17 / 1,503
第二章 陰謀のようなもの
称えるべき敵
しおりを挟む
納得した顔をした近藤を見て、カーンは満足しながら話を続けた。
「敵であれ尊敬すべき人物だよ嵯峨君は。シオニストにもコミュニストにも彼ほどの人材はいない。敵として当たるに対して彼ほど愉快な人物はいないよ。そんな彼が選んだ人材なんだ。敵に値する嵯峨君が選んだ人材なんだ。彼が選んだ青年が私達を失望させるような凡人では無いと考えるのが当然の帰結だろう」
そう言うカーンの口元に満足げな笑みが浮かんでいるのに近藤は気付いた。
そして、その笑みがカーンの踏み越えてきた敵味方を問わない死体の数に裏打ちされていると言う事実にすぐに到達した。
「君は先の大戦では前線勤務を経験しているかね」
「それは……」
カーンの問いに近藤は口をつぐんだ。自分の『第二次遼州戦争」の開戦から敗戦までの経歴が軍の参謀部勤務だということはカーンも十分に承知しているはずだった。
「それならば少しは前線の地獄と言うものを味わった方がいいのかもしれないな。本部の怠惰な空気は人間の闘争本能をすり減らすものだ。そしてその闘争本能無しには既存の秩序を変えることは難しい……一方、嵯峨君は常に最前線に身を置いていた人物だ。特に『第二次遼州戦争』初期における遼南帝国での治安機関の隊長としての任務などは、まさに見えない敵と常に渡り合う必要のある困難な仕事だ。それをこなした経歴は特筆に値するだろうな」
嵯峨と言う名前を口にするたびにカーンは愉快そうに眼を細めた。近藤は黙ったまま静かにカーンを見つめている。その意思と寛容が混ざり合うような落ち着いた言葉とまなざし。言っていることにはそれぞれ反論はあったが、近藤はカーンが何故ゲルパルトを追われたゲルパルト民族団結党の残党の支持をこれほどまで集めているのかを再確認した。意思と経験と洞察力。そのすべてにおいて自分はカーンの足下にも及ばないことはこの数分で改めて自覚された。
「それでは計画を早める必要があるのでは?表面的にはわからないことでもこちらから動いて見せれば馬脚を現すこともありますから」
そんな近藤の言葉に、カーンは落胆したように視線を外のデブリへと移した。
「いや、それについて君が口を挟む必要は無い。下がりたまえ」
カーンは強い口調でそう言った。その語気に押される様にして近藤は軍人らしく踵を返して部屋を出て行こうとした。
「だが……」
再び口を開いたカーンの言葉を聞くべく近藤は振り返る。
「私達の組織と胡州海軍第六艦隊は無関係であると言うことを証明できるのであれば、君達は独自に動いてくれてもかまわないがね」
その一言に近藤は嬉しそうにうなづく。
「それでは我々は独自に行動を開始します!」
呪縛から解かれたというように近藤は軽快に敬礼をして貴賓室を後にした。
実直に過ぎる近藤が去って部屋は沈黙に包まれた。
カーンは再びブランデーグラスを眺めると満足げにうなづいた。
「君は君にしてはよくやったよ、近藤君。あくまで『君にしては』だがね」
カーンはそう言うとブランデーグラスのそこに残った液体を凝視した。楽章が変わって始まった楽曲の盛り上がりにあわせる様にして、カーンはブランデーを飲み干した。静かにため息をつくとカーンは手元のボタンを押した。外の景色を映し出していた窓が光を反射してモニターへと切り替わる。
そこには冴えない表情の新兵がいかにも恥ずかしげに映り込んでいる身分証明書の写真と横に説明書きが映し出された。
「『神前誠』……君は何者なんだね?」
まるで孫に語り掛けるようにカーンはそうつぶやいた。手元のボタンを押すといくつもの『神前誠』の日常を写した写真が映し出される。
「まあいい。近藤君も噛ませ犬を志願してくれたことだ。じっくりと見させてもらおう」
カーンはそう言って静かに目を閉じてうつむいた。
「敵であれ尊敬すべき人物だよ嵯峨君は。シオニストにもコミュニストにも彼ほどの人材はいない。敵として当たるに対して彼ほど愉快な人物はいないよ。そんな彼が選んだ人材なんだ。敵に値する嵯峨君が選んだ人材なんだ。彼が選んだ青年が私達を失望させるような凡人では無いと考えるのが当然の帰結だろう」
そう言うカーンの口元に満足げな笑みが浮かんでいるのに近藤は気付いた。
そして、その笑みがカーンの踏み越えてきた敵味方を問わない死体の数に裏打ちされていると言う事実にすぐに到達した。
「君は先の大戦では前線勤務を経験しているかね」
「それは……」
カーンの問いに近藤は口をつぐんだ。自分の『第二次遼州戦争」の開戦から敗戦までの経歴が軍の参謀部勤務だということはカーンも十分に承知しているはずだった。
「それならば少しは前線の地獄と言うものを味わった方がいいのかもしれないな。本部の怠惰な空気は人間の闘争本能をすり減らすものだ。そしてその闘争本能無しには既存の秩序を変えることは難しい……一方、嵯峨君は常に最前線に身を置いていた人物だ。特に『第二次遼州戦争』初期における遼南帝国での治安機関の隊長としての任務などは、まさに見えない敵と常に渡り合う必要のある困難な仕事だ。それをこなした経歴は特筆に値するだろうな」
嵯峨と言う名前を口にするたびにカーンは愉快そうに眼を細めた。近藤は黙ったまま静かにカーンを見つめている。その意思と寛容が混ざり合うような落ち着いた言葉とまなざし。言っていることにはそれぞれ反論はあったが、近藤はカーンが何故ゲルパルトを追われたゲルパルト民族団結党の残党の支持をこれほどまで集めているのかを再確認した。意思と経験と洞察力。そのすべてにおいて自分はカーンの足下にも及ばないことはこの数分で改めて自覚された。
「それでは計画を早める必要があるのでは?表面的にはわからないことでもこちらから動いて見せれば馬脚を現すこともありますから」
そんな近藤の言葉に、カーンは落胆したように視線を外のデブリへと移した。
「いや、それについて君が口を挟む必要は無い。下がりたまえ」
カーンは強い口調でそう言った。その語気に押される様にして近藤は軍人らしく踵を返して部屋を出て行こうとした。
「だが……」
再び口を開いたカーンの言葉を聞くべく近藤は振り返る。
「私達の組織と胡州海軍第六艦隊は無関係であると言うことを証明できるのであれば、君達は独自に動いてくれてもかまわないがね」
その一言に近藤は嬉しそうにうなづく。
「それでは我々は独自に行動を開始します!」
呪縛から解かれたというように近藤は軽快に敬礼をして貴賓室を後にした。
実直に過ぎる近藤が去って部屋は沈黙に包まれた。
カーンは再びブランデーグラスを眺めると満足げにうなづいた。
「君は君にしてはよくやったよ、近藤君。あくまで『君にしては』だがね」
カーンはそう言うとブランデーグラスのそこに残った液体を凝視した。楽章が変わって始まった楽曲の盛り上がりにあわせる様にして、カーンはブランデーを飲み干した。静かにため息をつくとカーンは手元のボタンを押した。外の景色を映し出していた窓が光を反射してモニターへと切り替わる。
そこには冴えない表情の新兵がいかにも恥ずかしげに映り込んでいる身分証明書の写真と横に説明書きが映し出された。
「『神前誠』……君は何者なんだね?」
まるで孫に語り掛けるようにカーンはそうつぶやいた。手元のボタンを押すといくつもの『神前誠』の日常を写した写真が映し出される。
「まあいい。近藤君も噛ませ犬を志願してくれたことだ。じっくりと見させてもらおう」
カーンはそう言って静かに目を閉じてうつむいた。
1
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』
橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。
それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。
彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。
実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。
一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。
一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。
嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。
そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。
誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』
橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
法術装甲隊ダグフェロン 第二部
遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。
宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。
そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。
どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。
そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。
しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。
この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。
これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。
そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。
そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。
SFお仕事ギャグロマン小説。
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる