俺'sヒストリー

かつしげ

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第162話 散る事など許しません

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【 アリス・楓・牡丹 組 1日目 PM 5:27 】


ーー楓がエンゲルを羽ばたかせ金色のエフェクトを纏う男の背後へと回りゼーゲンを振り抜く。二段階解放のゼーゲンによる能力強化とエンゲルによる速度上昇により、強化系アルティメットの鎧など紙に等しく血の雨が降り注ぐ。

ーー牡丹が銀色のエフェクトを纏う男たち4人に取り囲まれる。男たちが次々に牡丹へ襲いかかるが、それを蝶が舞うように牡丹は華麗に躱す。そして去り際に男たちの首を落とし何事もなかったかのように牡丹はその場を離れていく。

ーー圧勝。その言葉に相応しい程の戦いを2人はしている。彼女たち単体なら勝機を見出す事はできるかも知れないが2人揃ってしまうと手がつけられない。まさに”五帝”の名に恥じない実力を俺'sヒストリーの世界に轟かせていた。

「お疲れ様、牡丹ちゃん。流石ね。」

「お疲れ様です。いえいえ、楓さんがアルティメット所持者を抑えてくれていたからこその結果です。」

戦いが終わり楓さんと牡丹さんが談笑する。

ここに来て2人の戦いを見て来たが強いとしか言いようがない。今の相手で7組目のプレイヤーであったが2人はまだ一度もスキルを使用していない。相手が弱かったわけではない。アルティメット持ちとは二度対峙し、SSは都度8人が持っていた。それなのに2人はそれを寄せ付けない程の圧倒的な力で葬って来たのだ。恐ろしいまでに圧倒的に。

「お疲れ様です、アリスちゃん。お怪我はありませんか?」

牡丹さんと楓さんが私の元へと戻って来る。元へ戻って来るとは奇妙な言い回しかもしれないが、戦いが始まってから私はこの場を一歩も動いていない。だからこの言い方しか表現のしようがないのだ。

「はい!大丈夫です!2人にばかり戦わせてしまってすみません。」

「ふふふ、良いのですよ。大した相手ではなかったのですから。ね、楓さん。」

「そうね。手強い相手ならアリスちゃんの力を借りなければいけなかっただろうけどこの程度ならストレッチみたいなものよ。」

まだあれでも全力じゃないんだ…

ーーその時だった。

ーースマートフォンの通知音が鳴り響く。

「運営からの通知ね。これで7組。あと2組で終わりよ。結構楽だったわね。」

「そうですね…はぁ…」

牡丹さんが急にため息を吐く。

「どうしたんですか牡丹さん?疲れましたか?」

「いえ…そうではありません…。ただ…半日近くタロウさんから離れているので充電切れと言いますか…ストレスが溜まって…」

そう話す牡丹さんの目のハイライトが薄くなっている。私は楓さんに目配せすると、楓さんが首を横に振る。そして楓さんは私に目で訴えかけてきた。

『ソレに触れるのはやめましょう。』

間違いなくそう言っている目を楓さんはしている。私は無言でスルーする事にした。

「そ、そう言えばこのエリアが何なのかわからないですね!」

かなり苦しいかもしれないがとにかく話題を変える事にした。

「そ、そうよね!SF映画みたいよね!」

楓さんもそれに乗ってくれたので助かった。

「あ、でも雰囲気的にプリガルの世界に似ていませんか?」

「言われてみればそうね。プリガルの世界も近未来的だものね。そうだ!それで思い出したわ。アリスちゃん、明日アレが届くからよろしくね。」

「冷蔵庫ですか?」

「そう。電気屋さんが配送が多いからって明日になっちゃったのよ。午後4時ぐらいに来ると思うからよろしくね。」

「わかりました。」

途中から完全に話が変わっちゃったけど流れを断ち切れたから良しとしよう。

「何のお話ですか?」

ハイライトの戻った牡丹さんが帰って来た。良かった、これで一安心だ。

「冷蔵庫が明日届くからアリスちゃんに頼んでおいたのよ。私も明日行くけど夜8時過ぎになっちゃうからね。」

「冷蔵庫ですか…?冷蔵庫はタロウさんのお家にもあると思うのですが…?」

「私のお酒用のよ。ほら、タロウさんに一日一本って言われちゃったじゃない?そんなのいつになったら解除されるかわかったもんじゃないから隠し蔵を作るのよ。ウフフ。」

「それはタロウさんとのお約束を破るという事でしょうか?」

あ、牡丹さんの空気が変わった。地雷を踏んだのが私にもわかります。

「牡丹ちゃん。約束を守る事も大切だけどね、女は時に破る事も大事なのよ。」

…そうかなぁ。楓さんはただお酒が飲みたいだけじゃないかな?

「そうでしょうか?私はタロウさんに命じられた事は絶対に破りません。」

なんか危険な空気が出て来たな…やっぱり牡丹さんはタロウさんが絡むと人が変わる…

「牡丹ちゃん、それだと男性の心は掴めないわよ。」

「……!?」

おぉ…!楓さんが意味深に言うからヤンデレモードの牡丹さんが少したじろいでいる。

「な、何故ですか!?」

「ウフフ、男性はね、自分の言う事を何でも聞くコには魅力を感じないのよ。確かに男性は女性を征服したがっているわ。でもね、なかなか手が届かないからこそ追いかけていたいのよ。自分の言う事を聞かせたい、自分色に染め上げたい、そう思っているの。それなのに最初から言う事を聞いていたら楽しみが無くなっちゃうのよ。」

楓さんがそれっポイ事を言ってる。でもお酒が飲みたいから適当な事言ってるように見えるのは私の気のせいだろうか。

「で、では私はどうすれば…!?」

あ、完全に陥落した。もう目にハイライトはあるし、ヤンデレモードじゃなくなってる。

「秘密を作るのよ。女には秘密の一つや二つは必要よ?そうやって魔性の女になっていけば男は堕ちるわ。」

楓さんが芝居掛かった口調で言っている。やっぱりお酒飲みたいから適当な事言ってたんだ。半笑いになってるし。

「うぅぅ…流石は楓さん…大人です…その言葉に感服致しました。」

「ウフフ、ありがとう。だから牡丹ちゃんもこの事はナイショにしておいてね?」

「分かりました。女には秘密が必要ですものね。」

私は楓さんはお酒が絡むとダメになるのがわかりました。

「さて、少し話が逸れちゃったけど…何の話だったかしら?」

「あと2組で終わりという話だったと思います。」

「そうそう、そうだったわね。それにしてもこの広さでこんなに密集していたなんてラッキーよね。」

「そうですね。満期までかかっても全員は見つけ出せないかと思いました。これであと2組倒せば彼に会えます。早く会いたい。美波さんはずっと一緒に居られて羨ましいですね…」

またハイライトが消えかかってる…フォローしないと…!

「だ、大丈夫ですよ牡丹さん!きっとすぐに残りの2組も見つかりますよ!!私たちは運がいいんですから!!半日経たずに7組も見つけたんですよ!!」

ーー「それは運じゃないよー。」

私が牡丹さんをフォローしようとして言った言葉を否定される。

私たちは声の主の方へと向く。女の人だ。凄く綺麗な顔と三つ編みをアレンジしたようなオシャレな髪型をしている。
黒いスーツに一部軍服のような刺繍が施された少しカッコいい服装、そして腰に剣を携えている。
一見しただけで只者じゃない事がわかる。何より纏っている空気が違う。楓さんと牡丹さんに近い…いや…もしかしたら2人より…そう感じてしまう程の嫌な空気をこの女性は出している。

「こっち側に集まるように動かしてあげたんだよ。おかげさまでお疲れかなー。」

「夜ノ森…葵…!」

楓さんがこの女性の名前らしき事を呟く。知り合いなのだろうか…?

「あれ?何で覚えるの?処置は施したはずなのに。術式が甘かったのかな?ま、いーや。久しぶりだね楓ちゃーん!元気してたー?」

思った以上に軽い発言だ。私たちに敵意は無いのだろうか?それならばわざわざ戦いたくは無い。規定の5組以下の条件はすでに満たしてある。時間まで争わずに待っていれば自然とクリアできるのならそれに越した事は無い。牡丹さんがヤンデレモードになるかもしれないがそこは何とか宥めれば大丈夫だと思うし。

「あなたには聞きたい事と借りがあるからね、ぜひ会いたいと思っていたわ。」

そんな私の願望を打ち砕くかのように楓さんから剣気が放たれる。仲良しじゃないのは明らかだ。

「ふむふむ。良い剣気だね。強くなったねー。でも、まだまだまだまだかな?楓ちゃんは弱弱だよ。この場にいる中で一番弱いし。あははは。」

「はぁ?」

「あれ?わからない?私より弱いのは当然。そんで牡丹ちゃんより弱いのもまた当然。さらに言えばアリスちゃんよりも弱い。」

私と牡丹さんの名前も知っている。この人は一体なんなのだろう。

「…喧嘩売ってるのかしら?」

「まさか本気でわからない?説明してあげる?”具現”を会得してる牡丹ちゃんより弱いのは当たり前でしょ?さらに牡丹ちゃんは”5元素”の時空系アルティメットも所持している。どう考えても楓ちゃんじゃ歯が立たないよ。そしてアリスちゃんは一撃必殺の魔法がある。誰がどう見ても楓ちゃんが一番弱い。クランで見てもそうだよ。多分美波ちゃんにも負ける可能性あるんじゃないかな?だってほぼ”具現”できてるんだからさ、やり合ったら多分負けるよ?クランでも最弱になっちゃったね楓ちゃん!」

牡丹さんのスキルや私の魔法、それに美波さんの事まで知っている…!?本当にこの人はなんなの…?

「あ!たーくんが居たか!あははは!たーくんよりは強いから大丈夫!たーくんって凄く弱いもんね!良かったね楓ちゃん!最弱になってなくて!」

…たーくん?タロウさんの事を言っているの?私の未来の旦那さんに随分と馴れ馴れしいですね。

ーーという事を考えていた時に隣の牡丹さんから邪気を纏ったような凄い殺気が溢れている事に気づく。

「…あなたタロウさんを愚弄しましたね?」

牡丹さんが金色のエフェクトを発動し、上空に魔法陣が展開される。いや、展開したと同時にゼーゲンを引き抜き、夜ノ森葵という女性の元まで一瞬で移動している。
手にしているゼーゲンの刀身には氷のようなものが纏っている。そしてそれを夜ノ森葵に対して放つーー

「ーー氷華・浮牡丹」

ーーその時だった。夜ノ森葵の背後から何かが現れ牡丹さんのゼーゲンを振り切らせないように自身の剣で抑える。見ると女性だった。銀色の美しい髪をした可憐な少女が牡丹さんの技を封じている。

「葵、煽るのはやめなさい。」

「ごめんごめん、ついうっかり。牡丹ちゃんはたーくん絡ませちゃいけないの忘れてた。てへ。」

牡丹さんが大きく後ろへ跳躍し、私たちの元へ戻って来る。

「大丈夫ですか牡丹さん!?」

「…あの銀髪の方、相当できますね。」

「アイツらはオルガニの連中よ。牡丹ちゃん、気合い入れて行くわよ。アリスちゃん、サポートは任せるわ。」

「わかりました。」

「はい!」

ーー「あー、待って待って。別に戦わないから。」

戦闘モードへ移行する私たちを夜ノ森葵が止める。

「私が用があるのは楓ちゃんだけ。そっちの2人は大人しくしていてくれれば何もしないよ。こっちのサーシャは君たちが乱入して来た時の為の抑えとしているだけ。当然命を取ったりしないよ。それとこのエリアにいるのはもう私たちだけ。周りを気にする事も無いよ。」

それは意外な台詞だった。てっきり殺し合いをするのだと思っていた。だが楓さんに用ってなんなんだろう…?

「…何が目的かしら?」

「楓ちゃんの最終試練だよ。別に命を取ろうとは思ってないよ?ん?あー、でも楓ちゃんが使えなかったら命は取るかもねー。」

そんな事絶対させない。やはり総力戦に打って出るしかない。私には魔法がある。それが決まればこの2人をきっと倒せる。みんなの力になるんだ。

「話になりませんね。それにタロウさんを愚弄した罪を清算しなければなりません。全力でお相手ーー」

「ーー待って牡丹ちゃん。」

楓さんが牡丹さんを止める。

「私が相手をするわ。2人は待ってて。」

「しかし…!」

「夜ノ森葵はともかくあっちのサーシャという女はマズい。私たち全員でかかっても倒せるかどうかわからない。それなら私が一人で相手をするのが一番勝率が高いわ。だから待ってて。それと…万一の時には…頼んだわよ牡丹ちゃん。」

楓さんが真剣な眼差しで牡丹さんに告げる。そしてその気持ちを汲み取ったのだろう、牡丹さんが頷き言葉を発する。

「…わかりました。ですが気をつけて下さい。あの方も只者ではありません。」

「わかってるわ。」

「それと、万一の時の件はお聞きする事は出来ません。ですので必ず戻って来て下さい。私の好敵手がこんな所で散る事など許しません。」

「…牡丹ちゃんは厳しいわね。わかったわ。必ず戻って来る。」

ーー牡丹の激励に楓は全身が奮い立つ。

負ける気などしないし負けるつもりなど微塵もない。それに慎太郎に会わずに死ぬなんてできない。そう思っていた。

「私なら勝てるかもってのが傲慢だねー。その高飛車な性格、葵ちゃんが矯正してあげるよ。」

ーー楓にとって過去最高の激戦の火蓋が切って落とされる。
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