レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
61 / 1,505
第九章 飲み会明けの機動部隊

混沌を求める者

しおりを挟む
「そんなに簡単にいくんですか?」 

 誠に出来ることはそう尋ねることだけだった。

「なあに、やらにゃあならん。『官派』の有力者である近藤は、特に公然と活動を行っている武闘派として知られてる男だ。ゲルパルトの残党連中や東和の経済界とのコネを使って、遼州星系ベルルカン大陸の失敗国家に、非正規ルートでヤバい物資を捌いて財力をつけつつある。実際その資金で政治活動を行っている政治家はこの東和だけでも相当な数だ」

 嵯峨の言葉の規模が、誠の理解できるキャパシティーを完全に超え始めた。額を流れる脂汗を拭いながら誠は嵯峨を見つめる。 

「そんな人物を中隊規模以下の我々が対応するって言うんですか?」 

 ただ誠の想像力から離れた話が続くのに耐えられずに誠は恐る恐るそうたずねた。

「逆だな。この規模だから何とかなるんだよ。たとえ証拠をそろえた上で艦隊引き連れて身柄の引渡しを求めても、今度は第六艦隊は面子にかけて自分で内密に処理しようとするだろうな。近藤さんは元々参謀部付の武官だ。前線部隊のたたき上げの本間さんより軍の後ろ暗い仕事についちゃ熟知している」

 いかにも状況を楽しんでいる。誠から見て今の嵯峨の姿はそう見えた。

「まあ本間さんの手際じゃ身柄を確保しようとして、逆に感づかれて逃亡されるのがおちだな。まんまと逃げおおせて軍の組織と言う枷のなくなった近藤の野郎は今度は一民間人として大手を振って政治組織を再構築するだろうな。つまり今回の件に関しては、あくまで第六艦隊の意表をつかなければどうにもならん」 

 そう言うと嵯峨派吸い終わったタバコを灰皿に押し付けてもみ消した。

「そんなものですか?」 

「そんなものさ。世の中なんてのは、多少混沌としているのがいいんだよ……誠、『混沌』と言う言葉の語源が古代中国の空想上の動物の事だって知ってるか?」 

 話の飛躍にまたもや誠はついていけなくなった。嵯峨は自分を文系と言うが、まさにその典型と言える男なんだと誠は確信した。

「いいえ……」 

「そうか。中国の幻獣と言うと『麒麟』とかは有名だが、それと同じように『混沌』と言う動物が紹介されているんだ。その『混沌』と言う動物だがな、目も頭も口も足も無い、まるでアメーバーのような生き物なんだそうな」 

 嵯峨は再びタバコを取り出して火をつけると一ふかしして話を続ける。

「その『混沌』は自らの姿にコンプレックスを持っていてな、ちゃんと一丁前の動物の姿になろうとするんだ。だが、残念なことに『混沌』は普通の動物のような均整の取れた姿になると死んでしまうんだそうな」 

「師範代は何が……」

 そう言いかけた誠の顔を狂気とすら思える表情を浮かべた嵯峨が見つめている。 

「世界もまたしかり、法と秩序と意思とで一つのまとまった形にしようとすれば、死んでしまう。死にはしないとしても、どこかに無理が来る。俺はね、神前。そんなこの世界を自分勝手な理想という型に押し込めようとする奴を、潰して回ることが俺の使命だと思ってるんだよ」 

 最後の言葉を吐き出した嵯峨の表情はいつもの昼行灯のそれでは無かった。どれほどの悲劇と喜劇を見てきたのか、そんな老成した雰囲気のある男の顔だった。

「理想を語るのは結構だが、その理想が啜る血のことまで想像力を働かせることの出来ない馬鹿にはそれにふさわしい最期を用意してやるのが俺の仕事さ」 

 嵯峨はそう言うと二本目のタバコの吸殻をもみ消して立ち上がった。

「さあてと、ちょっと東和のお偉いさんに根回しでもしておくかなあ。神前、お前も準備あるだろ?とりあえず進めとけや。それと出港後、作戦に参加するかどうか考えさせる時間をとるからそん時までに答え出しとけ」 

 去っていく嵯峨の後姿を見ながら、誠は呆然と立ち尽くしていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...