27 / 1,505
第四章 通過儀礼としての事件
偉い人にはわからない悩み
しおりを挟む
詰め所を後にした誠は、そのまま廊下を歩いていた。途中の喫煙所と書かれた場所のソファーで嵯峨がのんびりとタバコを燻らせている。
「タフだねえ。シャムのキック食らったって言うのに、お使いか何かかい?」
いつもの間の抜けた調子で嵯峨がそう尋ねる。
「まあ一応新入りですから」
急に話しかけられて少し苛立っているように誠は答えた。
「そうカリカリしなさんな。あれであいつ等なりに気を使ってるとこもあるんだぜ。どうせお前のことだから、これからも買出しに行くことになるだろうから、その予備練習って所だ。それとこれ」
そう言うと嵯峨は小さなイヤホンのようなものを取り出した。
「何ですか?これは」
「補聴器」
口にタバコをくわえたまま嵯峨はそう言い切った。
「怒りますよ」
強い口調の誠に、嵯峨は情けないような顔をすると、吸い終ったタバコを灰皿に押し付けた。
「正確に言えば、まあ一種のコミュニケーションツールだ。感応式で思ったことが自動的に送信されるようになっている。実際、金持ちの国では前線部隊とかじゃあ結構使ってるとこもあるんだそうな。まあ東和軍はコストの関係から導入を見送ったらしいけど」
誠はそう言う嵯峨の言葉を聞きながら、渡された小さな機械を掌の上で転がしてみた。確かに補聴器に見えなくも無い。そう思いながら嵯峨の心遣いに少し安心をした。
「ああ、そうですか。ありがとうございます」
誠はそういうと左耳にそのイヤホンの小型のようなものをつけた。特に邪魔になることもなく耳にすんなりとそれは収まる。
「なんだか疲れているみたいな顔してるけど……大丈夫か?一応、お前は俺がここに引っ張り込んだんだ。何かあったら相談乗るよ」
親身なようで無責任な調子でそう言うと、嵯峨は再びタバコに火をつける。誠は一礼するとそのまま管理部の横を通り過ぎてハンガーの方へ向かった。
誠は取ってつけたようなハンガーへ降りる階段に足をかける。
「神前君!さっきは災難だったわねえ」
解体整備中の黒い四式の左腕の前で指揮を取っていた許明華が、どたどたと階段を駆け下りてきた誠に声をかけてきた。
「別にあれくらいたいしたことないですよ。一応、野球で首とかは鍛えてるんで」
首を左右に回してみながら誠はそのまま階段を降りきった。
「偉いわね!それに昨日はアイシャのトークに付き合ったんでしょ?パーラが感心してたわよ、よく逃げずに朝まで付き合ったって」
先日の技術部の宴会で紹介された下士官寮の寮長、島田正人に仕事を任せて明華が歩いてきた。
「ああ、それですか。確かに疲れましたがアイシャさんの歓迎の気持ちを無碍にも出来ないですから……」
「そんなこと言ったのあんたが初めてじゃないの?みんな途中でなんか理由つけて逃げるからアイシャも結構傷ついてるんだけど、そこまでの配慮が出来るとは……あんた結構ウチに向いてるかもよ」
明華はそう耳打ちすると再び作業の指揮へと戻っていった。
「アイシャさんが傷つく?まさか……あの人が……」
そうつぶやきながら誠はそのままハンガーを出て舗装された道の向こう側の広場のような場所に出た。
丁寧に馴らされた土を見ればそこが野球のグラウンドであることがわかった。バックネットやマウンドの盛り上がりもあり、野球好きなかなめが中心となって練習する光景が想像できた。
「もう、僕は投げないんだけどな」
誠はそう独り言を言うと、そのまま手前の舗装された物資搬入通路を抜けて裏の駐輪場まで歩いていく。島田の巨大なバイクの隣に置かれた子供用にも見える小さなシャムのバイクにまたがる。そしてシャムから借りたキーをねじ込んでモーターを回した。
「ヘルメットか……。まあ取りに行くのも面倒だな」
誠は独り言を吐くとそのまま正門の方へとハンドルを向けた。
警備室でいつものように部下を説教しているマリアに一声かけると、誠はバイクを走らせて、工場の統括事務所の隣にあるこの工場の生協に向かった。
「タフだねえ。シャムのキック食らったって言うのに、お使いか何かかい?」
いつもの間の抜けた調子で嵯峨がそう尋ねる。
「まあ一応新入りですから」
急に話しかけられて少し苛立っているように誠は答えた。
「そうカリカリしなさんな。あれであいつ等なりに気を使ってるとこもあるんだぜ。どうせお前のことだから、これからも買出しに行くことになるだろうから、その予備練習って所だ。それとこれ」
そう言うと嵯峨は小さなイヤホンのようなものを取り出した。
「何ですか?これは」
「補聴器」
口にタバコをくわえたまま嵯峨はそう言い切った。
「怒りますよ」
強い口調の誠に、嵯峨は情けないような顔をすると、吸い終ったタバコを灰皿に押し付けた。
「正確に言えば、まあ一種のコミュニケーションツールだ。感応式で思ったことが自動的に送信されるようになっている。実際、金持ちの国では前線部隊とかじゃあ結構使ってるとこもあるんだそうな。まあ東和軍はコストの関係から導入を見送ったらしいけど」
誠はそう言う嵯峨の言葉を聞きながら、渡された小さな機械を掌の上で転がしてみた。確かに補聴器に見えなくも無い。そう思いながら嵯峨の心遣いに少し安心をした。
「ああ、そうですか。ありがとうございます」
誠はそういうと左耳にそのイヤホンの小型のようなものをつけた。特に邪魔になることもなく耳にすんなりとそれは収まる。
「なんだか疲れているみたいな顔してるけど……大丈夫か?一応、お前は俺がここに引っ張り込んだんだ。何かあったら相談乗るよ」
親身なようで無責任な調子でそう言うと、嵯峨は再びタバコに火をつける。誠は一礼するとそのまま管理部の横を通り過ぎてハンガーの方へ向かった。
誠は取ってつけたようなハンガーへ降りる階段に足をかける。
「神前君!さっきは災難だったわねえ」
解体整備中の黒い四式の左腕の前で指揮を取っていた許明華が、どたどたと階段を駆け下りてきた誠に声をかけてきた。
「別にあれくらいたいしたことないですよ。一応、野球で首とかは鍛えてるんで」
首を左右に回してみながら誠はそのまま階段を降りきった。
「偉いわね!それに昨日はアイシャのトークに付き合ったんでしょ?パーラが感心してたわよ、よく逃げずに朝まで付き合ったって」
先日の技術部の宴会で紹介された下士官寮の寮長、島田正人に仕事を任せて明華が歩いてきた。
「ああ、それですか。確かに疲れましたがアイシャさんの歓迎の気持ちを無碍にも出来ないですから……」
「そんなこと言ったのあんたが初めてじゃないの?みんな途中でなんか理由つけて逃げるからアイシャも結構傷ついてるんだけど、そこまでの配慮が出来るとは……あんた結構ウチに向いてるかもよ」
明華はそう耳打ちすると再び作業の指揮へと戻っていった。
「アイシャさんが傷つく?まさか……あの人が……」
そうつぶやきながら誠はそのままハンガーを出て舗装された道の向こう側の広場のような場所に出た。
丁寧に馴らされた土を見ればそこが野球のグラウンドであることがわかった。バックネットやマウンドの盛り上がりもあり、野球好きなかなめが中心となって練習する光景が想像できた。
「もう、僕は投げないんだけどな」
誠はそう独り言を言うと、そのまま手前の舗装された物資搬入通路を抜けて裏の駐輪場まで歩いていく。島田の巨大なバイクの隣に置かれた子供用にも見える小さなシャムのバイクにまたがる。そしてシャムから借りたキーをねじ込んでモーターを回した。
「ヘルメットか……。まあ取りに行くのも面倒だな」
誠は独り言を吐くとそのまま正門の方へとハンドルを向けた。
警備室でいつものように部下を説教しているマリアに一声かけると、誠はバイクを走らせて、工場の統括事務所の隣にあるこの工場の生協に向かった。
1
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
仰っている意味が分かりません
水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか?
常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。
※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる