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三、
しおりを挟む「ね、川島君ってどんな人だったの?」
沙織が後ろから訊いてきた。
「俺たちのリーダーで、頼れる大黒柱だよ。沙織も知ってるだろ?
インターハイに二年連続で出場し、三年生の時には優勝した。俺たちの誇りだよ」
「うん。それは知ってたけど、そうゆうのじゃなくて、もっと、何ていうか、パーソナリティーな部分かな」
「バーソナリティ一なとこね。一重に真面目な男だった。
練習には嘘がつけない、っていうタイプでさ。
他の奴がサボっていても、アイツだけは、もくもくと、いつまでも練習をしていた。
納得いくまでは、絶対に辞めることはなかったよ。
楢崎もボクシングは強かったけど、アイツの場合は、その逆で、練習嫌いなんだよな。
けど、試合では勝っちゃうんだ。ま、アイツの場合は才能があったんだろうけど。
そして、二年の途中、ま、三年が引退してから、川島はキャプテンに就任した。
でもアイツは、きっと不器用なんだろうな。部員や後輩の面倒を見る、というより、自分がする練習を見て、そこから何かを感じてくれ、っていうタイプだったな。
だから誤解を受けるかもしれないが、アイツは、とにかく責任感が強かったよ。
部員や後輩のことを結構、気にしてたからな。
皆、それを分かっていたんだが・・・」
「へぇー。そうなんだ。でも・・・」
「でも、何?」
「人のことだと思って言ってるけど、武志も変わらないよ。不器用なところ、は」
沙織は笑いながら言った。
「そうだな。不器用なとこはあるけど、でもアイツには敵わないよ、ボクサーとしての力量が」
「力量?」
「だって、アイツは試合でも、憎らしいくらいにの冷静沈着さで、それで、相手を、まるで将棋の駒みたいに、ゆっくり、ゆっくりと崩していくんだ。
そして、相手が落ち始めると、一気に潰しにかかる。そんなボクサーだったよ」
「まるで、機械、戦うマシーンね」
「そうかもな。でも、そうじゃなきゃ勝っていけないんだ。
ボクシングというスポーツは。
俺なんて、一発いいのをもらうと、それでリズムは狂い、焦って、窮地に陥るようになる」
「そうかも。武志は、ちょっと感情的なところがあるから。浮き沈みが激しいもの」
僕は頷いた。
ようやく川島の墓の前にやってきた。
「川島、お墓が汚れてるじゃないか」
僕は墓の周辺を綺麗にしてやる。草を抜き、横に鳥の糞がこびりついていたので、それを、水をかけて、歯ブラシで擦って取り除いてやった。
花立にある花は、もう既に枯れていたので、抜きとり、僕らが買ってきた花を、代わりに差してやる。
沙織が墓に水を巻いてくれたので、僕は蝋燭を立て、そこにマッチに火をつけ、灯してやった。
幸い風がなく、すぐに点火できた。そして、沙織の鞄から線香を取り出し、蝋燭の火で線香をつけた。
「川島、俺たち、結婚したんだぜ」
僕は目を閉じ、両手を合わせた。
「でも、結婚するまで、二十年かかったけどな。
ふんっ、おせぇってか?
そりゃ、色々なことがあったんだよ。高校を卒業して、大学にいって、そして、社会人になってな」
僕はしばらくはお参りをした。
すると、なんともいえない、感情が胸の中で涌いてきた。
それは消化することが、到底できるものでもなかった。 いくら口を閉じようとしても、出来ない。溢れ出そうとするこの想いが・・・。
「何で、そんなに、早く、逝っちゃったんだよ・・・」
自分では気づかなかったが、やがて啜り泣く声を出していた。
もう駄目だった。
僕は見た目は、中年の大人だ。
それなのに、こんな所で、子供の目の前にも関わらず、泣き出してしまったのだ。
「俺さ、お前は、もしかしたら、知ってっかもしれないけど、憧れてたんだよ。
俺も、お前みたいになりたかった、ってな。
でも無理だよな。才能ないし、練習だって、あの試合の一ヶ月くらいしか一生懸命にやらなかったのだから。
お前がいっていたように、練習は嘘をつかないんだよな。
だから俺は負けたんだ。
そんな甘くないよな、世の中。
俺はいつも口ばかりだった。
お前みたいに黙って実行、っていうタイプでもない。
お前の背中、カッコよかったぞ。今だから言うけど、俺、目指してたんだよ。お前みたいになることを。
それで、お前のフォームを真似て、シャドーボクシングをしたりしてた。
笑ったゃうだろ?
笑ってくれよ。
でもさ、何でだよ。何でお前は、そんな所で、寝てんだよ。
そこから出てこいよ。そして、俺と話をしてくれ、よ・・・」
あれ、おかしいな。
涙が止めどとなく、溢れ出てくる。止まらないよ。
何でだろうな?
もうここに来ても大丈夫と思ったから、来たのに・・・。
何で、涙が出るんだろう。
後ろには、俺の嫁さんと、十一歳になる娘がいるのに、な。
俺って、何処まで、カッコ悪い男なんだろうな。
そう思わんか?
もっとしっかりしなくちゃ、な。
だから、川島、俺のこと、応援してくれよ。
学生の時みたく、お前に応援してもらうと、しっかりできそうな気がするんだ。
口答えはしてたが、それでもちゃんと心には、沁みてたんだぜ。お前の言葉。
「私も参るわね」
僕は後ろを見た。
「沙織も、参ってくれるか?」
「うん。勿論。だって、武志の仲間だもんね。川島君は」
沙織が微笑んでくれた。
「武志の今までの人生の中で、良かったのは、素晴らしい仲間がいて、あんなに素晴らしい思い出があることよ。
そして、いくら年を重ねても、また仲良く再会できること。
ちょっぴり羨ましかったな、あんな風に本気で、思ってくれる仲間がいて」
沙織が静かに、川島の墓の前にきて、そして、線香を上げ、お参りをしてくれた。
僕は、そんな沙織の横顔をじっと見つめた。
そうやって、いつまでも見つめていると、後ろから小さな声が聞こえてきた。
「パパ」
その後ろからの小さな声。
それは気を配っていないと、分からないような小さな声だった。
「この、言葉。一回、言ってみたかったんだよね、私。
だって、前は、お父さんって読んでたから・・・」
香世が恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしながら、沙織の持つ、線香に手をやった。
「お母さん、どいて。私もお参りするから」
「お父さん、聞いた? 今、香世が、パパって言った」
沙織の嬉しそうな顔。
僕は涙をハンカチで拭きながら、頷いた。
「香世、もう一回、言って」
沙織がそう促したが、香世は照れもあるのか、その日は、もう口にはしなかった。
それでもいいと思った。あんなにも優しくて、小さな、可愛らしい声を聞けたのだから。
ゆっくりでいい。そう、急がなければならない理由は、どこにもないのだから。
だから、これからは、スローライフで。
(了)
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