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第十一章 拉致 一、あの男が
しおりを挟むふ~。溜息が漏れた。
外に出ると熱気で額から拭き出すように汗が垂れてきた。
坂戸海人は煙草を口に銜え、ライターで火をつけた。
まいったな。彩加は怒って帰るし、状況が分からないのに、あれじゃ聞くこともできない。そりゃ、あんな態度をして今になって分かるが、あの時は働いていて、それどころじゃなかったのだ。
もう少し親身になって話を訊いてやるべきだったんだ。あの時は何であんなにも仕事に執着したんだろう。今から考えれば、別に、自分が仕事を続けるものでもなかったのに。誰かに代わってもらい、午後から帰るべきだったのかもしれない、と後悔の念が浮かんできた。
溜息をつき、坂戸は、藪押の顔を頭の中に浮かべた。
あの人、どうも苦手だな。あの目・・・・・・。闘う男特有のまるで獣のような目だった。自分とは違う世界に住む人間だ。
― あれは春になったばかりで、少しだけ肌寒かったのを思い出す。
坂戸が働いていると、突然この場に、薮押が押し掛けてきたことがあった。
それで三十分程話をした。最初は別にこれといった要点のない話であった。彼は営業をしているとのことで、最初は物腰の柔らかい、当たり障りのない印象の男だった。
だが時間が経ち、坂戸と彩加の話しに移ると、状況が少しづつではあったが変わっていった。藪押は、坂戸と彩加が交際しているのを把握していたし、坂戸の方も、藪押が息子の明と月に一度面会していることを知っていた。
坂戸は、そのことに対し、快くは思ってはいない。そりゃそうだ。自分の子供になるかもしれない明が、違う男と喫茶店にいったり、スーパーで遊んだりしているのだから。
そもそも、そのことを藪押が知ったのは、明の財布の中にあった写真を見て、坂戸の存在を知ったそうで、その写真を財布から抜き取り、それを差し出してきたのだ。
その写真には、三人で行った遊園地の時の姿があった。ジェットコースターに乗った後の写真だ。
「付き合っているのか?」
「はい」
坂戸は正直に答えた。
「いつからだ?」
「付き合って一年になります」
「俺はいつからだ、と訊いたんだ。それを君は付き合って一年、と答えた。これは俺に対する少しばかりの抵抗か。それとも彩加と関係する者同士のライバル心から出た意思表示なのか。ま、いい。そんなことは今重要なことではないのだからな」
苦手だ。一夫変わった男だな、そんな印象を抱くと共に、関わりたくない人物だ、とさえも思った。
大きな体。それだけではない一種のオーラ―を纏っているから、余計に怖い。何より目の色が異常な輝きを見せていた。それは尖った、鋭利なナイフのように危険な目だった。
二人きりで話をしたその時間。ずっと冷や汗で背中を濡らしていたのを覚えている。まるで針の寧ろの上で、座っているかのように、恐ろしい思いをした。
― 嫌な思い出が脳裏を過った。
坂戸は煙草を揉み消し、駐車場へと向かった。
すると、突然悪寒に襲われた。
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