レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第十八章 戦闘を前に

生と死を知り尽くす女達

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「ベルガー大尉」 

 カウラの緑色のポニーテールにしたがって誠はその後に続いた。

「カウラでいい。この部隊の流儀ではそうなっている」 

 濃い緑色の鋭い視線が誠に突き刺さる。

「じゃあカウラさん。あれだけの説明で終わりなんですか?」 

 呼び出した割りに説明があれだけとはあまりの事だ。誠はそう思いながら規定どおりに深い緑色の作業服に身を包んだカウラに語りかける。

「少なくともこれが隊長のやり方だ。文句があるなら隊長に言う事だな」 

 それだけ言うとカウラは長い緑の髪をなびかせて歩き去ろうとする。誠はその後姿を見送っていた。

「素直じゃないよね、カウラちゃんて」 

 急に背中に甲高い声を聞いたと思って振り返る。何もいない。さらに見下ろす。

「誠ちゃん!あなたまでみんなと同じことやんの!」 

 降ろした視界の中にシャムが立っていた。いつもの事ながら小さい。

「ナンバルゲニア中尉、実は……」 

「それ無し!シャムちゃんでいいよ!」 

「じゃあシャム先輩」 

「違うの!シャムちゃんなの!」 

 頬を膨らませながらシャムが抗議する。

「じゃあシャムちゃん」 

「なあに。お姉さんで分かる事なら何でも答えちゃうよ!」 

 無い胸を張りながらシャムは得意げに話す。

「そう言えば最近会いませんでしたが……」 

「酷いんだ!アタシ隣のトレーニングルームからシミュレーションの画像ずっと見てたのに」

 膨らんだ頬はまるでハムスターかリスである。

「すみません。どうもシミュレーターに集中したかったもので」 

「じゃあいい。特別に許してしんぜよう!」 

 ともかくシャムは非常に元気である。誠はそれまでの緊張感が一気にほぐれたような気がした。

「それなら伺いますが、隊長っていつもああなんですか?」 

「ああって?」 

「まあ何でもめんどくさそうにするのは前から知ってたんですが、直前になるまで作戦の細目は教えてくれないし、それも無理っぽい作戦だと言うのにまるで勝つことが決まったような口ぶりで話すし、それに……」 

 言い出したらきりが無い。雲をもつかむような曖昧な説明と投げやりな態度。どちらにしても初めての作戦行動に向かう誠にとって不安要素以外の何者でもなかった。

「大丈夫だって!少なくとも隊長の指示で動いて負けた事ないから」 

「そうでもないぜ。先の大戦じゃあ叔父貴の部下の九割は死んでるんだ。今回だって人死にが出てもおかしくないんじゃねえの?なあ神前」 

 タバコを吸い終わったようで、隊長室から出てきたかなめがそう水を差した。

「奴は楽しんでんだよ。オメエみたいに物事悪く考える癖のある奴にゃあ、さぞとんでもないバケモンに見えるかも知れねえがな」 

 そう言いつつかなめは黒いタンクトップの上に乗っかった顔は笑みを浮かべていた。誠はただ彼女の笑みの意味を考えながら立ち尽くしていた。

「西園寺さんは気にならないんですか?」 

 頬のところで切りそろえられた髪を揺らしているその姿に一瞬心が揺らいだが、誠は確かめるようにして切り出した。

「気になるって?アタシは元々要人略取とか破壊工作とか、まあまともな兵隊さんがやりたがらないような仕事しかしたことねえしな。隠密活動じゃ情報が命だ。それに標的が予定外の行動をとることもざらにある。作戦開始前まで作戦内容が伏せられているなんてのも日常茶飯事だ」 

「そうなんですか」 

 知り抜いたようなかなめの顔に誠は嵯峨に作戦の詳細を述べてくれることを期待することをあきらめるべきなのだろう。明らかに戦力で劣る司法局実働部隊が独自で近藤中佐の逮捕を狙うのならば誠一人の安心感が犠牲にされるのも当然の話だ。そう誠は思いなおした。

「で、このチビは何してるんだ?」 

 かなめはいつもどおり珍獣を見るような視線をシャムに送った。誠もかなめとの間に突っ立っているシャムを見つめる。

 服務規程に有るとおり、どう見ても特注品だと思われる子供サイズの濃い灰色の作業服を着ている。

「どうしたの?二人とも」 

「いやあ、オメエがいつもどおりチビで安心したなあ、と思ってただけだよ」 

「かなめちゃん!酷いんだ!せっかくいいこと教えてあげようと思ってたのに!」 

「あのなあシャム。オメエにモノ教わるくらいアタシは落ちぶれちゃいないんだ。分かったらさっさとション便して寝ちまえ」 

「その言い方ひどくない?誠ちゃんも何とか言ってよ!」 

『まるで……子供とそれをあやす気のいいお姉さんだな』

 誠はそんな感じで二人を見ていた。それでもシャム以外に頼るものも無いので誠は少しばかり気にはしていた疑問をぶつける事にした。
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