レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第二章 陰謀のようなもの

報告書の顛末

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「ところで、君は敵に対する敬意と言うものを持っているのかね?あの報告書の内容はいい。ただ、もしそういうものが君に少しでもあったのなら、あの報告書の推測と予測による記事を私の目に触れさせる様なことはしなかったと思うが、どうだろうか?報告書とはすべてありのままの事実を報告するから『報告書』と呼ばれるのだよ。推論と決めつけだけで書いていいのならタブレット紙の見出し記事と同じ価値しかない」 

 その言葉を聞くと思わず近藤は額の汗を拭っていた。手にした情報の価値を過小評価されたという事実が彼の語気を激しいものとした。

「ですがカーン閣下!現状として我々が表立って我等と同志達が動ける範囲といえば……限られています!その中でできる限りのことを調べ上げたつもりです!」

 近藤は机に両手を突いて叫んだ。だが、カーンは表情を一つ変えることもなく、ただ感情的になった近藤をはぐらかすように再びブランデーグラスを手にした。 

「言い訳は生産的とは言えないな。情報統制に関していえば向こうには吉田俊平少佐という切れ者がいる。そのことははじめから分かっていることではないかね?」

 そう言ってカーンは静かにグラスをテーブルに置いた。反論の機会をうかがっていた近藤に一度笑みを浮かべた後、言葉を続ける。

「相手のカードは分かっている。ならばこちらも手持ちの札を数えなおして次に切るカードを選択する。カードゲームの基本だよ……そして情報収集もまた然りだ。相手が電子戦のプロなら多少の出費はあっても足で情報を稼ぐようなことも考えたらどうかね。君の資金はそれには十分耐えうると思うんだが」

 そういうとカーンは再びグラスを手に取りブランデーに口をつけた。近藤はカーンのはぐらかすような調子にいつもと同じ苛立ちを感じていた。

 近藤は自分が今の胡州軍の主流からは外れた立場にあることは十分承知していた。

 現胡州帝国政権の中枢にある西園寺義基首相は軍縮を視野に入れた宥和的政策での同盟機構内部での発言権拡大を目指すことを選択していた。胡州の一方的な軍縮を敗北主義と考える近藤と同志達は、西園寺内閣による軍の特権剥奪に危機感を抱いていた。

 彼らは軍内部でも孤立していく中で、自分達こそが国家の尊厳すらも安易に投げ捨てかねない西園寺義基の『現実主義政策』に異を唱えるべく集まった救国の志だと自負していた。

 西園寺内閣の矢継ぎ早の同盟宥和政策が国を大きく変えつつある今がそれを打倒する最後のチャンスであると考えていた。

 ゲルパルトの『民族秩序の再興』を掲げる『ゲルパルト民族団結党』の残党。国を追われてもその理想を推し進める『闘士』ルドルフ・カーン。彼が近藤に依頼したのは、『売国奴』である西園寺義基の義弟、嵯峨惟基の率いる同盟司法局実働部隊の調査だった。

 先の大戦では同盟国遼南の治安部隊、胡州陸軍遼南外事憲兵隊、通称『外憲』の隊長として叛乱分子摘発に活躍した『人斬り新三』こと嵯峨惟基も、今は同盟の司法機関の手先に成り下がったと、近藤は嵯峨を軽蔑していた。

 そんな嵯峨が目をかけているという若者、『神前誠』が何者だろうが近藤には関心の無い話だった。そこに注目するカーンの意図も図りかねていた。

 ようやくそんなあふれ出してくる怒りを主とする感情の整理をつけると、言葉を選びながら近藤は話を続けた。

「お言葉ですが先日の報告書に不手際があったとは到底思えませんし、あの金で魂を売る殺戮機械(キリングマシーン)の吉田が情報改ざんを行っていないことは裏が取れています。ですので……」

「ちがう!ちがう!」

 そんな近藤の言葉にカーンは初めて明らかな不快感の色を帯びた叫びを漏らした。交響曲が終わり、再びブランデーグラスに口をつけた後、近藤を見る青い瞳には侮蔑の色がにじんでいるのがわかり、近藤は思わず口を閉ざした。

「君は本当に海軍大学校を卒業したのかね?吉田少佐に注目するあまり大事なこと、手に入れた情報そのものの意味を理解しているとは到底思えないのだが……。他者を理解しようと言う行為に意味を感じていないと言うことは自分の無能を証言しているようなものだよ。君の言葉は私にはそう聞こえて仕方がないんだ」

 再びグラスをテーブルに置くとカーンは椅子に座りなおし、氷のような青い瞳で近藤をにらみつけて静かに語り始めた。

「確かに今度、司法局の実働部隊に入った神前誠少尉候補生。彼の出自に不自然なことは書類上無い。だが、そもそもこんなに不自然なことが無い人物をなぜ嵯峨君が選んだのか?そう考えてみたことは無いのかね?嵯峨惟基。『人斬り』の異名を持つ切れ者だ。遼南帝国皇帝の座をめぐる『兼州崩れ』では幼いながら十重二十重の防衛網を突破した『運』があり、『第二次遼州戦争』では遼北人民軍のスチームローラーのような物量戦を凌ぎ、『遼南内戦』では主力の人民軍を出し抜いて共和政府軍の央都を攻め落とした切れ者中の切れ者だ……そんな男がなぜ?そう考えたことは無いのかね?」 

 近藤は目の前で敵を誉めつつその言葉に酔いかけている老人にそう言われて言葉に詰まった。見るべきものを見落としていた。そのような老人の言葉を聞けば、老人が何を言わんとしているか、そして報告書に一番欠けているものは何かを察することができた。余りにも不自然すぎるから自然に思える結論を探す。それがこの報告書に欠けていたと近藤も気がついた。嵯峨惟基が見込んだ新兵を過小評価していた。そのことに気がついて近藤は苦虫を噛み潰した表情を浮かべた。
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