レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第二十章 緊張感の無い人々

恐怖のかなめ

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――ようやく授業が終了し、短い頬ムルームも終える。
私は午後の授業で貯めた眠気を発散するように、大きく伸びをした。そして、近くの席の親友に声をかける。
「じゃあ理子、また明日!」 
「はーい、また明日ね!」  
カバンをつかみ、教室を出て、顔を出すのはとなりのクラス。
戸を開けて、中にいる彼に声を掛けた。
「蒼、帰ろ~!」
「おー、今行く。」

……あれから二年。
高年生になった私たちはいまだ、付き合っていない。



 *



「――ひな!」
あの時、私は歩道橋から転がり落ちることはなかった。
その場に来ていた蒼が、バランスを崩していく私の腕を、ギリギリ掴んだからだ。
「よかった、間に合った……!」
蒼はそう言って、私を抱きしめてくれた。
私も、一瞬でも遅れたら死んでいた恐怖もあいまって、蒼に抱きついた。そしてそのままそこで少しだけ泣いた。
久保さんはほっとしたような顔をしていたけど、直樹くんはそんな私たちを白けたような目で見ていた。
蒼はこっちに駆けてくる間に、私と彼の口論の、だいたいの内容を耳にしていたらしい。直樹くんをにらむと……それでもどこか辛そうに言った。
「……佐古。オレはお前を友達だと思ってたけど、お前にとってはそうじゃなかったんだな。」
それに、彼はフンと鼻を鳴らして応えた。
「――そうだよ。僕はお前のことがずっと大嫌いだったんだ。……お前のその、すぐに僕を責めたりののしったりしない、『良い子』なとこも嫌いだよ。」
二人でせいぜいお幸せに。
手を振り払って危ない目に遭わせたのはごめんね。
……そう言って、とっととその場を去っていった。久保さんも、私に一言「ごめん」とだけ言って、その場を立ち去った。
二人で残されると、蒼は全てを話してくれた。
「あの時、手紙を回し読みなんかしてごめん。今さら許してもらえるとは思ってないけど……、お前の気持ちを気持ち悪いなんて思ったことは、本当に一回もないから。これだけは信じてほしい。」
蒼が言うには、手紙の件は、直樹くんの言う通り、友達への誠意と自分の想いに板挟みになって、パニックになってしまったためだったらしい。彼にはずっと牽制をされていて、彼のことを、友人のことを裏切れないと思ってしまったのだと。
本当はもっと怒ってよかったのかもしれないけど(あとから事の顛末を聞いた理子はもっとキレろと憤慨していた)、私は蒼が『本当は嬉しかった』と、そう言ってくれただけで満足だった。……直樹くんの本性に気づかずに、自分の気持ちを捨てかけたのは私も同じだったから。
 ちなみに直樹くんは、一年生のうちに『家庭の事情』で中学を転校している。

――そして、やはり『茜くん』は、未来から来た蒼だったらしい。
蒼が歩道橋に来れたのも、彼に教えてもらったからだったそうだ。
あの新聞の『女子高生』とはつまり、私のことだったんだろう。あれは過去ではなく、未来の新聞記事だったのだ。
 
不思議だったのは、蒼の家に戻ると『茜くん』から託されたという例のノートが跡形もなく消えていたことだ。……そして、少し前まで蒼の家に来ていたという『彼』も。 付け加えれば、お母さんでさえも『茜くん』の存在をきれいさっぱり忘れていた。
……だから今、彼が『いた』ことを覚えているのは、私と蒼だけだった。
でも私たちはそのことに納得して、『きっと元の時代に帰ったんだろう』と結論づけた。ノートが消えたのは、私が助かったからだ。
「オレは奇跡をつかめたんだな。」
蒼はそう言って笑った。

……けど、結局私たちは付き合っていない。お互いの気持ちは確認しているも同然なのになぜなのかというと、それは蒼が、「二年後、『茜』と同じ年になってから告白する。」と言ったからだ。
「根拠はないけど、二年後、全部思い出す気がするんだよな。ひなと一緒に暮らしてた二週間、ひなを失った『向こうの世界』での二年間も。
だから、全部思い出してからオレの気持ちをお前にとって言うよ。……『茜』も、きっとお前に好きだって言いたかったはずだから。」
待っててくれるか、と言うので、しょうがないな、とうなずいた。
蒼が私を好きでいてくれるだけで、私はそもそも嬉しいし、それに。
「私は蒼に十年近く片想いしてたんだよ。両片想いの二年間なんて、大したことないよ。」
恋する乙女は強いのだ。



  *



――そして、今。
高校生になった私たちは、友達以上恋人未満の関係を二年間続けていた。
お互い部活のない日はいつも一緒に帰るので、周りの友達には付き合ってるのだと思われている。……わざわざ訂正してはいないけれども、実際は、残念ながらまだ『その日』は来ていない。
……同じ高校に進学した理子だけは事情をある程度知っているので、「めんどくさいな、あんたたち。」と言われてるけど。

「あー、明日英語の単語テストだ、最悪。くそ、今から勉強するのダルいな~。」
いつもの帰り道を並んで歩きながら、蒼がボヤく。
……でも、そんなことを言いながら結局ちゃんと勉強して、いい点数を取るのが蒼だ。
「帰ってマジメに勉強するくせに。マジメだもんね、蒼。」
「うるさいな。別にマジメとかじゃ――」
ぶわり。
不意に――蒼の言葉を遮るようなタイミングで、突風が吹いた。
瞬間的に台風が来たのかと思うほど、強い風。
「っと、すごい風だったね、今…………、蒼?」
返事がないので呼びかけると、蒼は立ち止まってじっと一点を見つめていた。
視線の先にあるのは、公園だ。児童公園。
蒼が見ているのは、そのはじっこにある――ベンチ?
「……ひな。」 
「ん?」
蒼がこちらを振り向く。晴れ晴れとした笑顔が、私に向けられる。
戸惑っていると、蒼がゆっくりと口を開いた。……そして。

「――もう、一人でベンチで泣いて、目ェこすって赤くしたりしないよな?」

「!」
息を、呑む。
聞き覚えがある言葉だった。
泣いている私に『彼』がかけてくれた言葉を、否応なく思い出す。
「……思い出したの? 全部?」
 声をふるわせて尋ねる私に、蒼は笑顔でうなずいた。
「うん、全部。お前が口開けて寝てたことも。」
「ばか、余計なことまで思い出さないで!」
思わず叫び――そのまま抱きつく。
蒼は危なげなく抱きとめてくれて、私の背中を叩いた。
そして、優しい声で言う。
「……ただいま、ひな。」
「おかえり、……『茜くん』?」
「ばーか、もう『茜』じゃねーよ。」
笑いをふくんだ声で訂正した蒼が、私の頬に手を触れた。
まっすぐな黒い目が、私を正面から捉える。
「……二年も待たせてごめん。気持ちの答え合わせ、していいか?」
「うん。……言って、蒼。」 
蒼が笑う。
泣き出しそうな、それでも、精いっぱい幸せそうな笑顔。

「ずっと前から好きだった。絶対大切にするから、オレと付き合ってください。」
「もちろん!」

ゆっくりと顔が近づき、唇が重なる。
――大丈夫。もう、私たちは一人で泣いたりしない。
だって、二人が夢にまで見た奇跡の果てが、今ここにあるから。

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