レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第四章 通過儀礼としての事件

偉い人にはわからない悩み

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 詰め所を後にした誠は、そのまま廊下を歩いていた。途中の喫煙所と書かれた場所のソファーで嵯峨がのんびりとタバコを燻らせている。

「タフだねえ。シャムのキック食らったって言うのに、お使いか何かかい?」 

 いつもの間の抜けた調子で嵯峨がそう尋ねる。

「まあ一応新入りですから」 

 急に話しかけられて少し苛立っているように誠は答えた。

「そうカリカリしなさんな。あれであいつ等なりに気を使ってるとこもあるんだぜ。どうせお前のことだから、これからも買出しに行くことになるだろうから、その予備練習って所だ。それとこれ」
  
 そう言うと嵯峨は小さなイヤホンのようなものを取り出した。

「何ですか?これは」 

「補聴器」 

 口にタバコをくわえたまま嵯峨はそう言い切った。

「怒りますよ」 

 強い口調の誠に、嵯峨は情けないような顔をすると、吸い終ったタバコを灰皿に押し付けた。

「正確に言えば、まあ一種のコミュニケーションツールだ。感応式で思ったことが自動的に送信されるようになっている。実際、金持ちの国では前線部隊とかじゃあ結構使ってるとこもあるんだそうな。まあ東和軍はコストの関係から導入を見送ったらしいけど」

 誠はそう言う嵯峨の言葉を聞きながら、渡された小さな機械を掌の上で転がしてみた。確かに補聴器に見えなくも無い。そう思いながら嵯峨の心遣いに少し安心をした。 

「ああ、そうですか。ありがとうございます」 

 誠はそういうと左耳にそのイヤホンの小型のようなものをつけた。特に邪魔になることもなく耳にすんなりとそれは収まる。

「なんだか疲れているみたいな顔してるけど……大丈夫か?一応、お前は俺がここに引っ張り込んだんだ。何かあったら相談乗るよ」 

 親身なようで無責任な調子でそう言うと、嵯峨は再びタバコに火をつける。誠は一礼するとそのまま管理部の横を通り過ぎてハンガーの方へ向かった。

 誠は取ってつけたようなハンガーへ降りる階段に足をかける。

「神前君!さっきは災難だったわねえ」 

 解体整備中の黒い四式の左腕の前で指揮を取っていた許明華が、どたどたと階段を駆け下りてきた誠に声をかけてきた。

「別にあれくらいたいしたことないですよ。一応、野球で首とかは鍛えてるんで」

 首を左右に回してみながら誠はそのまま階段を降りきった。 

「偉いわね!それに昨日はアイシャのトークに付き合ったんでしょ?パーラが感心してたわよ、よく逃げずに朝まで付き合ったって」 

 先日の技術部の宴会で紹介された下士官寮の寮長、島田正人に仕事を任せて明華が歩いてきた。

「ああ、それですか。確かに疲れましたがアイシャさんの歓迎の気持ちを無碍にも出来ないですから……」 

「そんなこと言ったのあんたが初めてじゃないの?みんな途中でなんか理由つけて逃げるからアイシャも結構傷ついてるんだけど、そこまでの配慮が出来るとは……あんた結構ウチに向いてるかもよ」 

 明華はそう耳打ちすると再び作業の指揮へと戻っていった。

「アイシャさんが傷つく?まさか……あの人が……」

 そうつぶやきながら誠はそのままハンガーを出て舗装された道の向こう側の広場のような場所に出た。

 丁寧に馴らされた土を見ればそこが野球のグラウンドであることがわかった。バックネットやマウンドの盛り上がりもあり、野球好きなかなめが中心となって練習する光景が想像できた。

「もう、僕は投げないんだけどな」 

 誠はそう独り言を言うと、そのまま手前の舗装された物資搬入通路を抜けて裏の駐輪場まで歩いていく。島田の巨大なバイクの隣に置かれた子供用にも見える小さなシャムのバイクにまたがる。そしてシャムから借りたキーをねじ込んでモーターを回した。

「ヘルメットか……。まあ取りに行くのも面倒だな」 

 誠は独り言を吐くとそのまま正門の方へとハンドルを向けた。

 警備室でいつものように部下を説教しているマリアに一声かけると、誠はバイクを走らせて、工場の統括事務所の隣にあるこの工場の生協に向かった。
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