レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第十三章 戦いの前の静かさ

スタームルガーマークⅡ

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 既に第三装備保管室の前には行列が出来ていた。慣れた調子で火器整備班員が各隊員に拳銃とライフル、そして各種の装備品と弾薬を配布している。

「あまり緊張感が無いですね」 

「それはあの隊長の資質によるものだろう。あの人を止められる人間など、この部隊にいないな」 

 誠は正直カウラと何を話したら良いのか分からなくなっていた。カウラはあのゲルパルトの千年帝国を目論んだ指導部が、鳴り物入りで戦線に投入すべく開発したクローン兵士の一人である。そんな彼女達でもアイシャのように人生を楽しむようなことも出来る。実際、東和軍の中で見たカウラの妹とでも呼ぶべき人々もそれなりに取り付くべき所があった。

 しかし、カウラにはそれが無い。誠は黙ったまま保管室の開け放たれた扉を見つめているカウラを見ていた。

「なんだ?」 

「いいえ、なんでもないです」 

 また沈黙が二人を包む。銃器の支給を待つ列の合い間を抜けて歩くガンベルトを腰に巻く隊員を多く見かけるようになった所で、ようやく二人は保管室に入れた。

「ベルガー大尉はこいつですよね。それとこれがガンベルト。ライフルと装備品なんかはどうしますか?」 

「戦地まであと一週間はかかるだろ?必要無い」

 カウラはそう言うと不器用な笑みを浮かべた。

 火器整備班班長のキム・ジュンヒ少尉から拳銃を受け取ったカウラは、慣れた手つきで弾の装填の終わったマガジン二本を受け取ると、すばやくそれを叩き込みスライドを引き、素早くデコッキングレバーでハンマーを落とす。

「大丈夫ですよ。シグザウエルP226。ガンスミス嵯峨の特注モデルですから」 

「そうだな。隊長の趣味のおかげでうちでの作戦行動時に銃のトラブルは皆無だからな」 

 カウラは受け取ったレッグホルスターを右足の太ももに巻くと、マガジンを刺した銃を入れた。

「それにしても神前……」 

「………」 

「お前、要人暗殺任務でもやるのか?」 

 キムにそう言われたのも無理も無かった。スタームルガーマークⅡ22口径の競技用銃。大昔のアメリカが負けた戦争であるベトナム戦争時にCIAが工作活動に使用した銃だということは、これが自分用だと決まった時に調べた。

「あくまで護身用だ。銃口を向ければ相手もこの銃の威力までは分からないはずだ」 

 カウラは彼女なりに気遣ってくれているのはよく分かる。

「いいから下さい」 

 まあどうでもいいというように、キムが銃とガンベルトを渡した。

「神前。そいつの弾丸はまだ手配中だったから、弾はワンケースしかないぞ」 

「いいです。どうせ撃っても当たりませんから。それより、その後ろの巨大なリボルバーはなんですか?」 

 一刻も早く自分の話題から逃れたい一心で、誠は銀色の馬鹿でかいシリンダーを持ったリボルバーを指差した。

「これ、やっぱり気になるよな。一応ナンバルゲニア中尉の銃だ」 

 呆れたような調子でキムがそう言った。

「あんなの撃てるんですか?シャムさんは?」 

「撃てるからそこにあるんだよ。まあ熊狩りとかするときに使ってるって話だぞ。しかし、なんて言うか、スミス&ウェッソンM500ピストル。どう見たってアホ銃にしか見えんよな?まあグリップは中尉の手でも持てるよう細いのに換えてあるけど」 

「おいキムの。アタシのチャカはどうした?」 

 いつの間にか後ろに立っていたランがそう尋ねる。

「中佐。これです。しかし……強装弾仕様のマカロフ。銃の寿命が縮みますよ」 

 186cmの身長の誠の腰くらいの身長のランが短いベルトを腰に巻く。

「このなりだかんな。マカロフくらいしか手に合わん。神前のガタイが羨ましいぜ」

 そう言うとランはなれた調子でガンベルトに銃を刺した。 

「なんだよ……アタシの顔になんか付いてるか?」 

 ランはそう言うとホルスターから銃を抜いてカウンターに置く。

「強装弾って言ってましたけど」 

「まあな。一般のマカロフ弾じゃオメーくらいのガタイの奴の剣での突撃は止められないからな……」 

 誠は情けないような気持ちで自分の銃を見た。

「そんな顔すんなよ。今回はオメー等には白兵戦任務は無いかんな」 

「やはり隊長は白兵戦闘を予定しているんですね」 

 これまで自分の装備に眼をやっていたカウラが、ランの漏らした言葉に食い付く。

「まあ近藤中佐の首が今回の作戦目標だかんな。要らねー殺生はしないのがおやっさんの趣味だしな」 

 ランはそう言い残すとエレベーターに向かっていった。その向こうからシャムと吉田がじゃれあいながら歩いてくる。

「シャムちゃんの銃!取りに来たよ!」 

 相変わらずハイテンションにシャムはそう切り出した。先ほどまで話題になっていた超大型リボルバーと、巨大な50口径マグナム弾の弾薬ケースが誠の前を通過していった。

「シャムさん。それ本当に撃てるんですか?」 

 まじめな顔をして誠はそうたずねた。吉田にはその言葉がつぼに入ったようで、渡された自分の銃を置き去りにしながら、腹を抱えて笑い始めた。

「酷いなー俊平ちゃん。アタシはこれで……」 

「四頭の猪をしとめたんだろ?」 

 シャムの言葉をカウラが続けた。

「確かに熊とかには最適だろうな。熊とかには」 

 ようやく笑いが収まった吉田が、自分のフルオート射撃が可能なグロック18Cピストルのロングマガジン付の銃をチェックしながら話す。

「こいつの場合、ただの重りだからな」 

「俊平!ひどいんだー!アタシだって!」 

 頬を膨らませるシャムの言葉を無視して吉田は続けた。

「心配しなさんな。今の所、第二小隊が白兵戦に借り出されることは無いだろうから」 

 そう言い残すと吉田はそのまま立ち去っていく。シャムはその後にくっついていく。

「もう隊長の頭の中では作戦要綱は出来ているようだな。吉田少佐が言い切る以上、我々はアサルト・モジュールでの戦闘がメインになるだろう。神前、先にシミュレーションルームに行ってこい。少しでも錬度を上げておくのが生き残るコツだ」 

 カウラの言葉で誠は劣等感にさいなまれつつこの場を去ることにした。
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