男たちの晩餐会

中野拳太郎

文字の大きさ
上 下
26 / 26

三、

しおりを挟む

「ね、川島君ってどんな人だったの?」

 沙織が後ろから訊いてきた。

「俺たちのリーダーで、頼れる大黒柱だよ。沙織も知ってるだろ?
 インターハイに二年連続で出場し、三年生の時には優勝した。俺たちの誇りだよ」

「うん。それは知ってたけど、そうゆうのじゃなくて、もっと、何ていうか、パーソナリティーな部分かな」

「バーソナリティ一なとこね。一重に真面目な男だった。
 練習には嘘がつけない、っていうタイプでさ。
 他の奴がサボっていても、アイツだけは、もくもくと、いつまでも練習をしていた。
 納得いくまでは、絶対に辞めることはなかったよ。
 楢崎もボクシングは強かったけど、アイツの場合は、その逆で、練習嫌いなんだよな。
 けど、試合では勝っちゃうんだ。ま、アイツの場合は才能があったんだろうけど。
 そして、二年の途中、ま、三年が引退してから、川島はキャプテンに就任した。
 でもアイツは、きっと不器用なんだろうな。部員や後輩の面倒を見る、というより、自分がする練習を見て、そこから何かを感じてくれ、っていうタイプだったな。
 だから誤解を受けるかもしれないが、アイツは、とにかく責任感が強かったよ。
 部員や後輩のことを結構、気にしてたからな。
 皆、それを分かっていたんだが・・・」

「へぇー。そうなんだ。でも・・・」

「でも、何?」

「人のことだと思って言ってるけど、武志も変わらないよ。不器用なところ、は」
 沙織は笑いながら言った。

「そうだな。不器用なとこはあるけど、でもアイツには敵わないよ、ボクサーとしての力量が」

「力量?」

「だって、アイツは試合でも、憎らしいくらいにの冷静沈着さで、それで、相手を、まるで将棋の駒みたいに、ゆっくり、ゆっくりと崩していくんだ。
 そして、相手が落ち始めると、一気に潰しにかかる。そんなボクサーだったよ」

「まるで、機械、戦うマシーンね」

「そうかもな。でも、そうじゃなきゃ勝っていけないんだ。
 ボクシングというスポーツは。
 俺なんて、一発いいのをもらうと、それでリズムは狂い、焦って、窮地に陥るようになる」

「そうかも。武志は、ちょっと感情的なところがあるから。浮き沈みが激しいもの」

 僕は頷いた。

 ようやく川島の墓の前にやってきた。

「川島、お墓が汚れてるじゃないか」 
 
 僕は墓の周辺を綺麗にしてやる。草を抜き、横に鳥の糞がこびりついていたので、それを、水をかけて、歯ブラシで擦って取り除いてやった。
 花立にある花は、もう既に枯れていたので、抜きとり、僕らが買ってきた花を、代わりに差してやる。

 沙織が墓に水を巻いてくれたので、僕は蝋燭を立て、そこにマッチに火をつけ、灯してやった。
 幸い風がなく、すぐに点火できた。そして、沙織の鞄から線香を取り出し、蝋燭の火で線香をつけた。

「川島、俺たち、結婚したんだぜ」
 僕は目を閉じ、両手を合わせた。
「でも、結婚するまで、二十年かかったけどな。
 ふんっ、おせぇってか?
 そりゃ、色々なことがあったんだよ。高校を卒業して、大学にいって、そして、社会人になってな」

 僕はしばらくはお参りをした。
 すると、なんともいえない、感情が胸の中で涌いてきた。
 それは消化することが、到底できるものでもなかった。 いくら口を閉じようとしても、出来ない。溢れ出そうとするこの想いが・・・。

「何で、そんなに、早く、逝っちゃったんだよ・・・」

 自分では気づかなかったが、やがて啜り泣く声を出していた。
 
 もう駄目だった。

 僕は見た目は、中年の大人だ。
 それなのに、こんな所で、子供の目の前にも関わらず、泣き出してしまったのだ。

「俺さ、お前は、もしかしたら、知ってっかもしれないけど、憧れてたんだよ。
 俺も、お前みたいになりたかった、ってな。
 でも無理だよな。才能ないし、練習だって、あの試合の一ヶ月くらいしか一生懸命にやらなかったのだから。
 お前がいっていたように、練習は嘘をつかないんだよな。
 だから俺は負けたんだ。
 そんな甘くないよな、世の中。
 俺はいつも口ばかりだった。
 お前みたいに黙って実行、っていうタイプでもない。
 お前の背中、カッコよかったぞ。今だから言うけど、俺、目指してたんだよ。お前みたいになることを。
 それで、お前のフォームを真似て、シャドーボクシングをしたりしてた。
 笑ったゃうだろ? 
 笑ってくれよ。
 でもさ、何でだよ。何でお前は、そんな所で、寝てんだよ。
 そこから出てこいよ。そして、俺と話をしてくれ、よ・・・」

 あれ、おかしいな。
 涙が止めどとなく、溢れ出てくる。止まらないよ。

 何でだろうな?
 もうここに来ても大丈夫と思ったから、来たのに・・・。

 何で、涙が出るんだろう。
 
 後ろには、俺の嫁さんと、十一歳になる娘がいるのに、な。

 俺って、何処まで、カッコ悪い男なんだろうな。
 そう思わんか?

 もっとしっかりしなくちゃ、な。

 だから、川島、俺のこと、応援してくれよ。
 学生の時みたく、お前に応援してもらうと、しっかりできそうな気がするんだ。
 口答えはしてたが、それでもちゃんと心には、沁みてたんだぜ。お前の言葉。

「私も参るわね」

 僕は後ろを見た。

「沙織も、参ってくれるか?」

「うん。勿論。だって、武志の仲間だもんね。川島君は」
 沙織が微笑んでくれた。
「武志の今までの人生の中で、良かったのは、素晴らしい仲間がいて、あんなに素晴らしい思い出があることよ。
 そして、いくら年を重ねても、また仲良く再会できること。
 ちょっぴり羨ましかったな、あんな風に本気で、思ってくれる仲間がいて」

 沙織が静かに、川島の墓の前にきて、そして、線香を上げ、お参りをしてくれた。

 僕は、そんな沙織の横顔をじっと見つめた。
 そうやって、いつまでも見つめていると、後ろから小さな声が聞こえてきた。

「パパ」

 その後ろからの小さな声。
 それは気を配っていないと、分からないような小さな声だった。

「この、言葉。一回、言ってみたかったんだよね、私。
 だって、前は、お父さんって読んでたから・・・」

 香世が恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしながら、沙織の持つ、線香に手をやった。

「お母さん、どいて。私もお参りするから」

「お父さん、聞いた? 今、香世が、パパって言った」

 沙織の嬉しそうな顔。

 僕は涙をハンカチで拭きながら、頷いた。

「香世、もう一回、言って」
 沙織がそう促したが、香世は照れもあるのか、その日は、もう口にはしなかった。

 それでもいいと思った。あんなにも優しくて、小さな、可愛らしい声を聞けたのだから。

 ゆっくりでいい。そう、急がなければならない理由は、どこにもないのだから。

 だから、これからは、スローライフで。








              (了)
                     
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

放課後はネットで待ち合わせ

星名柚花
青春
【カクヨム×魔法のiらんどコンテスト特別賞受賞作】 高校入学を控えた前日、山科萌はいつものメンバーとオンラインゲームで遊んでいた。 何気なく「明日入学式だ」と言ったことから、ゲーム友達「ルビー」も同じ高校に通うことが判明。 翌日、萌はルビーと出会う。 女性アバターを使っていたルビーの正体は、ゲーム好きな美少年だった。 彼から女子避けのために「彼女のふりをしてほしい」と頼まれた萌。 初めはただのフリだったけれど、だんだん彼のことが気になるようになり…?

踏切少女は、線香花火を灯す

住倉霜秋
青春
僕の中の夏らしさを詰め込んでみました。 生きていると、隣を歩いている人が増えたり減ったりしますよね。 もう二度と隣を歩けない人を想うことは、その人への弔いであり祈りであるのです。 だから、私はこの小説が好きです。 この物語には祈りがあります。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

処理中です...