レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
89 / 1,505
第十五章 覚醒の時

現実世界の人々

しおりを挟む
「なに叫んでんだよ!バーカ!」 

 かなめは落とされたことが相当悔しいらしく、誠に意味もなく突っかかってくる。

「でも凄いね!神前君。あんなことが出来るなんて。確かあのサーベル。05式導入の時、装備するかどうかで上と隊長が相当揉めてたってシン大尉が言ってたけど、それなりのものだと言うことね」 

 早くあがっていたパーラがそう讃えたが、誠はいまひとつのれなかった。

『実戦でこれが使えるのか?本当は師範代に担がれてるんじゃないのか?』 

 自分でもこんなマイナス思考はとりたくないのだが、どうしてもそう思ってしまうのが誠の性(さが)だった。

「カウラの奴、結構持ってるな」 

 戦闘中のモニター画面四つがシミュレーションルームから見える。すぐさまアイシャのモニターが消え、シミュレーターの一つのハッチが開いた。

「やっぱり専門職はすごいわ!ああ、参ったねえこりゃ」 

 おどけながらアイシャが出てきた。すぐその視線は退屈そうにシミュレーターに寄りかかっているかなめに向かう。

「かなめちゃん、落とされたんだ」 

「悪りいか?たまにはこんなこともあんだよ!」 

「別に……。ただ誠ちゃんの前でいいとこ見せられなくて残念ね、と言うことは言っといた方がいいかな?」 

「おい!アイシャ。もう一回言ってみろ。粥しか食えない口にしてやるからな!」 

「怖いよう、先生!かなめちゃんたらあんなこと言うのよ」 

 アイシャがよなよなと誠に擦り寄ってくる。彼女は誠の胸にしがみつくと、今にも涙しそうな表情で誠を見つめた。

「そんな眼で見られると……!」 

 視界の端に映るかなめの表情を見つけて、誠ははっとした。助けを求めるようにパーラの方を向いたが、その顔が『ご愁傷様』と言っているのは明らかだった。

「チキショー」 

 かなめのこぶしは誠の顔面ではなく、シミュレーションルームの壁にひびを入れるために用いられることになった。そしてそのまま不機嫌そうにシミュレーションルームから出て行った。

「怖いわー、誠さん!お願いだから私をあの暴力女から守ってね!」 

 アイシャのわざとらしい恐怖の表情の下にはかなめの破壊活動の元凶だと言う自覚は絶対にある。誠が見つめる潤んだ眼はどう見ても確信犯のそれだった。

「ちょっと神前君!追いかけなくていいの?」 

 パーラが心配そうに誠を問い詰める。

「でも僕が行ってどうにかなるんですか?それに、一応、隊長の命令でここにいるわけだし……」 

 こういう状況はまったく経験したことがない誠は、おずおずと自分でも言い訳だと分かりつつ言葉をつなぐ。

「神前君。最低ね。それとアイシャ。こんなことばっかりしてると本当にかなめに襲われるわよ」 

「それって禁断の百合ワールドに入るってこと?」 

 いつものいたずらっぽい笑みを浮かべてアイシャがパーラを見つめた。

「あんたの脳みそ、東和に来てから完全に腐ったわね」 

「いいじゃない!楽しいんだから。それにかなめちゃん単純だからおなか一杯になればすぐに忘れるわよ」 

 相変わらずアイシャは誠の胸の中から離れようとはしない。次第にその距離は狭まっていくので、誠は自分の頬が赤く染まっていくのが自覚できた。

「クラウゼ、ラビロフ。静かにしろ」 

 カウラに落とされたマリアがシミュレーターから顔をのぞかせた。

「またクラウゼが西園寺をからかったんだな?あいつはああ見えて純粋だからな……いじめるなよ」 

『あのどこが純粋なんだ?』 

 マリアの言葉を聞くとすぐに誠はそう思った。たぶん残りの二人も同意見だろう。

「やっぱりベルガーは強いな。それにしても神前、貴様は大したもんだ。この法術関連のシステムにすぐ対応するとは……隊長が対応するには三回の模擬戦が必要だったのだから……大したもんだ」 

 よほど嬉しいのか、マリアのニコニコした顔がだんだん近づいてくる。

 近づいてきて、近づいてきて、近づいてきて。

 そして本当に顔に息がかかるくらいまで近づいてきた。

「あのー」 

「どうした?神前?」 

 意外と天然な人だ。誠はそう思った。さすがにすがりつくのに飽きて少し離れて立っていたアイシャも、その様子を呆れ顔で見ている。

「優秀な部下には褒美が必要だな……そうだ飯をおごろう!クラウゼとラビロフは自腹な」 

 いつもの緊張した面持ちから想像もつかない太陽のような笑顔と言うものの見本みたいなものが目の前にある。誠もそんなマリアの押しに負けて苦笑いを浮かべながら頷いた。

「それじゃあ、早速行こうか!」 

「お姐さん!許大佐達は……」 

 パーラが宥めるような調子でそう言った。

「いいんだよ奴らは!戦いで絆でも作ってるんだろ?」 

 思いついたら誰の言うことも聞かない人。誠はそんな印象をマリアに受けた。振り向いた先のモニターに直撃弾を喰らって炎上する明華の四式改が映し出される。

「ささっ早く!早く!」 

 マリアは誠とパーラの手を引っ張ってシミュレーションルームを後にする。アイシャは当然のように誠の横に張り付いてついてきていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...