レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
26 / 1,505
第四章 通過儀礼としての事件

成り行きで買い出しに……

しおりを挟む
「ごめんなさい……」 

 シャムが心からすまなそうに頭を下げた。その向かい、詰め所の応接用ソファーに横になっている誠は、ただそんな少女の言葉に照れ笑いを浮かべるだけだった。隣に立っているかなめは軽蔑するような視線を目覚めたばかりの誠に向けてくる。そのまま穴にでも隠れてしまいたい。誠はそう思いながら手で顔を覆った。

「ったくだらしのない奴だぜ。どうせシャムの飛び蹴りなんて、まっすぐしか狙ってないんだから簡単にかわせるはずだろ?それを直撃食らってのびましたーなんて。それでよくウチに来たもんだな」 

 心配そうな顔を誠に向けていたカウラがかなめをにらんだ。

「西園寺!言いすぎだぞ!」 

「へいへい、隊長さんは部下思いでいらっしゃること」 

 そう言うとかなめは不満げに自分の机のところにまで戻ると椅子に乱暴に腰掛け、机の上に足を乗っけた。椅子のきしむ音が響く。誠は自分がいる場所がわかって安心すると、そのまま上体を起こした。

 誠が見回す視線の先では、まず、ランが難しそうな顔をしてクロスワードパズルを解いているのが見えた。その隣の吉田はかなめと同じく足を机の上に乗せて、風船ガムを膨らませながら貧乏ゆすりをしていた。

 そのたるみ切った光景は、これが遼州星系の法の番人の詰め所の風景とはとても思えなかった。

 せめて自分くらいは……そういう思いが誠を奮い立たせて、痛む首筋をさすりながらソファーから起き上がらせた。

「大丈夫か?」 

 心配そうにカウラがよろける誠を支える。

「なんだ、心配することないじゃん。それにしても暑いなあー……こういう時、新入りなら何かしようって思うんじゃないのかなあ……」 

 暑さで不機嫌なかなめが大声を上げる。

「西園寺!貴様!」 

 立ち上がろうとする誠を制するとカウラはかなめの席の隣に立ち机を叩いた。

「良いんですよベルガー大尉。食堂に行ってアイス取って来ます」 

 そう言うとカウラの心配そうな顔をこれ以上曇らせまいと、誠は立ち上がった。

「そりゃ無理だ。どこかのチビが昨日全部食っちゃったからなー」 

 そんなかなめの言葉に、ランと吉田も顔を上げてシャムの方を見つめた。

「えー!あたしが悪いのー?」 

 シャムが不満そうにそう叫んだ。

「そうだ、お前が悪い。もう一回、明華の姐さんのところ行って謝って来い」 

 足を机から下ろして吉田がそう言った。隣でランが腕組みをしながらうなづいている。

 シャムはそのまま潤んだ瞳で誠を見つめる。どう見ても子供にしか見えない彼女にそんな目で見られることは、誠には耐えられなかった。

「分かりました!工場の生協まで行けばいいんですね!ナンバルゲニア中尉、バイク借りますよ」 

「それなら俺はカキ氷……できれば着色料バリバリの奴で」 

 サングラスをかけなおすとすかさず吉田が叫んだ。

「じゃあアタシはモナカ。小豆じゃなくてチョコだぞ」

 顔を上げて一言そう言うとランはクロスワードパズルを再開する。

「アタシはチョコの奴ー!」 

 すっかり元気になったシャムが元気良く答える。カウラはオロオロとそんな様子を見ているだけだった。

「カキ氷とモナカとチョコアイスですね。西園寺さんは何にしますか?」 

 誠は半分むきになってきつい調子でそうたずねた。しばらくの沈黙の後、眼を伏せるようにしてかなめはつぶやいた。

「イチゴ味の奴」 

 カウラはぶっきらぼうなかなめの言葉に肩をすくめた後、財布から一万東和円を取り出して誠に渡した。

「じゃあ私はメロン味のにしてくれ。少尉はまだここの生協で使えるカードができていないからな。金はこれで間に合うはずだ」

「はい!それじゃあ行ってきます!」

 苦笑いを浮かべるカウラに見送られて、誠はそのまま詰め所を後にした。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...