レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
74 / 1,503
第十一章 司法局実働部隊運用艦『高雄』

『人斬り』の部下として

しおりを挟む
 誠は笑顔のかなめにくっついてハンガーへの道を急いだ。

「神前。暗いねえ……」

「だって……」

 かなめに反論しようとするが、そのタレ目は明らかに宴会モードだった。すでにハンガーの入口にたどり着いた吉田が開いた扉の向こうからは歓声が響いてきている。

「ちゃん!ちゃん!ちゃーんの、すったか、たったったー!飲んでー飲めない酒はなしー!じゃあ島田正人曹長!日本酒、中ジョッキ一気!行かせていただきます!」 

「技術部の根性見せたれー!」 

「整備班長の実力思い知れー!」 

 ハンガーは完全に出来上がった技術部、運用部、警備部の連中に仕切られていた。学生時代を思い出すような一気のあおり文句に誠は苦笑いを浮かべていた。

「ほれ!はれ!はれ!ほれ!ひれ!はれ!飲めや!はい!一気!一気!一気!」 

 間違ったベクトルで動き出す隊員達。そんな中で、誠の目には別の存在が映っていた。一気騒ぎで盛り上がっている集団の隙を突いて、シャムとかなめが鮭が一匹丸ごと置かれているバーベキューセットを三つ占領している。かなめは得意げに遅れてきた誠に自分の戦果を見せようとして笑っているが、その時誠はある光景に眼を奪われていることに気づいた。

「おい新入り!何見てんだ?」 

 呆然と立ち尽くしている誠にかなめはいぶかしげに尋ねた。

「あれ……と言うか、あの人達何をしているんでしょう?」 

 誠が指差す先には、簀巻きにされて天井からクレーンで吊るされている技術兵がいた。

「あれか?やっぱ珍しいか?」 

「そりゃそうですよ!誰も助けないんですか?」 

「何言ってるの?彼は今回の宇宙の旅の無事を祈っての生贄に、自ら志願した奇特な人よ!みんなでちゃんと成仏させてあげましょう!」 

 誠の大声に気づいたのか、叫び声とともにアイシャが抱きついてくる。

「なんですか?アイシャさん!それより、あの人助けないと……って、あの人、誰です?」 

「なに?知らずに命乞いしてたの?あれは鎗田司郎曹長。女の敵よ!」 

「は?」 

 猿轡を噛まされて吊るされている鎗田が、必死に事情を知らない誠に向かって体をゆすって全身でアピールする。その度に鎖のぶつかる音で気が付いた整備班員と運行部員がにらみつけるような視線を浴びせている。

「アイシャ。いい加減許してやんらないのか?あの馬鹿」

 呆れたようにマリアがつぶやく。 

「いいえ!パーラと言うものがありながら、女子高生に手を出して警察のお世話になるなんて……その罪は決して消えません!パーラが許すと言うまで……」 

「アタシは別にもうどうだって良いんだけど……別にあの馬鹿が誰と寝ようが……」

 皿に盛ったもやしを食べながらどうでも良いと言うようにパーラがつぶやく。それを見て誠は二人の間に大人の事情があったことをそれとなく察した。 

「分かっているわよ、パーラ。あなたはそう言いながら、かつての思いから立ち直ろうとしているのね!でもそんなあなたの暗い過去を、明るい未来へと昇華させるためには生贄が必要なのよ!乙女の純情をもてあそぶものに死を!」

 アイシャは得意げに吊るされた槍田を指差す。明らかに乗り気でないパーラはとりあえず手にした皿をテーブルに置いた。 

「アイシャ……もしかしてアタシをからかってんじゃないの?」 

「ああ!パーラ!女の友情を守るためならアタシは鬼にだってなるわ!」 

「いいからアイシャ!人の話を聞けってば!」 

 一人で盛り上がっているアイシャを、パーラは思わず怒鳴りつける。だが、その明らかに演技とわかるアイシャの泣きそうな表情にパーラも誠も呆れていた。

「酷いわ!パーラちゃん!せっかくの私の友情を……」 

「もう良いわ。いい加減降ろしなさいよ、あれっ……て、かなめとシャム!クレーンぶん回すの止めなさいよ!」

 いつの間にかクレーンの操作盤で哀れな生贄をぶん回しているかなめとシャムに、パーラは思わず声を上げていた。そのまま機械を止めようとするパーラと、楽しくてしょうがないと言うような感じのかなめとシャムがじゃれあっている光景を眺めながら、誠はどうにか掠め取った焼けた鮭の身を一口食べてみた。

 アイシャはいつの間にかかなめ達が占拠した鉄板の上の鮭の丸焼きの身を、味噌味の野菜炒めと混ぜながら自分の皿に盛り付けて、優雅にご馳走を楽しんでいる。

「ったくしゃあねえなあ。神前の。どうだい?ウチのことがよく分かったか?」 

 タバコを吸いながら嵯峨がほろ酔い加減に歩み寄ってくる。

「まあ、日々驚かされることの連続ですが」 

「つまり刺激的で退屈しないと。まあそう受け取っとくよ」 

 嵯峨はそう言うとアイシャの鉄板から、アイシャが混ぜ終わった鮭と野菜の塊を取ろうとした。

「隊長はもう十分食べたでしょ!これは先生の分です!それじゃあ盛り付けますね!」 

 いつの間にか誠の背後に回りこんでいたアイシャが、誠の手から皿を奪うと、いかにも嬉しそうに笑いながら盛り付ける。

「なんだかなあ。一応、俺、隊長なんだけど」 

 そう言いつつもその口元には笑みが浮かんでいる。誠はその笑みの理由を尋ねようとしてやめた。

 この人は今の状況、特に慌てふためく各陣営の悩み苦しんでいるさまを楽しんでいる。もしかするとこの46歳と言う年の割りに若く見える高級将校は、まるでトランプゲームでもするように世の中を見ているんじゃないだろうか?誠にはそう思えてきた。

『お前が何を考えてるか当ててやろうか?』

 そんな言葉が飛び込んでこないのが不思議なくらいだ。

「なんだ?食わねーのか?アイシャ、アタシも食ってねーんだけど」 

 置いてけぼりを食ったランが声をかける。

「しょうがないお子様ですねえ!じゃあこの皿使ってください!」 

「すまないな」 

 ビール瓶を片手にランがアイシャとそんなやり取りをしていた。誠はなぜ彼女達がこの嵯峨惟基という人物を彼等が信用しているのか不思議に思った。

 先の大戦では胡州帝国陸軍憲兵として、常にその左腰に釣り下げられた赤い鞘の日本刀『長船兼光』を手に苛烈なゲリラ狩りを行った人物。その非人道的行為は人をして『人斬り新三』と呼ばしめた。

 それ以前に遼南皇帝の家系に生まれ、帝位を得ること二度。その過程で生き馬の目を抜く王朝内部の暗闘を生き延びてきた『姦雄』と称される男である。

 しかし、今のこれからこの船が向かう先の状況を見ても、部下の質問にただ薄ら笑いだけで答えるこの人物とはなんだろう?そう考えると誠は背筋に寒いものを感じた。

 彼の部下達、誠の先輩たちはそんな部隊長の過去を知ってか知らずか馬鹿話に花を咲かせている。

「なんなんだここは……」

 空いていたグラスでビールを飲みながら、誠は周りの喧騒にただあきれていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

レジェンド・オブ・ダーク遼州司法局異聞 2 「新たな敵」

橋本 直
SF
「近藤事件」の決着がついて「法術」の存在が世界に明らかにされた。 そんな緊張にも当事者でありながら相変わらずアバウトに受け流す遼州司法局実働部隊の面々はちょっとした神前誠(しんぜんまこと)とカウラ・ベルガーとの約束を口実に海に出かけることになった。 西園寺かなめの意外なもてなしや海での意外な事件に誠は戸惑う。 ふたりの窮地を救う部隊長嵯峨惟基(さがこれもと)の娘と言う嵯峨茜(さがあかね)警視正。 また、新編成された第四小隊の面々であるアメリカ海軍出身のロナルド・スミスJr特務大尉、ジョージ・岡部中尉、フェデロ・マルケス中尉や、技術士官レベッカ・シンプソン中尉の4名の新入隊員の配属が決まる。 新たなメンバーを加えても相変わらずの司法局実働部隊メンバーだったが嵯峨の気まぐれから西園寺かなめ、カウラ・ベルガー、アイシャ・クラウゼの三人に特殊なミッションが与えられる。 誠はただ振り回されるだけだった。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...