レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
75 / 1,505
第十一章 司法局実働部隊運用艦『高雄』

動く遼州

しおりを挟む
「遅れました」

 そう言って仏頂面の吉田がハンガーに足を踏み入れる。

「吉田!いいところに来たな。まあなんかアイシャが盛り付けといてくれたから一緒にやろうや」 

 嵯峨は頭をかきながら、入ってきた吉田に声をかける。いつの間にか周りには明華、リアナ、マリア、と言う部隊の部長クラスの人間に囲まれていた。カウラやアイシャも明華やマリアににらまれて座を外すタイミングを逃したと言うように立ち尽くしていた。

 誠は席をはずそうとするものの、状況的に逃げるわけにも行かない気がして仕方なくそのまま鮭のフレーク状になったものを味噌味の野菜に混ぜながら頬張る。

「サムおじさんの様子はどうだい?」 

 とぼけた調子で嵯峨が切り出した。

「みんなの友達イーグルサムことアメリカさんですか?連中は高みの見物を決め込むつもりでしょう。さっきまではホワイトハウスで大統領が国務長官や軍、司法、外交の実務担当者が電話で会議してたのを傍受しましたよ。なんなら議事録でも拾いましょうか?」 

「やめとけ、やめとけ。そんなのハッキングの際に枝葉がついたら面倒になるだけだ。どうせ事が済んだら、白頭鷲の主催の仲直りのパーティーでもやるつもりなんだろ。まあどうしてもと言うなら酒は俺が見繕ってやるとでも答えとけばいい。他の外野はどう動いてる?」 

 アイシャから注いでもらった燗酒をすすりながら、嵯峨は続きを聞こうとした。

「今回の件に絡みたがっている連中は数えるのが嫌になるくらいいますよ。アラブ連盟などは嫌がる西モスレムのケツを蹴っ飛ばして何でも良いから乱入しろって矢の催促ですわ」 

「西モスレムが出てくると面倒だな、あそこが出てくると芋づる式に遼南が出てくる。面倒は願い下げだ」 

 苦笑いを浮かべる嵯峨に同調するように皆が頷く。誠はスケールの大きすぎる話にただ黙ってビールを飲み始めた。

「フランスは現在遼南首相府に大使が出頭してなにやら探ろうとしていますよ。まあ直接行動に出る口実でも探しているんでしょう。外惑星駐留軍所属の艦隊が秘匿任務で演習場の周りをうろちょろしてます」 

 吉田はそこまで言ってアイシャから差し出された鮭と野菜炒めの乗った皿を受け取った。

「他にこの件で動くのは……ドイツとロシアはどう動いてる?」 

 ワインのグラスを手にしたマリアが口を開く。 

「ドイツはゲルパルトの駐留部隊がいつでも出動できるように準備していますが、ゲルパルトは同盟加盟国への介入を禁止する法律を盾に出撃を固辞してますね、それにロシアですが……。やっぱりこの鮭旨いですねえ。油が乗ってて」 

「そうだろ?今の時期の沖取りの鮭は産卵前で一番油が乗ってるからな」 

 嵯峨が得意げにそう言う。しかし、明華からの突き刺すような視線を浴びると少しは自重したようで、嵯峨はしかたなく眼で続きを話せと吉田にせがんだ。

「ロシアは表面上は平静を装ってますが、裏では手を回してますね。これは未確認の情報ですがβチームを胡州の帝都に展開させているという情報もあります。狙いは近藤資金でしょう。まるまま有り金全部巻き上げるつもりですよ」 

 βチームと聞いてマリアは顔をこわばらせた。

「物騒な連中がでてきたねえ。まあ同盟司法局公安機動部隊の連中には連絡するつもりだよ。たまには借りを作っとかないと」

 そう言って嵯峨は再び酒をあおる。その表情はきわめて落ち着いているように誠には見えた。まるで事態をすべて予想していた。そんな風に感じて額に汗が浮かぶのを誠は感じていた。 

「いや、その必要は無いですね。これは部隊長の安生秀美少佐からの情報ですから」 

「なんだ。遼州司法局機動公安部隊の主力は胡州に展開中……じゃあ秀美さんも胡州入りか……」 

 そう言ってみて嵯峨はにやけつつ吉田を見つめた。

「安城秀美少佐……行動予定とか探りましょうか?」

「野暮なこと言うなよ……ああ、こんなことになるなら俺が一人で胡州入りすりゃよかったかな」

「隊長……どう転んでもあの人は隊長にはなびきませんよ」 

 マリアがそう言うと嵯峨は明華とマリアを見上げた。二人とも冷たい目線で嵯峨を見ているので、彼は皿の上の野菜炒めをかきこんでその場をごまかそうとする。

「それじゃあ肝心の同盟最高会議はどう動くんだ?」 

 箸を止め、まじめな調子で嵯峨が吉田を見上げた。嵯峨、明華、マリア、アイシャ。それぞれの視線が吉田に向けて注がれる。

 しかし、吉田は彼等の問いに答えようとせず箸を進めていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

処理中です...