俺'sヒストリー

かつしげ

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第346話 普通の女性

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【 ノートゥング side 1日目 PM 8:39 採掘場 】



ーー採掘場に大きく聳え立つ満月を背景に剣王と槍帝が刃を重ねる。
ノートゥングが一歩踏み込み、聖剣を振り払うと、紅き閃光が空気を裂きながら槍帝ドゥバッハへ襲い掛かる。
奥義を放った訳ではない。だがその紅き閃光にはそれに匹敵する程の力があった。
ノートゥングの剣閃がドゥバッハに近づくにつれ、自身の力の源である紅炎のエフェクトを纏い出す。それにより速度と威力が倍加し、一撃で命を狩り取る程の技へと昇華する。その鋭さはとてもサブスキルにより力を封じられているとは思えない。
紅き閃光が、ドゥバッハへと直撃する。
同時に周囲一帯に閃光から漏れ出た焔が飛び火する。闇に包まれた世界が紅炎の明るさにより視界がはっきりとした。
だがそこにドゥバッハは平然と立つ。何事もなかったかのようにゼーゲンを軽く振ると、焔が消え、また闇が世界を包み込む。

「フッ、何かしたか?ノートゥングよ。」

『ククク、挨拶をしただけよ。妾は礼儀正しいのでな。』


ーーいつも通り勝気な目つきでドゥバッハを見据えるノートゥング。その姿勢を見たドゥバッハは口元を緩ませながら言葉を発する。


「このように力を封じられている状態では俺たちは”アレ”も使えんな。それどころか”低級の奥義”しか出せん。実にもどかしい。」


ーーそう呟くドゥバッハの顔は笑っているというよりうんざりしているといったものだ。


「不満に思わないか?」

『妾は今の生活に満足しておる。この世界に不満があるなら消えれば良かろう。』

「ほう。満足か。ノートゥングよ、随分と変わったものだな。かつての貴様はそのような温い空気を出していなかった。自分以外は全てゴミ屑同然。そのように振る舞い、平伏せさせてきた貴様を俺は気に入っていた。それがしばらく見ぬ間にこのような大衆臭い只の女に成り下がってしまうとはな。失望した。」


ーードゥバッハが失望とも哀れみとも取れる眼差しをノートゥングに向ける。
ノートゥングはそのような眼差しを向けられようと特段気にする素振りは見せない。ただ、ドゥバッハが放った特定の単語だけには反応を示す。


『只の女、か。フフ、そうかもしれんな。』

「何?」


ーードゥバッハはノートゥングが笑い出す事で怪訝な顔を見せる。


『以前に知っておった妾の世界はいかにちっぽけでくだらないものであったか。』

「貴様は何を言っている?」

『それを教えてくれたのは彼奴、ミナミだ。それだけでは無い。彼処におるカエデ、エリア内におるアリスとボタン。それに入ったばかりでまだわからんがミク。彼奴もきっと妾に新しい世界を見せてくれるだろう。』

「気でも狂ったかノートゥングよ。」

『何より…貴様の言う只の女に成り下がった、そう思うのはシンタロウとの出会いかもしれんな。フフ。』


ーーそう話すノートゥングの顔は剣王などと呼ばれる存在とは程遠いものであった。普通の女性。恋をする、どこにでもいる、至って普通の女性の顔であった。


「…心底失望した。もはや貴様に興味のカケラも無い。ここでその魂諸共無に帰してやろう。」


ーー槍帝ドゥバッハの身体を包む金色のエフェクトが黄金色へと変化する。その眩い輝きは神々しさと、神聖さを併せ持っていた。
だがそれを見ても剣王ノートゥングは気にもしない。その目が見ている先に槍帝ドゥバッハはいない。この場にはいない他の誰かを見ている。


『本当に普通の女になってしまったようだ。早くあの馬鹿者の顔が見たいと思っておる自分がいる。やれやれ、困ったものだな。…さっさと終わらせて帰るとするか。』


ーー剣王ノートゥングの身体に纏う紅炎のエフェクトが聖剣に集まる。その熱により鎮火されていた焔が周囲に再度飛び火し、闇に明るさが戻る。



ーー戦いの終焉の時のようだ。



「灰と成れ!!フンケ・ハイスヴァルム!!」


ーードゥバッハのゼーゲンが炎を纏いながら半月を描く。そこから灼熱の炎が空間を裂きながら此方の世界へと舞出る。採掘場内の重機や鉱物を溶かしながらノートゥングへと迫る。

ーー遅れながら剣王ノートゥングも奥義を放つ。


『ーー紅焔王の前に滅するが良い、グラナートロート・アオスブルフ。』


ーーノートゥングが聖剣を上へ振り上げると、紅炎のエフェクトが弾け飛び、マグマが噴き上がっているかのような獄炎が地表を喰い破りドゥバッハへと襲い掛かる。

焔と炎。

互いに似た力を源とする両者。

槍帝ドゥバッハは解放済みのゼーゲンを所持している。当然ながらその肉体は強化系アルティメット相当の力を有する。その状態で”憑依”をするならば、力を抑えられている”具現”の力よりも本来は上。それだけ情勢は良くは無い。だが互いに刃を交えた様を見てもノートゥングが劣っているとは思えない。寧ろ、ドゥバッハを凌駕しているように見える。

ーーそれは個としての差だ。

英傑は皆同じ実力では無い。明確な格の違いが存在する。
剣王ノートゥングと槍帝ドゥバッハとでは格が違う。圧倒的なまでのゼーゲンの差や、サブスキルでの封印の差があるのならまだしも、頭一つ程度の差ならノートゥングとの距離を埋める事は出来ない。それだけ剣王ノートゥングは強いのだ。終局図は語るまでも無い。


ーーグラナートロート・アオスブルフが周囲の重機や鉱物、建造物までもを飲み込み、ドゥバッハへと襲い掛かる。
程なくしてドゥバッハのフンケ・ハイスヴァルムと衝突するがなんのことはない。技が力比べをする事も無く簡単に飲み込まれた。
あとの対象は一つのみ。


「ば…バカな…グラナートロート・アオスブルフなど貴様の末端の奥義ではないか…そんな奥義と呼べるか怪しいもので俺のフンケ・ハイスヴァルムが敗れるというのか…信じられん…貴様は一体…」


ーー絶望の中、敗北を悟り、呟く槍帝ドゥバッハに対してノートゥングも呟く。


『確かにあらゆる制約がある状態での”仮初め”の身体ではある。本当の妾の力に比べれば無いに等しい。だが、想いの力に関しては以前の妾とは比べものにならん。その想いの力がある中ならば、以前の妾をも凌駕する事が出来ると妾は思っておる。それならば貴様程度のものに遅れをとるはずがない。』


ーー紅き焔が槍帝ドゥバッハの眼前へと駆ける。


「俺が…槍帝が敗れるとは…クソッタレが…!!!」


ーーグラナートロート・アオスブルフが周囲一帯を根こそぎ焼け野原へと変える。後に残るのは煤の匂いだけだった。



『…妾が以前よりも強くなっているのは感じる。それにお前の存在が影響を与えている事も理解しておる。そのきっかけは貴様が妾に言った言葉だ。貴様にとっては酒の席での戯言だったかもしれん。だが…妾はその言葉が嬉しかった。だからこのような気持ちになり、貴様の為に頑張ろうとしてしまっている…フッ…とんでもない誑しだな…』


ーーノートゥングがニコリと口元を緩ませる。


『さて、ミナミの戦いもじき終わるだろう。さっさとイベントを終わらせて貴様の顔を見るとするか。』


ーー恋するという感情を手に入れた彼女は強くなった。それは悠久の時を過ごしてきた彼女が初めて得た感情。それを心地良く感じている普通の女性がそこにはいた。
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