俺'sヒストリー

かつしげ

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第284話 ターニングポイント

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ーーまた誰かの声が聞こえる。


ーー誰かじゃないよ。


ーーえ?


ーー知ってるじゃん。


ーー何が?


ーー私の事。


ーー俺が?


ーーうん。


ーー知らないよ。


ーー知ってるよ。


ーーそうだ、知ってる。


ーー会いたい。


ーー会いたい…?そうだね、会いたい。


ーー会ってるよ。


ーーえ?


ーー会ってるよ。だって私はーー




「…あれ?ここどこだ…?寝室…?あ、そっかイベントやってたんだ…何か夢見てたような…」

目が覚めた俺は辺りを見渡す。寝室だけど誰もいない。布団は敷いてあるが寝ていた形跡は無い。みんなどこへ行ったんだ?
俺はみんなを探す為に寝室から出る。人の気配が感じない。どこかに出かけたのだろうか?そう思いながら真っ暗なリビングの戸を開け、電気を点ける。すると、

「ひいっ…!?」

電気を点けると俯きながら椅子に腰掛けている牡丹がいた。え!?なに!?なんなの!?怖いんだけど!?

「ぼ、牡丹!?」

俺の声かけに牡丹が反応してこちらを向く。アカン。ハイライトが無い。何でだよ…俺が寝てる間に何があったんだよ…まさかみんなを始末したんじゃないだろうな…

「はい、あなたの牡丹です。」

「み、みんなはどうしたの…?」

俺は恐る恐る牡丹に尋ねる。もしもみんなを始末してしまったのなら俺も牡丹と一緒に死のう。それであの世に行ってみんなに謝るよ。

「祝勝会の食材を買いに行かれました。」

「あ、そうなんだ。なんだ…ビックリさせるなよ…。あれ?牡丹はどうして行かなかったの?」

「私はお米を炊くのとお風呂の準備の為に残りました。」

「そうなんだ。」

ならなんでハイライトが無いんだ?余計と怖いんだけど。とりあえずみんなが帰って来るまで逃げよう。風呂に入ろう。うん。

「それじゃあ風呂に入ろうかな。なんか寝汗が凄くてベタベタしてるからさ。」

「いつでも入れる準備は出来ておりますのでお入り下さい。」

「じゃあ入って来るね。」

俺は逃げるようにそそくさとリビングを出て浴室へと向かう。一目散に向かう。何だかわかんないからこそ逃げるに限る。

「ふぅ…ここまで来れば安心だろ。てか何でハイライトが無いんだよ。マジで怖いんだけど。」

俺は浴室に入り、独り言を言いながらシャツとズボンを脱いでパンツ一丁になった時だった。


ーーガチャ


突然浴室のドアが開くので俺は心臓が止まりそうになる。何事が起きたのだと思い、背後を振り返ると牡丹がそこに立っていた。

「な、な、な、な、な、何!?何やってんの!?」

俺はパンツ一丁なのでとにかくパニくる。パニくるがこのままじゃイカンと思い、脱いだ服をカゴから取り出そうと手を伸ばした時だった。牡丹が俺に抱きついて来る。パンツ一丁のオッさんに現役JKの牡丹が抱きついて来る。

「ちょ、ちょっと!?何してんの!?マズいって!?」

俺は牡丹を引き剥がそうとするがガッチリとホールドされていて離せない。マズいって。ここで楓さんたち帰って来たらシャレにならん。そもそもノートゥングどこにいんの!?美波にくっついて行ってなかったら俺の死亡確定なんだけど!?

ーー慎太郎は狼狽えているが本当の恐怖はここからなのである。

「……服を脱いでもまだ匂いがする。」

「え…?」

ーー抑揚のない声を牡丹が出す事で慎太郎の背中がゾクっとする。その牡丹の声で慎太郎は鳥肌が立っていた。

「…まだ匂いがする。他の女の匂いですねぇ。誰と抱き合っていたんですかぁ?ねぇ、誰とですかぁ?ねぇ、誰と?」

ーー仄暗い闇の底のような牡丹の眼に慎太郎は『これはアカン。死んだ。』そう思った。
…いや、まだだ。まだ終わっちゃいない。俺なら出来る。諦めるな慎太郎。

「な、何を言ってるんだよ牡丹!!俺はずっと寝てただろ!?」

「答えてくれないんですかぁ?」

だ、ダメだぁ…この牡丹の圧に勝てる気がしない…でも誰とも抱き合ってなんかいなーー

ーーここで慎太郎は気づく。イベント終盤にリリに助けられた時に身体が触れ合っていた事を。

アレか!?アレの事か!?なんだよバカ!!あんなのただの不可抗じゃねぇか。これなら牡丹にちゃんと説明すれば大丈夫なやつですやん。まったく焦らせやがって。んじゃ、牡丹に説明をーー

ーーここで慎太郎は気づく。リリに会った事は秘密にしろと言われた事を。

えっ?どうするの?リリに内緒にするって約束したのに言えないじゃん。え?死んだんじゃね?

「……。」

「……。」

ーー沈黙が続く。

どうしよう。どう説明すればいいんだ。隠すしか無いじゃん。でもそれが牡丹に通用するか?もうヤンデレモードに入ってんだぞ?
いや、落ち着け慎太郎。俺なら出来る。クールだ。クールになれ。

ーーそう自分に言い聞かせ、慎太郎は牡丹の説得に乗り出す。

「牡丹。」

「はい、あなたの牡丹です。」

「牡丹は何か誤解してるんだよ。誰かと抱き合うなんてあるはず無いじゃないか。」

「……。」

ーー牡丹がどこからか剪定バサミを取り出す。

「待って!?剪定バサミは出さないで!?危ないからさ!?」

「誰と抱き合ってたんですかぁ?」

アカン…もう終わりや…刺されるかリリの事を言うかのどちらかしかない。でもリリの事を言ったとしても刺されそうなんだけど。もうダメだぁ…おしまいだぁ…

ーー慎太郎の心を絶望が支配していく。だが、慎太郎はここで起死回生の一手を思いつく。

…これだけは2度と使うまいと思っていたが仕方ない。俺はまだ死ぬわけにはいかない。その為ならば悪魔にでも魂を売ろう。

ーー腹をくくった慎太郎が牡丹との最後の戦いへと乗り出す。

「なぁ、牡丹。」

ーー慎太郎は抱きついている状態の牡丹を両手で抱き締める。パンツ一丁のオッさんが女子高生を抱き締める。地獄のような絵面だ。

「なんですかぁ?」

「俺が好きなのは牡丹だよ。それなのに他の女と抱き合うわけないじゃないか。」

「前に楓さんと抱き合ってましたよねぇ?」

ーー痛いところを突かれる慎太郎だが、狼狽える事も無く、次の一手を投じる。

「牡丹は俺の事を信じてくれないの?俺は牡丹には信じてもらいたいな。お願い、信じてよ。大好きだよ牡丹。」

ーー牡丹の耳元で甘い言葉を囁く慎太郎。

「…そう言えばいいと思ってませんかぁ?」

「思ってないよ。でも牡丹なら信じてくれるって思ってる。」

ーー慎太郎の巧みな言葉遣いで牡丹が纏っていた邪気が薄れていく。流石は女誑し。口先だけは本当にたいしたものだ。

「…理由があるのは分かりました。今回は許します。」

「ありがとう牡丹。大好きだよ。」

…勝った。牡丹に勝ったぞ。ヤンデレクイーンに勝ったんだ。これで俺は死ななくて済むんだ。くぅー。

ーー勝利を確信した慎太郎は心底安堵した。そしてこの絵面最悪なこの状態を早く納めて、楓たちがいつ帰って来ても大丈夫なように牡丹を浴室から退場させようとする。

「それじゃ俺は風呂に入るからね。」

「わかりました。」

ーーだがここで慎太郎は妙な事に気づく。普通ならこの言葉を聞けば浴室から出て行く。でも牡丹は出て行く素ぶりなど微塵も見せない。

ーーなんで?

ーー慎太郎の頭の中はそれしかなかった。
だがそうは思っても出て行ってもらわなければ話にならない。業を煮やした慎太郎は自らの口で牡丹に退場するように促す事にした。

「うん、だから出て行ってもらってもいいかな?」

「それは無理ですねぇ。」

「え?」

ーー慎太郎は自身の耳が腐っているのかと思った。『無理』そんなワードが牡丹から聞こえた気がしたからだ。でもまさかそんな訳が無い。きっと聞き間違えだ。そう思って牡丹に聞き返そうとした時に慎太郎は気づく。牡丹の眼にハイライトが戻っていない事に。

「その身体についた匂いは不快なので私が洗ってあげますねぇ。ついでに私の匂いをタロウさんの身体中につけて泥棒猫が来ないようにしておかないと。ふふふふふふふふふ。」

「ひっ…!?」

ーー慎太郎は理解する。自分の考えが甘かった事に。

「では私も服を脱ぎますねぇ。」

「だ、ダメだって!?何言ってんのこの花は!?」

「ダメなんですかぁ?」

「当たり前でしょ!?」

「……。」

ーー牡丹がまた剪定バサミをどこからか取り出す。

「待ってって!?それやめて!?」

「じゃあ脱ぎますねぇ。」

「ダメだって!?なぁ、頼むよ…それはダメだって…お願い…なんでもするからそれだけは許して下さい…」

ーー慎太郎が牡丹に必死でお願いする。縋るようにお願いする。いい歳したオッさんが女子高生にお願いする。とんでもない絵面だ。

ーーだがここで事態は動く。絶望的かと思われた慎太郎の状況に光明が差す。

「なんでもですか?」

ーー苦し紛れに出た慎太郎の一言にヤンデレクイーンが興味を持つ。

「…え?うん!!なんでも!!」

ーー慎太郎は必死に首を振る。ここぞとばかりに首を振る。もしもオリンピックに首振り、という種目があるから間違いなく金メダルだろうというぐらいに首を振る。

「それは絶対ですよね?」

「うんうん!!」

「それはダメ、これはダメ、というのも言いませんよね?」

「うんうん!!!」

「分かりました。」

「え!?いいの!?」

「はい。ですがお身体は私が洗います。このままの格好で。」

「……腰にタオル巻いても良いですか?」

「はい。では私が匂いが取れるまで丁寧に洗って差し上げますね。」

ーー慎太郎はそれで妥協した。寧ろ、助かった。これなら見られても何とか言い逃れが出来る。そう思っていた。

ーーだがこの時の牡丹との約束がとんでもない事になる事を慎太郎はまだ知らないのであった。
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