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第十一章 司法局実働部隊運用艦『高雄』
風雲急を告げる宇宙(そら)
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「ちょっと寄り道をするぞ。少しでも情報が欲しい」
思い立ったようにマリアが言うのを聞いて、誠はうなづいてその背中を追った。
行った先は機関室の手前の制御室のようなところだった。
部屋の中央には明華が何かを待っているように立っていた。イライラしたように胸の前に組んだ右手の人差し指が細かく動いている。その沈黙に負けて彼女から目をそらした誠が入り口を見るとヨハンが息を切らせて部屋に飛び込んできた。
肥満体型の彼がしばらく肩で息をしているさまに同情していた誠だが、すぐに明華は彼のそばへと歩み寄る。
「シュペルター中尉。今回の緊急指示。何処が動いたから出たのかしら?」
顔を上げるが声を発することが出来ずにぱくぱくと開くヨハンの口。誠の方を一瞥した後、ようやく落ち着いたように声が喉から搾り出される。
「胡州です……第六艦隊本間司令名義で近藤中佐に出頭命令が出たそうです」
「それはまずいわね。最悪に近いわ」
とりあえず安静にした方がいいほどの汗をかきながら、ヨハンは肩で息をしてる。今にも倒れそうに見えるがどうにか踏ん張っている姿に誠は同情していた。
「でも許大佐。でもそれほど大変なことじゃあ……素直に査問会議とかを受けると言う選択肢を選ぶかも知れないじゃないですか」
そう言ってすぐに誠は後悔した。明華の瞳は明らかに誠の考えが甘すぎるものだと断定しているような色を帯びている。
「神前君。たぶん吉田の馬鹿ははしょったでしょうけど、タイミングが悪いのよ。先日、大河内海軍大臣の指示で胡州の特務憲兵隊が動き出したの。金の流れが激しい近藤中佐のシンパの名前のリストは見せてもらってないでしょ?そこまで調査が及んでいることは近藤中佐も知っているはずよ。つまり近藤中佐に残された選択肢はほとんど無い状態なのよ」
教え諭すような言葉の調子だが、その視線は相変わらず厳しい。誠は再び恐れながら疑問を口にする。
「でもそれが出港が早まることとどう関係が?」
不用意な誠の言葉を聞いて、明華の視線は擬音が聞こえそうなくらい鋭く光る。誠は思わず背筋が凍るのを感じた。
「その金がまともな色の金でないのは確かなんだけど、まだ近藤中佐には身柄を拘束されるだけの資料は揃っていない。だからもし暴発するとしても、今、胡州軍相手には暴発して欲しくは無いのよ。胡州軍同士での衝突となれば、おそらく近藤中佐の裏の顔を知らない国士気取りの陸軍若手士官の暴走につながる可能性もあるし」
誠はそう言われてもピンと来なかった。『胡州の閉鎖的体制』。ともかく東和軍の幹部要請課程では胡州を説明するにはこの言葉一つで十分と言われていた。軍政関係でなく技官とパイロットを養成するコースだった誠には政治向きの話など念仏くらいにしか思っていなかった自分を恥じるしかなかった。
「今回の出頭命令はどこかのルートから本間司令が情報を得て独断で出したものね。気に食わない近藤一派を第六艦隊から放逐しようと言う魂胆が見え見えだわ。でも、特務憲兵隊が動き出したという情報はうちと同盟上層部、それに海軍参謀室くらいにしか漏れていないはずよ。本間司令の手元には出頭命令の正当な理由が何も無いのよ。恐らく司令の勘で命令書を作成したらしいわね」
「でもそんなことって……」
「貴族制国家の致命的欠点だ。本間司令は自分が誰を相手にしているのかわかっていないってことだろうな。自分の身分が上なのだから部下や家臣は従うのが当然とでも思っているんじゃないか?明華、情報ありがとう」
そう言うとマリアは速足で部屋を出て行った。
「ヨハン、暇そうね。もう少し情報をあさってほしいんだけど……」
上官に忘れられたのかとおろおろしていたヨハンは、言われるままにのろのろと動き出す。
「何やってんのよ!駆け足!」
急かすように明華が一喝すると、ヨハンは飛び跳ねるように部屋から出て行った。
「ですが、大佐。そんな状況で近藤中佐が出頭命令に応じるんですか?」
誠の言葉に明華はまたもや呆れたようなため息を付く。
「最悪、揚陸作戦演習場と重巡洋艦『那珂』に篭城するわね」
「そんなことになったら……」
誠は彼の顔を見るわけでもなく中空に視線を泳がせる明華を見ていた。
「近藤中佐のシンパがそれに呼応して決起するわ。賭けてもいいわよ。そうなれば倒閣運動どころではないわ、クーデターよ」
同盟参加国の中でも軍事力が抜き出ている胡州帝国のクーデター。
思い立ったようにマリアが言うのを聞いて、誠はうなづいてその背中を追った。
行った先は機関室の手前の制御室のようなところだった。
部屋の中央には明華が何かを待っているように立っていた。イライラしたように胸の前に組んだ右手の人差し指が細かく動いている。その沈黙に負けて彼女から目をそらした誠が入り口を見るとヨハンが息を切らせて部屋に飛び込んできた。
肥満体型の彼がしばらく肩で息をしているさまに同情していた誠だが、すぐに明華は彼のそばへと歩み寄る。
「シュペルター中尉。今回の緊急指示。何処が動いたから出たのかしら?」
顔を上げるが声を発することが出来ずにぱくぱくと開くヨハンの口。誠の方を一瞥した後、ようやく落ち着いたように声が喉から搾り出される。
「胡州です……第六艦隊本間司令名義で近藤中佐に出頭命令が出たそうです」
「それはまずいわね。最悪に近いわ」
とりあえず安静にした方がいいほどの汗をかきながら、ヨハンは肩で息をしてる。今にも倒れそうに見えるがどうにか踏ん張っている姿に誠は同情していた。
「でも許大佐。でもそれほど大変なことじゃあ……素直に査問会議とかを受けると言う選択肢を選ぶかも知れないじゃないですか」
そう言ってすぐに誠は後悔した。明華の瞳は明らかに誠の考えが甘すぎるものだと断定しているような色を帯びている。
「神前君。たぶん吉田の馬鹿ははしょったでしょうけど、タイミングが悪いのよ。先日、大河内海軍大臣の指示で胡州の特務憲兵隊が動き出したの。金の流れが激しい近藤中佐のシンパの名前のリストは見せてもらってないでしょ?そこまで調査が及んでいることは近藤中佐も知っているはずよ。つまり近藤中佐に残された選択肢はほとんど無い状態なのよ」
教え諭すような言葉の調子だが、その視線は相変わらず厳しい。誠は再び恐れながら疑問を口にする。
「でもそれが出港が早まることとどう関係が?」
不用意な誠の言葉を聞いて、明華の視線は擬音が聞こえそうなくらい鋭く光る。誠は思わず背筋が凍るのを感じた。
「その金がまともな色の金でないのは確かなんだけど、まだ近藤中佐には身柄を拘束されるだけの資料は揃っていない。だからもし暴発するとしても、今、胡州軍相手には暴発して欲しくは無いのよ。胡州軍同士での衝突となれば、おそらく近藤中佐の裏の顔を知らない国士気取りの陸軍若手士官の暴走につながる可能性もあるし」
誠はそう言われてもピンと来なかった。『胡州の閉鎖的体制』。ともかく東和軍の幹部要請課程では胡州を説明するにはこの言葉一つで十分と言われていた。軍政関係でなく技官とパイロットを養成するコースだった誠には政治向きの話など念仏くらいにしか思っていなかった自分を恥じるしかなかった。
「今回の出頭命令はどこかのルートから本間司令が情報を得て独断で出したものね。気に食わない近藤一派を第六艦隊から放逐しようと言う魂胆が見え見えだわ。でも、特務憲兵隊が動き出したという情報はうちと同盟上層部、それに海軍参謀室くらいにしか漏れていないはずよ。本間司令の手元には出頭命令の正当な理由が何も無いのよ。恐らく司令の勘で命令書を作成したらしいわね」
「でもそんなことって……」
「貴族制国家の致命的欠点だ。本間司令は自分が誰を相手にしているのかわかっていないってことだろうな。自分の身分が上なのだから部下や家臣は従うのが当然とでも思っているんじゃないか?明華、情報ありがとう」
そう言うとマリアは速足で部屋を出て行った。
「ヨハン、暇そうね。もう少し情報をあさってほしいんだけど……」
上官に忘れられたのかとおろおろしていたヨハンは、言われるままにのろのろと動き出す。
「何やってんのよ!駆け足!」
急かすように明華が一喝すると、ヨハンは飛び跳ねるように部屋から出て行った。
「ですが、大佐。そんな状況で近藤中佐が出頭命令に応じるんですか?」
誠の言葉に明華はまたもや呆れたようなため息を付く。
「最悪、揚陸作戦演習場と重巡洋艦『那珂』に篭城するわね」
「そんなことになったら……」
誠は彼の顔を見るわけでもなく中空に視線を泳がせる明華を見ていた。
「近藤中佐のシンパがそれに呼応して決起するわ。賭けてもいいわよ。そうなれば倒閣運動どころではないわ、クーデターよ」
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