レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
58 / 1,505
第八章 奢られ酒

いつもの結末

しおりを挟む
「え?育ってないって?」 

 いったん潰れたと見えたアイシャがのそりと起き上がった。

「あ。復活した」

 サラがそう言うと烏賊玉を口に運ぶ。 

「余計なことするんじゃない」 

 かなめとカウラは復活したアイシャを見て思わず口を滑らす。

「いいもんね、どうせアタシなんか……!」 

 脈絡も無くアイシャはシャムのところまで匍匐前進していく。

「何する気だ?」 

 かなめは面白そうにその有様を見ている。

「ミニマム!」 

 そう叫ぶとアイシャはシャムに抱きついた。

「邪魔だよアイシャちゃん!食べられないよ!」 

「ご飯はもういいから!一緒に飲もうよ!ねえ!」 

 アイシャはシャムに抱きつきながら吉田のグラスをかっぱらうと、一気に飲み干してまた倒れこんだ。

「クバルカ中佐。妙に落ち着いてますけど、もしかして……」 

 誠は恐る恐るにこやかに笑いながら酒をすすっているランにそれとなく聞いてみた。

「まあいつもオメーは潰れとったから知らねーだろうが、いつもウチの飲み会なんてこんなもんだ。どうだ?驚いたか?」 

 我関せずといった調子で、ランは杯を進める。ふと吉田の方を見た誠だが、こちらもニヤニヤしながらシャムとアイシャを横目で見て酒を飲んでいるだけで、手を出すつもりなど無いようだった。

 しかし、誠にとってそれ以上に引っかかるのは菰田の舐めるような視線だった。明らかに敵意をむき出しにして、こちらのほうを見ている。先任下士官である菰田ににらまれて、誠はおずおずとビールをすするよりほかにすることも無かった。

「菰田先輩……?」 

 誠は鬼の目に変わった菰田に向けてそう言った。

「何でお前ばっかり!何でだ!この受けキャラが!」

 菰田の叫びが座敷に響く。誠の視線の中でパーラはできるだけ離れようと壁に張り付いている。 

「受けキャラと聞いたら黙ってませんよ!」 

 菰田のその言葉に反応して泥酔状態のアイシャがまた起き上がった。完全に出来上がった視線で誠に向き直るアイシャに誠は冷や汗が流れるのを感じていた。

「めんどくさいから、オメエは寝てろ!」 

 かなめが誠をかばうように立つと、アイシャは懇願するような瞳をして両手を合わせて、かなめに向き直った。

「かなめちゃん!人には戦わかければならない戦場と言うものがあるのよ!」 

 そのアルコールで赤く染め上げられた頬を見てかなめはアイシャを捕まえる。

「わけわかんねえよ!」 

 そう叫ぶかなめの手を振りほどいてアイシャは起き上がった。

「ヒンヌー教徒が立ち上がった今!カウラちゃんフラグは消えたも同然!今こそ私とのフラグが!」 

 アイシャは突然演説を始めた。誠は事態の収拾を期待してランを見る。そこではできるだけ話の輪から遠ざかろうと下を向いてたこ焼きを分解しているランの姿があった。

「だから分かるように言えよ!」 

 もう一度かなめは叫びながらアイシャを組み伏せようとする。その動きを読んでかわしたアイシャはそのまま誠に熱い視線を送る。誠はアイシャの濡れた視線に戸惑いながらじりじりと後ろに後退した。

「フラグ?何だそれは?」

 誠をかばうように間に入ってきたカウラが誠に尋ねる。 

「何なんでしょうねえ……」

 そう言って誠はアイシャの顔を見た。彼女は舌なめずりをしながらじりじりと誠に近づいてくる。そんな誠達のやり取りを菰田は手を震わせながらそれに聞き入っている。

「やれー!もっと修羅場になれー!」 

 気の無いように吉田がそう叫んだ。島田とサラは騒動を無視して二人だけの世界に旅立っている。キムと菰田を見れば野菜玉を焼き上げることに集中している振りをして、係わり合いになることを拒絶しているようにも見えた。

 頼れるものは自分ひとり。酒を飲むのを躊躇していた誠は隣になみなみと注がれていたかなめの酒を奪い取ると一気に飲み干した。

「おい!何しやがる!」 

 かなめが慌てて誠に声をかけた。

「やられた!間接キッスフラグとは!」

 アイシャはその場に崩れるよう突っ伏して頭に手をって絶望の表情を浮かべる。 

「だからわけわかんねえよ!」 

 かなめの突っ込みをアイシャは軽くかわす。誠は40度のアルコールにしたたか頭の中を回転させながらそれを聞いていた。

「分かりました!」 

 誠はそう言っていた。

「大丈夫か?」 

 カウラは振り向いて誠をその澄んだエメラルドグリーンの瞳で見つめる。

「馬鹿が」 

 そう言うとかなめは誠からグラスを奪い取った。しかし、もう誠の意識はここには無かった。

「神前誠!脱ぎます!」 

 全員がやっぱりかと言う視線を誠に送る中、誠はTシャツを脱ぎ始めた。

「馬鹿が!ワンパターンだな」 

 かなめはそう言うとあきらめたと言うように先ほど誠が口をつけたグラスにラム酒を注ぎ始めた。何も言えずにカウラは立ち尽くす。Tシャツを壁際に投げ捨てた誠は今度はズボンを脱ぎ始めた。

「止めろ!キム!酒が不味くなる」 

 そんなランの一言が届く間もなく、再びかなめのグラスを奪い取って飲み干した誠はそのまま仰向けにひっくり返り、意識を失っていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...