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第一部 「覚醒」 第一章 配属先は独立愚連隊?

コレクター魂

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「ったく……おい、神前?」

 ランの言葉は誠の耳には届かなかった。誠は吉田の『ロッカールーム』と言う言葉に力が抜けていくのを感じていた。

「中佐!ロッカーはどこですか!」

 誠は思わず目の前の幼女の両肩を掴んで叫んだ。

「なんだよ、急に。廊下の突き当りから二番目の……」

 ランがそこまで言うのを聞くと誠はコンピュータルームを飛び出した。

「僕のコレクションが!」

 すでに誠の意識は自分の荷物が運ばれているロッカーに向いていた。『やばい。あのナンバルゲニア中尉ならばきっと……』

 誠は正気を失っていた。

『僕のレアグッズが!!』

 誠の頭にはそれしかなかった。

 男子更衣室と書かれたドアが半分開いているのが見えて。誠は腰の東和軍制式拳銃、04式9mmけん銃を引き抜くとドアを蹴り開けた。

 じめじめとした空気の男子更衣室。誠は銃口を左右に向けて制圧体勢をとっている。

「動くな!」

 誠の予想通りシャムが誠の荷物を漁って一つのプラモデルの箱を取り出していた。誠が入ってきたが、誠が銃を持っているというのに特に気にするわけでもなく手にしたプラモデルの箱を取り上げて見せた。

「ナンバルゲニア中尉!」

 誠はそのままの姿勢で固まっていた。手を上げるわけでも、怯えるわけでもなく、シャムはただ手にしたプラモデルと誠の顔の双方を見比べていた。

「凄いね!これこの前再版されたR2タイプ南方仕様でしょ?これ欲しかったんだ!予約しようと思ったらネット限定で、あたしはネットとか全然だめだから俊平に頼んだら嫌だって言うから。それで仕方なくアイシャに今度オークションに出たらヨロシクって言っておいたんだけど……すごくプレミアついちゃって……誠君は買えたんだね」

 きらきらと目を輝かせながら表に書かれたイラストを見つめているシャムに誠の体の力が抜けていった。

「それは暇な時に作ろうと持ってきた奴です!」

 そんな誠の声も聞かずにシャムはさらに誠の荷物を漁り続ける。銃を向けても表情を変えないシャムのリズムに乗せられるようにして、ただ誠はその場で固まっていた。

「後、これも凄いよ!電人ブロイザーの怪人バルゴンの食玩のフィギュア。これってあたしも狙って箱買いしたけど百分の一だって言うから結局全然当たらないでブロイザーのフィギュアばっかり溜まっちゃって……」

 コレクターである誠から見るとずいぶん危なっかしい手つきでフィギュアを触る姿を見て誠の目に涙がたまってくる。

「いいからそこにおいてください……あっ!その魔法少女ヨーコの腕は……」

 シャムの足元に自分の最高傑作と思っているフィギュアの成れの果てが転がっていた。

「ああ、取り出したとき折れちゃった。てへっ!」

 驚き、脱力感、そして悲しみ。ぐるぐると感情が渦巻いた後、誠は怒りがふつふつと湧き上がってくるのが分かった。確かに目の前にいるのはあの遼南帝国の二人しかいない騎士の一人。最強のレンジャー、ナンバルゲニア・シャムラード中尉だが、職場のオアシスとすべきグッズを次々と破壊された彼にとってはただの140cmに満たないチビ以外の何者でもなかった。

「そんな『てへっ!』で済む問題ですか?」

 銃口を向けて怒鳴りつけている誠だが、その叫び声にシャムは少しも驚くようなそぶりも見せない。

「本当にごめん。私だってコレクションが壊されるのはみてられないし……」

「じゃあ何で開けたんですか?それに箱までそんなに潰して……」

 誠の足元にはプラモの箱やフィギュアの保存用のケースが転がっている。明らかにシャムの仕業であることは明白だった。

「まるでアイシャちゃんみたいなこと言うのね。いいじゃんべつに箱くらい」

 そう言うとさらに誠の荷物を漁ろうとするシャム。

「その箱が重要なんですよ!ネットオークションに出す時それがあると無いとじゃ値段が違ってくるんだから……」

 誠の言葉にただ不思議そうな瞳を見せてくるばかりのシャムに次第に誠は苛立ちを覚えてきた。

「やっぱりあたしじゃわからないわアイシャちゃん呼ぶね」

 そう言うとシャムは荷物を放り投げて腕にした連絡用端末のスイッチを押した。誠は自分の呼吸がかなり乱れていたのに気がついて大きく深呼吸をして拳銃のグリップを握りなおした。

「止めてください!また何言われるか……」 

 誠は慌ててそう口走った。次第に意識が白くなっていくのがわかる。

「だって……」 

「だってじゃありません!とりあえず荷物を元に戻してください!」 

 シャムは仕方なさそうにテーブルの上の荷物を片付け始めた。中古のテーブルが、モノが置かれるたびにぎしぎしと音を立てた。

「おい、いいか?」 

 ぼんやりとした調子でいつの間にか追いついてきたランが誠にたずねる。誠は少し呼吸の乱れをここで整えることが出来た。

「なんですか?」 

 吐き捨てるような誠の言葉に、ランは一息つくと誠の肩に手を置いた。

「その手にした物騒なモノ、いつ仕舞うんだ?」 

 誠はそういわれて理性が次第に戻り始めた。そして自分が銃を手にしていることを思い出した。

「申し訳ありません……今……」 

 次第に頭の中が白くなっていくのを誠は感じていた。拳銃の使用について銃器の所持が一般に禁止されている東和でも、軍に入れば銃の取り扱いがいかに慎重であるべきかを誠は徹底的に叩き込まれていた。いくら理性が飛んでいたからと言っても懲罰にかかる状況であると言うくらいのことはすぐに考えが回った。

「オメーはホント、ウチ向きの性格してるわ。それと一言、言っとくとエジェクションポート見てみろ。オメー、スライド引いてねえだろ?」 

 そう指摘されて誠は自分の手に握られた拳銃を凝視した。そのスライドの上の突起が凹んで薬室が空であることを示す赤い表示が見えているのが分かった。ただでさえ自分のした事に震え始めている誠の両手、そして自然と顔から血の気が引いていく。

「東和軍では拳銃は弾を薬室に込めずに持ち歩く規則になっとるからなあ。ウチは一応、司法即応実力部隊が売りだからな、こうしてだな……」 

 ランは誠から拳銃を取り上げるとスライドを引いて弾を装填した後、デコッキングレバーを下げて撃鉄を下ろした。

「こうして持ち歩くようになってる。まあ気になるなら東和の制式拳銃はおまけに安全装置までついてるからそれを使え。まあそんなもんかけてたら西園寺にひっぱたかれるだろうがな」

 ランは別に誠を咎めるような様子もなく誠に銃を手渡した。誠は震える手でホルスターに銃を納めてそのまま下を向いた。

「しかし……僕……何してたんでしょうね?」

 明らかに懲罰対象の行為である。

『懲戒、裁判。そう言えば師範代は憲兵資格持ちだったから内々に軍事裁判を開いて……』

 そんなことを考えている誠を見ながらランは口を開いた。

「命拾いって所か?もしオメーの銃に弾が入ってたらその喉笛にシャムの腰のグンダリ刀突きたってるだろーな。あいつは格闘戦じゃあ部隊で隊長とアタシ以外は歯が立つやついねーからな」 

 そう聞いてさらに誠の血の気が引いていった。こちらが先に銃を抜いた以上、何をされても文句は言えない。

「二人ともぼそぼそ何言ってるの?変なの」 

 シャムはそう言うと片付け途中の荷物を放り出して外に飛び出していった。誠はよたよたと自分の荷物が置かれたテーブルに手をついた。ランは少しは誠の混乱状態がわかったようだった。

「まったく。これがオメーのロッカーだ。さっさと荷物入れろ」 

 そう言うとランは誠がバッグにコレクションをつめるのを見つめていた。

 震えている手で誠はそのままバッグに荷物を詰め終わると静かにロッカーのセキュリティー部分に指紋を登録し扉を開いた。

 ほとんど真っ白な頭は考えることも出来ず、ただ手にした荷物をロッカーに放り込んで扉を閉めた。

 ランは心配そうに誠を見つめている。

「銃抜いたくらいでなにびびってんだよ。もし懲罰にかけられるようならアタシもとうに営倉入りだぜ。あの西園寺のバカが一国の大統領の目の前で銃をぶん回したこともあったからな。まあ詰まらん話は抜きだな。まあ詰め所の戻ろーや」 

 そう言うとランは誠の背中を叩いた。

 誠の頭のもやもやが少しはれて、引きつった笑いをランに向けることが出来た。

『本当にとんでもないところに来ちゃったな』

 天井を見上げつつ誠は心の中でそう確信した。
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