レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第十二章 緊張の中で

甲二種出動

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 その時、突然スピーカーからマイクを叩くような音が響いた。

『あー、あー、あー。えーとなんだったっけ?』 

 嵯峨の緊張感と言うものをどこかに忘れてきたというような調子の声が響く。 

『明華。そんな怖い顔で見るなよ……俺は気が小さいんだからさ。さて、よし。じゃあ吉田。頼むわ』 

『隊長!逃げるんですか!』 

 明華の甲高い声が響く。ゴツンと音が響いたのは明華に向かって嵯峨が謝ろうとして、マイクに頭を強
打したからだろう。

『言えばいいんだろ!ったく誰が隊長かわかりゃしねえよ。えーと。東都標準時9:00時を持って同盟最高会議司法長官名義で、甲二種出動命令が出ました。各員は班長及び所属部署の上長の指示に従い作戦行動準備に取り掛かること。繰り返すぞ……』 

 誠は聞きなれない出動命令と言う言葉に呆然としていた。

「なるほど。二種か。……二種ねえ」 

 かなめは何度かその言葉を繰り返した。アイシャ達は明らかにピッチを変えて、食事を胃の中に流し込み始める。シャムは関係ないとでも言うように満足げに天井を見上げていた。

「じゃあ御馳走様!」

 そう叫ぶように言うとアイシャはそのままトレーを手にカウンターに向かった。

 誠は嵯峨の言葉を引き金にして、動き出したアイシャの態度をどう判断すべきか迷っていた。

「よかったな、新入り。早速テメエが望んでた『実戦』て奴だ」 

 かなめが誠の肩を叩く。

「甲二種出動ってなんですか?」 

「おいおい、冗談きついぜ。一応ウチの規則関連の書類は目を通したんだろ?」 

 そう言うとかなめはズボンからくしゃくしゃになったタバコの箱を取り出すが、カウラの視線を感じてそれを引っ込める。

「神前少尉。甲種出動とは、アサルト・モジュールの出動を含む実効戦力での戦闘行為を許される出動だ。その中で一種は司法局実働部隊が対応可能な全ての処置をとることが出来る。二種はこの艦の主砲の使用制限や同盟法での各種の制限等を受ける出動のことだ」 

「つまりアイシャ達が走っていったのは、この艦を戦闘速度まで加速させることと、二種限定の戦術プログラムのチェックなんかのためだなあ。まあどうせ吉田の電卓野郎が全部済ませてると思うけどな。一応、確認作業でもするんだろ」

「そうなんですか。僕は何かすることありますか?」 

 誠は額の辺りに汗が滲んできているのを感じた。実戦である。未だ05式の実機を運用したことのない自分に何が出来るだろう。そう思いながら、表情を変えない二人の上官を見つめていた。

「甲種出動の際は常に拳銃の携帯が義務付けられている。それと……」 

 カウラの視線が黒いタンクトップを着ているかなめの方に向かった。

「甲種出動の待機時は04式作業着の着用が義務付けられていて……」 

「へいへい分かりましたよ。小隊長殿には逆らえませんからねえ」 

 そう言うとかなめは鮭定食のトレーを持ってカウンターに向かう。

「拳銃の受領はどこで行うんですか?」 

「ハンガーの手前の第三装備保管室だ。技術部、火器整備班のキム少尉が担当だからとりあえず出かけるとするか。西園寺はちゃんと着替えてからにしろ」  

「へいへい。まあその前に、一服させてもらうぜ」 

 かなめは手に握られたままのタバコの箱から一本タバコを取り出すと、それをくわえて食堂から出て行った。ようやく番茶を飲んで一息した誠は、カウラが立ち上がるのにあわせて席を立つとその後に続いてトレーをカウンターに戻した。

「こっちだ。着いて来い」 

 そう言うとカウラは誠を連れてエレベーターの所まで行き、下るボタンを押した。

「意外と緊張していないようだな」 

 そう言ってカウラは裏表のない微笑みを浮かべる。

「そんなことは無いですよ。実際、冷や汗かいてますから」 

「誰でも緊張するものだ。隠す必要などない。別に神前は戦うために作られたわけじゃないだろ?私達のように」 

 そう言うカウラの眼にうっすらと影が浮かぶ。

「でもどんな意図でも狂気が表に出てくるまでに、誰かが止めないといけないんですから」 

「そうだな。誰かが戦わなければならない。私はそのために存在しているようなものだからな」 

 自嘲の笑いとでも呼ぶべきものが、カウラの頬に浮かんでいた。誠は何も言えずに開いたエレベーターにカウラに続いて入った。
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