61 / 1,503
第九章 飲み会明けの機動部隊
混沌を求める者
しおりを挟む
「そんなに簡単にいくんですか?」
誠に出来ることはそう尋ねることだけだった。
「なあに、やらにゃあならん。『官派』の有力者である近藤は、特に公然と活動を行っている武闘派として知られてる男だ。ゲルパルトの残党連中や東和の経済界とのコネを使って、遼州星系ベルルカン大陸の失敗国家に、非正規ルートでヤバい物資を捌いて財力をつけつつある。実際その資金で政治活動を行っている政治家はこの東和だけでも相当な数だ」
嵯峨の言葉の規模が、誠の理解できるキャパシティーを完全に超え始めた。額を流れる脂汗を拭いながら誠は嵯峨を見つめる。
「そんな人物を中隊規模以下の我々が対応するって言うんですか?」
ただ誠の想像力から離れた話が続くのに耐えられずに誠は恐る恐るそうたずねた。
「逆だな。この規模だから何とかなるんだよ。たとえ証拠をそろえた上で艦隊引き連れて身柄の引渡しを求めても、今度は第六艦隊は面子にかけて自分で内密に処理しようとするだろうな。近藤さんは元々参謀部付の武官だ。前線部隊のたたき上げの本間さんより軍の後ろ暗い仕事についちゃ熟知している」
いかにも状況を楽しんでいる。誠から見て今の嵯峨の姿はそう見えた。
「まあ本間さんの手際じゃ身柄を確保しようとして、逆に感づかれて逃亡されるのがおちだな。まんまと逃げおおせて軍の組織と言う枷のなくなった近藤の野郎は今度は一民間人として大手を振って政治組織を再構築するだろうな。つまり今回の件に関しては、あくまで第六艦隊の意表をつかなければどうにもならん」
そう言うと嵯峨派吸い終わったタバコを灰皿に押し付けてもみ消した。
「そんなものですか?」
「そんなものさ。世の中なんてのは、多少混沌としているのがいいんだよ……誠、『混沌』と言う言葉の語源が古代中国の空想上の動物の事だって知ってるか?」
話の飛躍にまたもや誠はついていけなくなった。嵯峨は自分を文系と言うが、まさにその典型と言える男なんだと誠は確信した。
「いいえ……」
「そうか。中国の幻獣と言うと『麒麟』とかは有名だが、それと同じように『混沌』と言う動物が紹介されているんだ。その『混沌』と言う動物だがな、目も頭も口も足も無い、まるでアメーバーのような生き物なんだそうな」
嵯峨は再びタバコを取り出して火をつけると一ふかしして話を続ける。
「その『混沌』は自らの姿にコンプレックスを持っていてな、ちゃんと一丁前の動物の姿になろうとするんだ。だが、残念なことに『混沌』は普通の動物のような均整の取れた姿になると死んでしまうんだそうな」
「師範代は何が……」
そう言いかけた誠の顔を狂気とすら思える表情を浮かべた嵯峨が見つめている。
「世界もまたしかり、法と秩序と意思とで一つのまとまった形にしようとすれば、死んでしまう。死にはしないとしても、どこかに無理が来る。俺はね、神前。そんなこの世界を自分勝手な理想という型に押し込めようとする奴を、潰して回ることが俺の使命だと思ってるんだよ」
最後の言葉を吐き出した嵯峨の表情はいつもの昼行灯のそれでは無かった。どれほどの悲劇と喜劇を見てきたのか、そんな老成した雰囲気のある男の顔だった。
「理想を語るのは結構だが、その理想が啜る血のことまで想像力を働かせることの出来ない馬鹿にはそれにふさわしい最期を用意してやるのが俺の仕事さ」
嵯峨はそう言うと二本目のタバコの吸殻をもみ消して立ち上がった。
「さあてと、ちょっと東和のお偉いさんに根回しでもしておくかなあ。神前、お前も準備あるだろ?とりあえず進めとけや。それと出港後、作戦に参加するかどうか考えさせる時間をとるからそん時までに答え出しとけ」
去っていく嵯峨の後姿を見ながら、誠は呆然と立ち尽くしていた。
誠に出来ることはそう尋ねることだけだった。
「なあに、やらにゃあならん。『官派』の有力者である近藤は、特に公然と活動を行っている武闘派として知られてる男だ。ゲルパルトの残党連中や東和の経済界とのコネを使って、遼州星系ベルルカン大陸の失敗国家に、非正規ルートでヤバい物資を捌いて財力をつけつつある。実際その資金で政治活動を行っている政治家はこの東和だけでも相当な数だ」
嵯峨の言葉の規模が、誠の理解できるキャパシティーを完全に超え始めた。額を流れる脂汗を拭いながら誠は嵯峨を見つめる。
「そんな人物を中隊規模以下の我々が対応するって言うんですか?」
ただ誠の想像力から離れた話が続くのに耐えられずに誠は恐る恐るそうたずねた。
「逆だな。この規模だから何とかなるんだよ。たとえ証拠をそろえた上で艦隊引き連れて身柄の引渡しを求めても、今度は第六艦隊は面子にかけて自分で内密に処理しようとするだろうな。近藤さんは元々参謀部付の武官だ。前線部隊のたたき上げの本間さんより軍の後ろ暗い仕事についちゃ熟知している」
いかにも状況を楽しんでいる。誠から見て今の嵯峨の姿はそう見えた。
「まあ本間さんの手際じゃ身柄を確保しようとして、逆に感づかれて逃亡されるのがおちだな。まんまと逃げおおせて軍の組織と言う枷のなくなった近藤の野郎は今度は一民間人として大手を振って政治組織を再構築するだろうな。つまり今回の件に関しては、あくまで第六艦隊の意表をつかなければどうにもならん」
そう言うと嵯峨派吸い終わったタバコを灰皿に押し付けてもみ消した。
「そんなものですか?」
「そんなものさ。世の中なんてのは、多少混沌としているのがいいんだよ……誠、『混沌』と言う言葉の語源が古代中国の空想上の動物の事だって知ってるか?」
話の飛躍にまたもや誠はついていけなくなった。嵯峨は自分を文系と言うが、まさにその典型と言える男なんだと誠は確信した。
「いいえ……」
「そうか。中国の幻獣と言うと『麒麟』とかは有名だが、それと同じように『混沌』と言う動物が紹介されているんだ。その『混沌』と言う動物だがな、目も頭も口も足も無い、まるでアメーバーのような生き物なんだそうな」
嵯峨は再びタバコを取り出して火をつけると一ふかしして話を続ける。
「その『混沌』は自らの姿にコンプレックスを持っていてな、ちゃんと一丁前の動物の姿になろうとするんだ。だが、残念なことに『混沌』は普通の動物のような均整の取れた姿になると死んでしまうんだそうな」
「師範代は何が……」
そう言いかけた誠の顔を狂気とすら思える表情を浮かべた嵯峨が見つめている。
「世界もまたしかり、法と秩序と意思とで一つのまとまった形にしようとすれば、死んでしまう。死にはしないとしても、どこかに無理が来る。俺はね、神前。そんなこの世界を自分勝手な理想という型に押し込めようとする奴を、潰して回ることが俺の使命だと思ってるんだよ」
最後の言葉を吐き出した嵯峨の表情はいつもの昼行灯のそれでは無かった。どれほどの悲劇と喜劇を見てきたのか、そんな老成した雰囲気のある男の顔だった。
「理想を語るのは結構だが、その理想が啜る血のことまで想像力を働かせることの出来ない馬鹿にはそれにふさわしい最期を用意してやるのが俺の仕事さ」
嵯峨はそう言うと二本目のタバコの吸殻をもみ消して立ち上がった。
「さあてと、ちょっと東和のお偉いさんに根回しでもしておくかなあ。神前、お前も準備あるだろ?とりあえず進めとけや。それと出港後、作戦に参加するかどうか考えさせる時間をとるからそん時までに答え出しとけ」
去っていく嵯峨の後姿を見ながら、誠は呆然と立ち尽くしていた。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』
橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。
それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。
彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。
実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。
一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。
一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。
嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。
そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。
誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。
法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』
橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
法術装甲隊ダグフェロン 第二部
遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。
宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。
そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。
どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。
そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。
しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。
この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。
これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。
そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。
そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。
SFお仕事ギャグロマン小説。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!
七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ?
俺はいったい、どうなっているんだ。
真実の愛を取り戻したいだけなのに。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
てめぇの所為だよ
章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。
『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
学園長からのお話です
ラララキヲ
ファンタジー
学園長の声が学園に響く。
『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』
昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。
学園長の話はまだまだ続く……
◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない)
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~
エノキスルメ
ファンタジー
国王が崩御した!
大国の崩壊が始まった!
王族たちは次の王位を巡って争い始め、王家に隙ありと見た各地の大貴族たちは独立に乗り出す。
彼ら歴史の主役たちが各々の思惑を抱えて蠢く一方で――脇役である中小の貴族たちも、時代に翻弄されざるを得ない。
アーガイル伯爵家も、そんな翻弄される貴族家のひとつ。
家格は中の上程度。日和見を許されるほどには弱くないが、情勢の主導権を握れるほどには強くない。ある意味では最も危うくて損な立場。
「死にたくないよぉ~。穏やかに幸せに暮らしたいだけなのにぃ~」
ちょっと臆病で悲観的な若き当主ウィリアム・アーガイルは、嘆き、狼狽え、たまに半泣きになりながら、それでも生き残るためにがんばる。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載させていただいてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる