じみたいだねえ』 

 カウラとかなめは不思議そうにそう言った。

『じゃあ神前。何か二人に言いたいことを考えてみろ』 

 突然のヨハンの言葉に誠は戸惑った。

「考えろって……」 

『誰がしゃべれと言った!考えろ!』 

 怒鳴られて仕方なく、カウラに向かって考えた。

『生きて帰ったら、海、付き合います』 

 画面の中のカウラが頬を赤らめて下を向いた。その様子が不思議なのかかなめは口をゆがませる。

『西園寺さん。僕は大丈夫です。生きて帰るつもりです』

『なんだ!頭ん中で声がするぞ!』 

『西園寺中尉!そいつが思念通話です!乙式の法術ブースト機能によりあらゆるジャミング等の状況
や距離に左右されない同時通信システムです』 

『じゃあSFに出てくる感応通信機みたいなものか?』 

『まあ今のところそんなもんだと思っていてください。お二人とも神前に言いたいことがあれば考えてください!』 

『わかった、楽しみにしている』 

 カウラの澄んだ声が、誠の頭の中に響く。

『安心しろ、アタシが殺させやしねえよ』 

 画面の中のかなめの口元が微笑んでいた。

『通信データどうだ!』 

 ヨハンが振り返って背後の技術部員に声を掛けるのを見て三人が唖然とする。 

『おいエンゲルバーグ!今の会話傍受してたのか?』 

『一応、通信記録をとる目的でええと西園寺中尉は……』 

『糞野郎!プライバシーの侵害じゃねえか!読んだら殺すからな!』 

 思わずかなめが激高する。一方でカウラはうつむいてじっとしている。

「シュぺルター中尉。内容までわかるんですか?」 

『実用試験の段階だからな。内容が伝わることが分からなきゃ意味無いだろ?』 

 淡々と答えるヨハンについ絶句した誠がいた。

「シュぺルター中尉……」 

 誠はおずおずと尋ねる。

『安心しろ、野暮なことは言わないから』 

 画面の中いっぱいの顔がほぐれる。誠はヘルメットの上から両手で頭をかきむしりたい衝動にかられながらただじっと黙り込んでいた。

『第二小隊、良いですか?』 

 新たに画面が開き、サラの赤い髪が映し出される。

『オメエが艦長代行か?大丈夫なのか?』 

 かなめの悪態を無視してサラは続けた。

『作戦宙域到達まで後3分です。急いでください』 

『アタシに言うな!技術屋に聞いてくれ!』 

『チェーンガン装着準備よろし!』 

『待ってました!』 

 巨大なアサルト・モジュール用チェーンガンがクレーンで持ち上げられ、かなめの機体に装備される。

『カタパルトデッキの状況は!』 

 カウラが叫んだ。

『いつでも行けます!』 

 島田が叫ぶ。

『西園寺、神前、私の順に出る。西園寺!チェーンガンの設定終了後、すぐに移動開始』 

『人使いが荒いねえ。まあアタシは敵が食えりゃあどうでも良いんだけどな』 

 凶暴そうな笑みが口元からこぼれるかなめに誠は心が寒くなる。

『びびんなって、言ったろ?アタシが守るってな!』 

 かなめは思念通話にもう慣れたらしく誠に話しかける。

「了解しました」

『硬いねえ。それより胸無し隊長殿に何言ったんだ?』 

「秘密です」 

『まあいいか』

『どうしたブラボーツー?何か気になることでも?』 

 カウラが突然言葉を発したかなめに声をかける。

『いんや、何でもねえよ!それより時間だ。島田!第二小隊二番機、『ブラボー・ツー』西園寺かなめ、出んぞ!』 

 かなめはそう叫ぶと機体固定部分をパージしてカタパルトデッキへ機体を動かす。その振動で誠はこれがシミュレーションではなく実戦だと言うことを肌で感じていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

てめぇの所為だよ

章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~

エノキスルメ
ファンタジー
国王が崩御した! 大国の崩壊が始まった! 王族たちは次の王位を巡って争い始め、王家に隙ありと見た各地の大貴族たちは独立に乗り出す。 彼ら歴史の主役たちが各々の思惑を抱えて蠢く一方で――脇役である中小の貴族たちも、時代に翻弄されざるを得ない。 アーガイル伯爵家も、そんな翻弄される貴族家のひとつ。 家格は中の上程度。日和見を許されるほどには弱くないが、情勢の主導権を握れるほどには強くない。ある意味では最も危うくて損な立場。 「死にたくないよぉ~。穏やかに幸せに暮らしたいだけなのにぃ~」 ちょっと臆病で悲観的な若き当主ウィリアム・アーガイルは、嘆き、狼狽え、たまに半泣きになりながら、それでも生き残るためにがんばる。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載させていただいてます。

処理中です...