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第508話 己の無力さを
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【 慎太郎・牡丹 組 3日目 AM 3:47 貴族街P地区 】
「落ち着いた?」
ーーリリはハンカチで慎太郎の目から流れた涙を拭き顔を綺麗にする。泣きじゃくっていた慎太郎がやっと落ち着きを取り戻す。
「…うん。てかそのハンカチ。」
「うん。私の宝物。」
ーー以前慎太郎が大阪土産としてリリに買ってきたたこ焼きのワンポイント刺繍があるハンカチだ。
「……ちゃんと洗ってる?」
「んー………洗ってない……?」
「それで俺の顔拭いてたの!?」
「いや~ん!リリちゃんったらうっかり屋さん!」
ーー慎太郎とリリが見た目百合百合しくイチャついている。それを後方から眺める一羽の子雀ちび助。
「ぴいっ…」
ーー戦いの終わった今、本当ならすぐさま慎太郎の元へ向かいたいちび助。でも慎太郎がリリといちゃいちゃしているので自分と共にいる牡丹が目覚めたら戦争が始まりそうな気がしてならないちび助。ハラハラドキドキしながら牡丹が目覚めない事を祈ってオロオロしていた。
「……さて、時間かな。」
「え…?」
ーー突如として慎太郎とリリを取り囲むように大勢の人間が現れる。皆が揃いの隊服を着た者たち。リリと同じ服を着たリッターたちが。
なんだコイツら…。新手か…?ざっと見30はいる。みんなリリと同じ服を着ている。リッターだ。この局面でまだこの人数とやり合わなきゃいけないのかよ。
大半の奴らは大した事はない。ここに来た時に戦った奴よりも数段落ちるレベルしかいない。でも、2人だけ明らかに場違いみたいな奴らがいる。俺たちの正面にいる緑色に染めた髪長い外国人のお姉ちゃんと、茶髪サイドテールの日本人っぽいお姉ちゃん。この2人が別格だ。顔面偏差値も別格だけどオーラ的な感じがヤバい。セイエンと大して変わらないんじゃねえのって感じの雰囲気が出ている。
「リリ・ジェラード、貴様はオルガニ規定条項第一項に抵触した罪により黒の器へと連行する。」
緑髪のお姉ちゃんが警察官のような厳しい口調でリリに告げる。
「あー、エテノアー、やっぱダメだわコレ。世振死んでるよ。息してないもん。」
茶髪サイドテールのお姉ちゃんがセイエンの死体を確認している。さて、どうする。リリがこの2人を相手に出来るのだろうか。仮に相手を出来ても俺が雑魚30人を相手にしないといけない。でも俺にそんな力があるはずがない。あるはずがないのはわかってる。だがあるかないかの問題じゃない。やるかやらないかの問題だ。やってみせる。
「上級貴族の殺害まで加えれば貴様の爵位剥奪だけでは済まんぞ。処刑は免れん。だからといって抵抗はするな。余計な罪まで被る事となる。」
緑髪のお姉ちゃんが腰に差す剣の鞘に手をかけ剣呑な雰囲気でリリを見る。それが部下と思わしき30人のリッターにも伝わり嫌な緊張感が周囲に張り詰める。
「抵抗なんかしないよ。連行でもお好きにどうぞ。」
だがリリはそんなリッターたちの雰囲気を一蹴するかのように敵対的な雰囲気は一切出さず立ち上がり両手を上げる。俺はその態度に唖然としたが、すぐに止めた。
「ダメだリリ!!行くな!!」
リリが振り返り俺を見る。軽く微笑んだ。
「大丈夫だよ。心配しないで。」
俺はその言葉を信じる事なんて出来ない。”お前は前にもそう言った。そして……。俺はもう二度とお前を失いたくない”
「手枷はさせてもらうぞ。」
「どうぞ。」
ーーエテノアがリッターの1人に目を合わせ顎を動かしリリの拘束を命ずる。
「エテノアー、この可愛い子どうすんの?」
ーー玲奈が慎太郎を見ながらエテノアに尋ねる。
「世振に犯されちゃったのかな?ボロボロだしなんか可哀想。でも私たち見られちゃってるしリリと繋がりあるみたいだし。どうする?」
ーーエテノアが鋭い目で慎太郎を見定めるように見る。
「考えるのも面倒だな。殺す。」
ーーエテノアは何の考えも無く無慈悲に言い放つ。その言葉を聞きリリの雰囲気が変わる。
「言っておくけど、その人に手を出すなら私はあなたたちでも容赦はしない。この命が果てたとしてもこの場にいる全員の命は貰う。それでもいいなら、かかって来なさい。」
ーーリリから強大な闘気が放たれ大気が震える。格の低いリッターたちはリリの闘気にアテられるだけで足が震え出しへたり込んでしまう。
ーー殺気が溢れ出ているリリを見て玲奈はすごく気まずそうにエテノアに声をかける。
「…ちょっとエテノア。本気でリリとやり合うと分が悪すぎなんだけど。あんな子放っておきなよ。」
ーー玲奈に耳打ちされエテノアは険しい顔で考える。ここで万一自分たちがやられたら”この後の展開に支障が出る。”ならばわざわざ争いを起こす事は無いと判断した。
「いいだろう。その女は見逃してやる。だが貴様は一切の抵抗はするーー」
「ーーふざけんな。」
ーーエテノアの言葉を慎太郎が遮る。リリ、エテノア、玲奈の3人が一斉に慎太郎を見る。
「ふざけんなよ。リリは連れてかせねえよ。」
ーー慎太郎がゼーゲンを杖代わりにして起き上がる。
絶対に連れていかせねえ。どんな事があっても。どんな手を使っても。
ーー慎太郎が出す異様な気配に3人が気づく。それと同時に慎太郎の身体から紫色の嫌なオーラが滲み始める。その眼には蒼い炎が灯り、明らかな”覚醒”の匂いがする。
頼む。助けてくれ。頼れるのはお前しかいないんだ。封印なんかで抑えられてるようなタマじゃないだろ。頼むよ。バルムンク。頼む。
ーー慎太郎の後方上空に紫色の魔法陣が現れる。その魔法陣は鎖のようなモノでがんじがらめに縛られ封印されている。その中心部には扉のようなモノがありなんともいえぬ不気味さがある。
「玲奈ッ!!」
「わかってるッ!!」
ーー異変に気付いたのか、それとも”知っている”のかはわからないがエテノアと玲奈が鞘からゼーゲンを引き抜き慎太郎へと迫る。
ーー紫色の魔法陣に気を取られリリは出遅れた。気付いた時にはエテノアと玲奈は慎太郎へ一歩の距離となっていた。
ーーリリは焦る。焦るがその心配はいらない。
慎太郎はゼーゲンを右手で持ち、迫るエテノアの剣を弾く。だがもう一方からの玲奈の剣が迫る。慎太郎は転がる折れた世振の長刀を手に持ち玲奈の剣を弾いた。面食らうエテノアと玲奈、だが2人にも経験がある。大きな戦闘の経験が。その程度の事では一瞬動きを止めるにすぎない。すぐさま2人は息の合ったコンビネーションで慎太郎に連撃を加える。
ーーしかし、慎太郎はそんなものものともしない。エテノアと玲奈の剣を両手に持った二刀で華麗に捌き、尚且つ凄まじい剣圧で2人を弾き飛ばす。
「があッーー!?」
「ぐうッーー!?」
ーーそれによりエテノアと玲奈は大きく引き離される。
「ちょッ…!?何アレッ!?2段階解放であの強さ!?」
「……”兆し”なんかじゃない。完全な”覚醒”だ。だが、あまりにも強すぎる。それに…『アレ』を開けさせるのはマズイ。始末するよ玲奈。持てる力を全部使いな。」
「はいよ!!それじゃーー」
ーーその時だった。魔法陣の中心部にある扉が開いた。だが鎖のようなモノで繋がれている為全ては開かない。ドアガードを使っている時ぐらいの隙間だけが開いた。そして、その扉をこじ開けようと中からナニカがガンガンと扉を力任せに叩く。鎖を引き千切ろうと叩く。ガンガンという恐ろしげな音が響き渡る。
ーーその光景にエテノアと玲奈の手が止まる。明らかな恐怖が顔に出ている。そんな隙だらけの2人だが慎太郎は追撃をしない。慎太郎の目もどこか虚ろで様子がおかしい。その理由は自分の身体がもう限界だからだろう。世振の攻撃を受け続けもうダメージは許容量を超えている。それでも”覚醒”により無理に身体を動かしているのでその反動に耐えきれていない。それでも慎太郎は止まらない。止められない。慎太郎は両手に持つゼーゲンを強く握り締め、エテノアと玲奈への攻撃に踏み切ろうとした時、リリが前に立ちはだかる。
「待って、タロウ。やめて。」
ーー慎太郎は急ブレーキをかけるように止まる。それだけでも身体にかなりの負担がかかり、口から黒い血が溢れた。
「…どいてくれ。俺が全員殺す。そうすればお前が捕らえられる事はなくなる。」
「ううん、どかない。大丈夫だから。私を信じて。私は死なないから。」
ーー慎太郎はこうして話しているだけでも時間が惜しかった。1秒毎に明らかに力が抜けていっているのがわかる。もう時間が無い。
「タロウが着ている私の上着、預けるから。ちゃんと返してもらうから。約束。だから私を信じて。」
ーー慎太郎はリリを見る。そして悟った。リリはわかっているのを。慎太郎ではエテノアと玲奈に勝てない事を。もう身体は限界だから。
……バルムンクが出てくる気配も無い。あの扉をこじ開けようとする音ももう聞こえない。何より俺の身体からどんどん力が抜けていっている。リリはわかってるんだ。
………ちくしょう。
ーー慎太郎は世振の折れたゼーゲンを投げ捨て自分のゼーゲンは鞘へと納める。
「ありがとう。」
ーーリリはニコリと笑う。慎太郎は目を背けた。
ーーリリがエテノアたちの元へと向かう。
「さあ、行きましょう。」
ーーエテノアと玲奈は顔を見合わせゼーゲンを納める。玲奈がリリを後ろ手にして手枷をつける。
「……撤収だ。帰るぞ。」
ーーエテノアの声で場にいるリリを含めたリッターたちが姿を消す。それを慎太郎は無言で見ていた。
「”また”……俺は何も出来なかった。」
ーー雨が降り出す。ブルドガングの天候干渉による雷雲がここまで漂い雨を降らした。慎太郎の目から溢れるのは雨なのだろうか、涙なのだろうか。ただただ悲痛な顔で天を見上げていた。
「ぴいっ…?」
ーーちび助が慎太郎の肩にとまる。心配そうに見つめている。
「……大丈夫だよちび助。行こう。」
ーー慎太郎は牡丹をおぶって皆のいる王城へと歩み出す。己の無力さを痛感しながら。
ーーガキィン
ーー慎太郎たちが去った後もそのまま残る紫色の魔法陣。先程までこの場にいた全てのモノたちが勝手に消えるものだと思い込んでいた。
ーーだがその鎖のようなモノはとうとう引き千切られる。
ーーそして、
ーーギィィィィィッ
ーー扉は開かれた。
「落ち着いた?」
ーーリリはハンカチで慎太郎の目から流れた涙を拭き顔を綺麗にする。泣きじゃくっていた慎太郎がやっと落ち着きを取り戻す。
「…うん。てかそのハンカチ。」
「うん。私の宝物。」
ーー以前慎太郎が大阪土産としてリリに買ってきたたこ焼きのワンポイント刺繍があるハンカチだ。
「……ちゃんと洗ってる?」
「んー………洗ってない……?」
「それで俺の顔拭いてたの!?」
「いや~ん!リリちゃんったらうっかり屋さん!」
ーー慎太郎とリリが見た目百合百合しくイチャついている。それを後方から眺める一羽の子雀ちび助。
「ぴいっ…」
ーー戦いの終わった今、本当ならすぐさま慎太郎の元へ向かいたいちび助。でも慎太郎がリリといちゃいちゃしているので自分と共にいる牡丹が目覚めたら戦争が始まりそうな気がしてならないちび助。ハラハラドキドキしながら牡丹が目覚めない事を祈ってオロオロしていた。
「……さて、時間かな。」
「え…?」
ーー突如として慎太郎とリリを取り囲むように大勢の人間が現れる。皆が揃いの隊服を着た者たち。リリと同じ服を着たリッターたちが。
なんだコイツら…。新手か…?ざっと見30はいる。みんなリリと同じ服を着ている。リッターだ。この局面でまだこの人数とやり合わなきゃいけないのかよ。
大半の奴らは大した事はない。ここに来た時に戦った奴よりも数段落ちるレベルしかいない。でも、2人だけ明らかに場違いみたいな奴らがいる。俺たちの正面にいる緑色に染めた髪長い外国人のお姉ちゃんと、茶髪サイドテールの日本人っぽいお姉ちゃん。この2人が別格だ。顔面偏差値も別格だけどオーラ的な感じがヤバい。セイエンと大して変わらないんじゃねえのって感じの雰囲気が出ている。
「リリ・ジェラード、貴様はオルガニ規定条項第一項に抵触した罪により黒の器へと連行する。」
緑髪のお姉ちゃんが警察官のような厳しい口調でリリに告げる。
「あー、エテノアー、やっぱダメだわコレ。世振死んでるよ。息してないもん。」
茶髪サイドテールのお姉ちゃんがセイエンの死体を確認している。さて、どうする。リリがこの2人を相手に出来るのだろうか。仮に相手を出来ても俺が雑魚30人を相手にしないといけない。でも俺にそんな力があるはずがない。あるはずがないのはわかってる。だがあるかないかの問題じゃない。やるかやらないかの問題だ。やってみせる。
「上級貴族の殺害まで加えれば貴様の爵位剥奪だけでは済まんぞ。処刑は免れん。だからといって抵抗はするな。余計な罪まで被る事となる。」
緑髪のお姉ちゃんが腰に差す剣の鞘に手をかけ剣呑な雰囲気でリリを見る。それが部下と思わしき30人のリッターにも伝わり嫌な緊張感が周囲に張り詰める。
「抵抗なんかしないよ。連行でもお好きにどうぞ。」
だがリリはそんなリッターたちの雰囲気を一蹴するかのように敵対的な雰囲気は一切出さず立ち上がり両手を上げる。俺はその態度に唖然としたが、すぐに止めた。
「ダメだリリ!!行くな!!」
リリが振り返り俺を見る。軽く微笑んだ。
「大丈夫だよ。心配しないで。」
俺はその言葉を信じる事なんて出来ない。”お前は前にもそう言った。そして……。俺はもう二度とお前を失いたくない”
「手枷はさせてもらうぞ。」
「どうぞ。」
ーーエテノアがリッターの1人に目を合わせ顎を動かしリリの拘束を命ずる。
「エテノアー、この可愛い子どうすんの?」
ーー玲奈が慎太郎を見ながらエテノアに尋ねる。
「世振に犯されちゃったのかな?ボロボロだしなんか可哀想。でも私たち見られちゃってるしリリと繋がりあるみたいだし。どうする?」
ーーエテノアが鋭い目で慎太郎を見定めるように見る。
「考えるのも面倒だな。殺す。」
ーーエテノアは何の考えも無く無慈悲に言い放つ。その言葉を聞きリリの雰囲気が変わる。
「言っておくけど、その人に手を出すなら私はあなたたちでも容赦はしない。この命が果てたとしてもこの場にいる全員の命は貰う。それでもいいなら、かかって来なさい。」
ーーリリから強大な闘気が放たれ大気が震える。格の低いリッターたちはリリの闘気にアテられるだけで足が震え出しへたり込んでしまう。
ーー殺気が溢れ出ているリリを見て玲奈はすごく気まずそうにエテノアに声をかける。
「…ちょっとエテノア。本気でリリとやり合うと分が悪すぎなんだけど。あんな子放っておきなよ。」
ーー玲奈に耳打ちされエテノアは険しい顔で考える。ここで万一自分たちがやられたら”この後の展開に支障が出る。”ならばわざわざ争いを起こす事は無いと判断した。
「いいだろう。その女は見逃してやる。だが貴様は一切の抵抗はするーー」
「ーーふざけんな。」
ーーエテノアの言葉を慎太郎が遮る。リリ、エテノア、玲奈の3人が一斉に慎太郎を見る。
「ふざけんなよ。リリは連れてかせねえよ。」
ーー慎太郎がゼーゲンを杖代わりにして起き上がる。
絶対に連れていかせねえ。どんな事があっても。どんな手を使っても。
ーー慎太郎が出す異様な気配に3人が気づく。それと同時に慎太郎の身体から紫色の嫌なオーラが滲み始める。その眼には蒼い炎が灯り、明らかな”覚醒”の匂いがする。
頼む。助けてくれ。頼れるのはお前しかいないんだ。封印なんかで抑えられてるようなタマじゃないだろ。頼むよ。バルムンク。頼む。
ーー慎太郎の後方上空に紫色の魔法陣が現れる。その魔法陣は鎖のようなモノでがんじがらめに縛られ封印されている。その中心部には扉のようなモノがありなんともいえぬ不気味さがある。
「玲奈ッ!!」
「わかってるッ!!」
ーー異変に気付いたのか、それとも”知っている”のかはわからないがエテノアと玲奈が鞘からゼーゲンを引き抜き慎太郎へと迫る。
ーー紫色の魔法陣に気を取られリリは出遅れた。気付いた時にはエテノアと玲奈は慎太郎へ一歩の距離となっていた。
ーーリリは焦る。焦るがその心配はいらない。
慎太郎はゼーゲンを右手で持ち、迫るエテノアの剣を弾く。だがもう一方からの玲奈の剣が迫る。慎太郎は転がる折れた世振の長刀を手に持ち玲奈の剣を弾いた。面食らうエテノアと玲奈、だが2人にも経験がある。大きな戦闘の経験が。その程度の事では一瞬動きを止めるにすぎない。すぐさま2人は息の合ったコンビネーションで慎太郎に連撃を加える。
ーーしかし、慎太郎はそんなものものともしない。エテノアと玲奈の剣を両手に持った二刀で華麗に捌き、尚且つ凄まじい剣圧で2人を弾き飛ばす。
「があッーー!?」
「ぐうッーー!?」
ーーそれによりエテノアと玲奈は大きく引き離される。
「ちょッ…!?何アレッ!?2段階解放であの強さ!?」
「……”兆し”なんかじゃない。完全な”覚醒”だ。だが、あまりにも強すぎる。それに…『アレ』を開けさせるのはマズイ。始末するよ玲奈。持てる力を全部使いな。」
「はいよ!!それじゃーー」
ーーその時だった。魔法陣の中心部にある扉が開いた。だが鎖のようなモノで繋がれている為全ては開かない。ドアガードを使っている時ぐらいの隙間だけが開いた。そして、その扉をこじ開けようと中からナニカがガンガンと扉を力任せに叩く。鎖を引き千切ろうと叩く。ガンガンという恐ろしげな音が響き渡る。
ーーその光景にエテノアと玲奈の手が止まる。明らかな恐怖が顔に出ている。そんな隙だらけの2人だが慎太郎は追撃をしない。慎太郎の目もどこか虚ろで様子がおかしい。その理由は自分の身体がもう限界だからだろう。世振の攻撃を受け続けもうダメージは許容量を超えている。それでも”覚醒”により無理に身体を動かしているのでその反動に耐えきれていない。それでも慎太郎は止まらない。止められない。慎太郎は両手に持つゼーゲンを強く握り締め、エテノアと玲奈への攻撃に踏み切ろうとした時、リリが前に立ちはだかる。
「待って、タロウ。やめて。」
ーー慎太郎は急ブレーキをかけるように止まる。それだけでも身体にかなりの負担がかかり、口から黒い血が溢れた。
「…どいてくれ。俺が全員殺す。そうすればお前が捕らえられる事はなくなる。」
「ううん、どかない。大丈夫だから。私を信じて。私は死なないから。」
ーー慎太郎はこうして話しているだけでも時間が惜しかった。1秒毎に明らかに力が抜けていっているのがわかる。もう時間が無い。
「タロウが着ている私の上着、預けるから。ちゃんと返してもらうから。約束。だから私を信じて。」
ーー慎太郎はリリを見る。そして悟った。リリはわかっているのを。慎太郎ではエテノアと玲奈に勝てない事を。もう身体は限界だから。
……バルムンクが出てくる気配も無い。あの扉をこじ開けようとする音ももう聞こえない。何より俺の身体からどんどん力が抜けていっている。リリはわかってるんだ。
………ちくしょう。
ーー慎太郎は世振の折れたゼーゲンを投げ捨て自分のゼーゲンは鞘へと納める。
「ありがとう。」
ーーリリはニコリと笑う。慎太郎は目を背けた。
ーーリリがエテノアたちの元へと向かう。
「さあ、行きましょう。」
ーーエテノアと玲奈は顔を見合わせゼーゲンを納める。玲奈がリリを後ろ手にして手枷をつける。
「……撤収だ。帰るぞ。」
ーーエテノアの声で場にいるリリを含めたリッターたちが姿を消す。それを慎太郎は無言で見ていた。
「”また”……俺は何も出来なかった。」
ーー雨が降り出す。ブルドガングの天候干渉による雷雲がここまで漂い雨を降らした。慎太郎の目から溢れるのは雨なのだろうか、涙なのだろうか。ただただ悲痛な顔で天を見上げていた。
「ぴいっ…?」
ーーちび助が慎太郎の肩にとまる。心配そうに見つめている。
「……大丈夫だよちび助。行こう。」
ーー慎太郎は牡丹をおぶって皆のいる王城へと歩み出す。己の無力さを痛感しながら。
ーーガキィン
ーー慎太郎たちが去った後もそのまま残る紫色の魔法陣。先程までこの場にいた全てのモノたちが勝手に消えるものだと思い込んでいた。
ーーだがその鎖のようなモノはとうとう引き千切られる。
ーーそして、
ーーギィィィィィッ
ーー扉は開かれた。
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