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97.狂気の終わり
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トリスさんの産後は、産婆のエビラさんに依頼してケアしてもらうこととなった。厳つい出立ちのエビラさんに怯えたりしないかと心配だったが、父親と同じ戦士でもあると知ると、すっかり尊敬した眼差しに変わった。
早産で産まれた赤ちゃんも、心配していた呼吸障害や低血糖もなく元気に過ごしている。
そして、トリスさんとそのご両親は何度も話し合い、一つの結論を出した。
産まれた赤ちゃんは、トリスさんのご両親の養子とすること。そして、その子が成人した後に望めば真実を教えることにするそうだ。
後で母親のリンドラさんに聞いたのだが、この話し合いの時トリスさんは、全て赤ちゃんのためだけを考えてこの決断に至ったというのだ。
「娘が、赤ちゃんには尊敬できる両親が必要だから、どうかこの子の親になってくださいと言った時は驚きました」というリンドラさんは思い出しては涙を流していた。
トリスさんの中でどのような葛藤があったのかはわからないが、彼女なりの赤ちゃんへの誠意なのだろう。十三歳という幼い身体と心には辛過ぎる体験だったが、彼女は前に進むことを決めたのだ。
そして今日、私は彼女の願いを一つ叶える約束をしている。エビラさんと健診に訪れた時、トリスさんは最後に一目、犯人であるガイナルに会いたいと私に相談してきたのだ。
最初はなぜ、あんな悪党に会いたいのか理解できなかった。もしや、まだ恋愛感情でも残っているのかと疑ってしまったくらいだ。
「彼には愛情などもうカケラもありません。騙されていた私が愚かでした。ただ、一目会って言いたいのです。あなたは私から何も奪えなかったと」
そう話すトリスさんの瞳は、年頃の夢見るものではなく、老成した静かな光を放っていた。
主殿の謁見の間は、霊廟のような沈黙に支配されていた。その原因であるガイナルは太々しい様子で気怠げに立っている。ガイナルは先日ようやくロンダ総督府から移送されてきたのだ。
「答えよ、読み上げた罪を認めるか」
鞭のようなスワノフさんの声が空を切り裂く。しかし、当の本人は、不敵な笑みを見せたまま黙っている。
「あなた方が罪だと仰る意味がわかりません。総督夫人を襲わせたとか、侍女を殺しただとか、果ては少女達を犯し苦しめたなど……何が罪なのです?これは天命です。神がそうせよと私の身体を使って行う御業なのです」
そこで言葉を切って、ガイナルは私を流し見た。
「総督夫人がこのように可憐な方と知っていれば、殺せなど命じませんでしたのに。美味そうな白い肌だ、まだ乳房は固そうですな。夫の可愛がりが足りないのでは?」
ゴウっという音を立てて突風が吹き付け、気がつけばガイナルは後ろ向きに倒れていた。体にはいくつもの切り裂かれた跡がつき、血を流している。
「妻への無礼は許さぬ」
鉄の木で作られた巨大な椅子に腰かけたロワさんからは、冷たい真力が発せられていた。隣に座った私へ腕を広げてガイナルの視線が届かぬように遮ってくれている。
「ひゃーっはっは、いてぇ、いてぇよ!図星か総督よ!その体格差でよくあんたの魔羅が夫人に収まったものだな!しかし、俺には分かるぞ、分かるぞ!小さい体に無理に押し込むときの快感を!」
「もう黙れ、悪しきものよ」
ロワさんが手を振ると、控えていた獄卒さんがガイナルを床に押さえつける。
「ガイナルとやら、お前を死罪とする」
ロワさんのこんなに冷たい声を聞いたことがない。
「拷問など恐れる私ではない。さぁ殺すなら殺せばいい!私は神の僕、魂の安寧は約束されているのだ」
押さえつけられながらも、けたたましく笑っているガイナルだが、強がっているのは私でもわかった。私達を怒らせて、一思いに殺させようとしているのだ。自分犯した罪の重さを知りながら、楽に死のうとしている確信犯に、背筋が凍る。反社会的人格を持つ者の恐ろしさを私はこの目で見た。
「お前に刑を与えるのは私ではない。その者達に早く殺してもらえるよう慈悲を乞うんだな。以上だ」
ロワさんは、そんなガイナルの考えなどお見通しなのか鞘尻で石床を打つと、冷酷に裁きを終わらせた。
こんな狂った男に十三歳のトリスさんを合わせることは適切ではないと思われたが、彼女と父親のマーガスさんの強い願いによって実現することになった。マーガスさんは、トリスさんの悪夢を終わらせるために、あえて娘さんを会わせるのだと言っていた。
手足を厳重に拘束され、鉄の木でできた椅子に縛られたガイナルは、部屋に入ってきた私達を不敵に見ていた。何をするかわからない凶悪な輩だが、ロワさんが一緒にいてくれるので安心して面会に臨めた。
どんなに体の自由を奪おうとも、ガイナルの一番の凶器はその口である。裁きの時のような悪しき言葉を発するだろうと考え、猿轡を噛ませてある。
そんなガイナルの様子に、眉を潜めたトリスさんだが、瞳には憐憫の色は無い。
「あなたの悪事は全て聞きました。あなたのような極悪人に騙されていた私は本当に愚かでした。今日ここに来たのは、あなたには、私の何も変えられなかったということをお伝えするためです」
ガイナルを睨み付けて、気丈に振る舞うトリスさんだが、肩が小さく震えている。
勿論ガイナルもそれに気がついたのか、不敵な笑みを消して、急に哀れそうな声をあげた。
「何と言っているのですか?」
トリスさんが私を振り返る。彼女は、もしかしたらガイナルが詫びの言葉を話したがっていると思ったのかもしれない。
そんな男では無いことは、先刻承知なのだけど……
「この男は、あなたの考えているような言葉を発する人間ではありませんよ。口輪を外せば、悪意しか出てこないと思います」
「ライナ様……」
それでも聞きたいとトリスさんの表情が語っている。マーガスさんを振り返るが、彼も苦々しく頷いた。仕方がないため、獄卒さんに合図して猿轡を外させる。
「おお、愛しい美しきトリス、会いたかったぞ。そなたと引き離されてから私は気が狂わんばかりに苦しんだのだ。夜も昼もそなたのことが頭から離れず、食事も喉を通らない。ああ、私の小さな花、私の命よ」
どんなに下手な三文芝居の役者でも、もっとマシな台詞を吐くだろうに、ガイナルは平然と愛を口にした。化粧を落とされた顔は、染み付いた悪相を露わにしており、色男というより、貧相な詐欺師に見えた。
「私はあなたを憎みません。あなたは私や他の少女の記憶から消えるのです」
「そんな!トリスゥ、あんなに何度も愛してやったじゃないか!お前の処女を散らしたのは俺だそ!どうして俺を愛さない!俺を助けろ!早くその女に俺を解き放つようにお願いするんだ――」
ボグゥっと鈍い音がして、ガイナルが壁際まで吹っ飛んだ。凄い力で殴られたのか、頬が陥没し意識を失っている。
「マーガスよ、お前に復讐を遂げさせる機会を奪ってすまぬ。これは獣刑になるゆえ……許せ」
血を滴らせた拳を握ってロワさんが小さく呟いた。ロワさんは、マーガスさんが刑罰を覚悟でガイナルを殺そうとしていたことに気がついていたようだ。
ガイナルは私を襲わせた時点で、霊廟の刑(祖先の御霊による人格破壊)が確定していたが、少女達への略取や暴行により、極刑より重い獣刑を言い渡されていた。
獣刑とは、文字通り獣に襲わせる刑だ。質実剛健を尊ぶノーグマタではこの刑罰を言い渡されることは極めて稀である。弱者にたいする極めて悪質な犯行に及んだ犯人にのみこの刑は言い渡されるのだ。
この時期早く冬眠から目覚める大狒々の多くは、性欲と食欲に支配された雄だ。冬眠の間蓄積した宿便を排泄するために木の皮でも凍った苔でもなんでも食べる。そして宿便を出した後は、柔らかい血の滴る肉を探す。獲物を見つけると、犯してから食べ始めると言う。自分より大きな獣にも襲いかかるほど凶暴化しているこの時期の大狒々ヌタヌタは最も危険だ。
そのため、マンドルガでは人里に近づかぬよう罠を張り巡らすことにしている。罠にかかった仲間を見れば、それよりも先に進まないことが知られているからだ。
少女達を食い物にしてきたガイナルは、スワノフさん率いる獄卒さんと猟師さんに連れられて、暗く深い森に入って行った。
少女を食い物にしてきた男は、最後に彼女達に赦しを乞うただろうか……
私は凍りつく窓にそっと触れて、外を眺める。もうすぐ春だというのに、ルゴートには凍てつくような嵐が吹き荒れていた。
「すまぬ、お前をあのような悪意に触れさせたくはなかった」
悲しみを滲ませた苦い声がして、背後からロワさんの腕にに抱え上げられた。その熱く命に満ちた身体に触れると、寂寥としていた心に血が巡っていく。じわりと滲むロワさんの体温に私は詰めていた息をゆっくり解いた。
「冷えているな……今夜は私が側にいることを許してくれ。悪夢だろうと、レンを傷つける輩は私が倒すと誓おう」
氷のように冷えた指先を、大きな鋼の手がそっと温めてくれる。ロワさんは最近立て続けに起きた残酷な事件により、私の心が傷んでいると心配しているのだ。
優しいロワさん
あなたに出会えたことは本当に奇跡です
「へーぅ」
その時、揺り籠の中から気の抜けるような声が上がった。ハッとして振り向くと、ふくふくした小さな手が何かを求めるように伸ばされている。
「ユミール、母様はここだ」
そう重々しくロワさんが応じると、ユミールは返事をするように「へーぅ」と応えた。
「ふふっ、」
ユミールの返答が可笑しくて笑ってしまうと、ユミールもキャッキャと楽しそうに声をあげた。
ロワさんの優しさ、そしてユミールの笑い声で私は救われる。吹雪は悲鳴のような音を立て、さも恐ろしそうに窓をゆするが、私の居場所はとても暖かい。
幸せの重みを噛み締めて私はユミールに手を伸ばすと、しっかりと抱きしめた。
早産で産まれた赤ちゃんも、心配していた呼吸障害や低血糖もなく元気に過ごしている。
そして、トリスさんとそのご両親は何度も話し合い、一つの結論を出した。
産まれた赤ちゃんは、トリスさんのご両親の養子とすること。そして、その子が成人した後に望めば真実を教えることにするそうだ。
後で母親のリンドラさんに聞いたのだが、この話し合いの時トリスさんは、全て赤ちゃんのためだけを考えてこの決断に至ったというのだ。
「娘が、赤ちゃんには尊敬できる両親が必要だから、どうかこの子の親になってくださいと言った時は驚きました」というリンドラさんは思い出しては涙を流していた。
トリスさんの中でどのような葛藤があったのかはわからないが、彼女なりの赤ちゃんへの誠意なのだろう。十三歳という幼い身体と心には辛過ぎる体験だったが、彼女は前に進むことを決めたのだ。
そして今日、私は彼女の願いを一つ叶える約束をしている。エビラさんと健診に訪れた時、トリスさんは最後に一目、犯人であるガイナルに会いたいと私に相談してきたのだ。
最初はなぜ、あんな悪党に会いたいのか理解できなかった。もしや、まだ恋愛感情でも残っているのかと疑ってしまったくらいだ。
「彼には愛情などもうカケラもありません。騙されていた私が愚かでした。ただ、一目会って言いたいのです。あなたは私から何も奪えなかったと」
そう話すトリスさんの瞳は、年頃の夢見るものではなく、老成した静かな光を放っていた。
主殿の謁見の間は、霊廟のような沈黙に支配されていた。その原因であるガイナルは太々しい様子で気怠げに立っている。ガイナルは先日ようやくロンダ総督府から移送されてきたのだ。
「答えよ、読み上げた罪を認めるか」
鞭のようなスワノフさんの声が空を切り裂く。しかし、当の本人は、不敵な笑みを見せたまま黙っている。
「あなた方が罪だと仰る意味がわかりません。総督夫人を襲わせたとか、侍女を殺しただとか、果ては少女達を犯し苦しめたなど……何が罪なのです?これは天命です。神がそうせよと私の身体を使って行う御業なのです」
そこで言葉を切って、ガイナルは私を流し見た。
「総督夫人がこのように可憐な方と知っていれば、殺せなど命じませんでしたのに。美味そうな白い肌だ、まだ乳房は固そうですな。夫の可愛がりが足りないのでは?」
ゴウっという音を立てて突風が吹き付け、気がつけばガイナルは後ろ向きに倒れていた。体にはいくつもの切り裂かれた跡がつき、血を流している。
「妻への無礼は許さぬ」
鉄の木で作られた巨大な椅子に腰かけたロワさんからは、冷たい真力が発せられていた。隣に座った私へ腕を広げてガイナルの視線が届かぬように遮ってくれている。
「ひゃーっはっは、いてぇ、いてぇよ!図星か総督よ!その体格差でよくあんたの魔羅が夫人に収まったものだな!しかし、俺には分かるぞ、分かるぞ!小さい体に無理に押し込むときの快感を!」
「もう黙れ、悪しきものよ」
ロワさんが手を振ると、控えていた獄卒さんがガイナルを床に押さえつける。
「ガイナルとやら、お前を死罪とする」
ロワさんのこんなに冷たい声を聞いたことがない。
「拷問など恐れる私ではない。さぁ殺すなら殺せばいい!私は神の僕、魂の安寧は約束されているのだ」
押さえつけられながらも、けたたましく笑っているガイナルだが、強がっているのは私でもわかった。私達を怒らせて、一思いに殺させようとしているのだ。自分犯した罪の重さを知りながら、楽に死のうとしている確信犯に、背筋が凍る。反社会的人格を持つ者の恐ろしさを私はこの目で見た。
「お前に刑を与えるのは私ではない。その者達に早く殺してもらえるよう慈悲を乞うんだな。以上だ」
ロワさんは、そんなガイナルの考えなどお見通しなのか鞘尻で石床を打つと、冷酷に裁きを終わらせた。
こんな狂った男に十三歳のトリスさんを合わせることは適切ではないと思われたが、彼女と父親のマーガスさんの強い願いによって実現することになった。マーガスさんは、トリスさんの悪夢を終わらせるために、あえて娘さんを会わせるのだと言っていた。
手足を厳重に拘束され、鉄の木でできた椅子に縛られたガイナルは、部屋に入ってきた私達を不敵に見ていた。何をするかわからない凶悪な輩だが、ロワさんが一緒にいてくれるので安心して面会に臨めた。
どんなに体の自由を奪おうとも、ガイナルの一番の凶器はその口である。裁きの時のような悪しき言葉を発するだろうと考え、猿轡を噛ませてある。
そんなガイナルの様子に、眉を潜めたトリスさんだが、瞳には憐憫の色は無い。
「あなたの悪事は全て聞きました。あなたのような極悪人に騙されていた私は本当に愚かでした。今日ここに来たのは、あなたには、私の何も変えられなかったということをお伝えするためです」
ガイナルを睨み付けて、気丈に振る舞うトリスさんだが、肩が小さく震えている。
勿論ガイナルもそれに気がついたのか、不敵な笑みを消して、急に哀れそうな声をあげた。
「何と言っているのですか?」
トリスさんが私を振り返る。彼女は、もしかしたらガイナルが詫びの言葉を話したがっていると思ったのかもしれない。
そんな男では無いことは、先刻承知なのだけど……
「この男は、あなたの考えているような言葉を発する人間ではありませんよ。口輪を外せば、悪意しか出てこないと思います」
「ライナ様……」
それでも聞きたいとトリスさんの表情が語っている。マーガスさんを振り返るが、彼も苦々しく頷いた。仕方がないため、獄卒さんに合図して猿轡を外させる。
「おお、愛しい美しきトリス、会いたかったぞ。そなたと引き離されてから私は気が狂わんばかりに苦しんだのだ。夜も昼もそなたのことが頭から離れず、食事も喉を通らない。ああ、私の小さな花、私の命よ」
どんなに下手な三文芝居の役者でも、もっとマシな台詞を吐くだろうに、ガイナルは平然と愛を口にした。化粧を落とされた顔は、染み付いた悪相を露わにしており、色男というより、貧相な詐欺師に見えた。
「私はあなたを憎みません。あなたは私や他の少女の記憶から消えるのです」
「そんな!トリスゥ、あんなに何度も愛してやったじゃないか!お前の処女を散らしたのは俺だそ!どうして俺を愛さない!俺を助けろ!早くその女に俺を解き放つようにお願いするんだ――」
ボグゥっと鈍い音がして、ガイナルが壁際まで吹っ飛んだ。凄い力で殴られたのか、頬が陥没し意識を失っている。
「マーガスよ、お前に復讐を遂げさせる機会を奪ってすまぬ。これは獣刑になるゆえ……許せ」
血を滴らせた拳を握ってロワさんが小さく呟いた。ロワさんは、マーガスさんが刑罰を覚悟でガイナルを殺そうとしていたことに気がついていたようだ。
ガイナルは私を襲わせた時点で、霊廟の刑(祖先の御霊による人格破壊)が確定していたが、少女達への略取や暴行により、極刑より重い獣刑を言い渡されていた。
獣刑とは、文字通り獣に襲わせる刑だ。質実剛健を尊ぶノーグマタではこの刑罰を言い渡されることは極めて稀である。弱者にたいする極めて悪質な犯行に及んだ犯人にのみこの刑は言い渡されるのだ。
この時期早く冬眠から目覚める大狒々の多くは、性欲と食欲に支配された雄だ。冬眠の間蓄積した宿便を排泄するために木の皮でも凍った苔でもなんでも食べる。そして宿便を出した後は、柔らかい血の滴る肉を探す。獲物を見つけると、犯してから食べ始めると言う。自分より大きな獣にも襲いかかるほど凶暴化しているこの時期の大狒々ヌタヌタは最も危険だ。
そのため、マンドルガでは人里に近づかぬよう罠を張り巡らすことにしている。罠にかかった仲間を見れば、それよりも先に進まないことが知られているからだ。
少女達を食い物にしてきたガイナルは、スワノフさん率いる獄卒さんと猟師さんに連れられて、暗く深い森に入って行った。
少女を食い物にしてきた男は、最後に彼女達に赦しを乞うただろうか……
私は凍りつく窓にそっと触れて、外を眺める。もうすぐ春だというのに、ルゴートには凍てつくような嵐が吹き荒れていた。
「すまぬ、お前をあのような悪意に触れさせたくはなかった」
悲しみを滲ませた苦い声がして、背後からロワさんの腕にに抱え上げられた。その熱く命に満ちた身体に触れると、寂寥としていた心に血が巡っていく。じわりと滲むロワさんの体温に私は詰めていた息をゆっくり解いた。
「冷えているな……今夜は私が側にいることを許してくれ。悪夢だろうと、レンを傷つける輩は私が倒すと誓おう」
氷のように冷えた指先を、大きな鋼の手がそっと温めてくれる。ロワさんは最近立て続けに起きた残酷な事件により、私の心が傷んでいると心配しているのだ。
優しいロワさん
あなたに出会えたことは本当に奇跡です
「へーぅ」
その時、揺り籠の中から気の抜けるような声が上がった。ハッとして振り向くと、ふくふくした小さな手が何かを求めるように伸ばされている。
「ユミール、母様はここだ」
そう重々しくロワさんが応じると、ユミールは返事をするように「へーぅ」と応えた。
「ふふっ、」
ユミールの返答が可笑しくて笑ってしまうと、ユミールもキャッキャと楽しそうに声をあげた。
ロワさんの優しさ、そしてユミールの笑い声で私は救われる。吹雪は悲鳴のような音を立て、さも恐ろしそうに窓をゆするが、私の居場所はとても暖かい。
幸せの重みを噛み締めて私はユミールに手を伸ばすと、しっかりと抱きしめた。
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