俺'sヒストリー

かつしげ

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第122話 あなたとの一秒一秒が

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学校が終わり、私は真っ直ぐお母さんの入院している病院へと向かった。病室の扉をノックし、室内へと入る。

「こんにちは、お母さん。」

「おかえり、牡丹。」

病室へ入るとお母さんが笑顔で迎えてくれた。お母さんの顔にはしっかりと赤みが見える。体調は大丈夫そうだ。

「体調は良さそうだね。」

「食欲も戻って来たわよ。早く退院できればいいんだけどね。牡丹?何か良い事でもあった?」

「え?」

「昨日までの顔とは違うというか…何だか幸せそうに見える。」

流石は母だ。私の事などお見通しというわけだ。

「うん…あったよ。えっとね、田辺さん…いるよね?」

「ええ、田辺さんには本当に感謝しているわ。ちゃんとお礼言ってくれた?」

「言ったよ。それでね、簡単に話すけどその田辺さんが家の借金を立て替えてくれたの。」

「…どういう事?」

「怒らないで聞いてね。本当はね…私は昨日、あの借金取りの男たちに身体を売るつもりだったの。」

「ーーッッ!!牡丹!!どういう事なの!?」

「ごめんなさい。でも…お父さんの家を守りたかったの…その為なら私の身体なんて喜んで差し出そうと思ったんだ…」

「…そんな事をしてもお父さんは喜ばないわよ。」

「うん、わかってる。馬鹿な事をしてるのもわかってる。でも…昨日までの私はそれが正しいと思ってたの。」

お母さんは険しい顔で下を向いている。険しいといっても怒っているわけでは無い。苦しみや哀しみの入り混じったそんな表情だ。

「それでね、いよいよ男たちに身体を差し出そうとした時にタロウさんが来て600万円を出してくれたの。私は止めようとした。でも私に何も言わせずに、自分に任せろって言ってタロウさんが全てを終わらせてくれたの。彼が私を救ってくれた。本当に嬉しかったんだ。」

「そ、そんな大金を出して頂いたの!?」

「うん、それもね、借用書もいらないって。前払いだからって。」

「前払い…?」

「月の花代として1万円を使うなら1年で12万円。それが10年なら120万円。50年なら600万円。50年分の前払いだよって。そう言ってくれたんだ。」

「そんな…本当にそれで田辺さんはいいの…?」

「うん。タロウさんは私が守りたいものを一緒に守ってくれるって。私の笑った顔が見られれば十分だって。」

私の話を聞き暫くの沈黙が室内を包む。お母さんの顔を見る限りタロウさんへ申し訳ないという気持ちが強いのが理解できる。そしてそれと同時に深い感謝も感じ取れる。

「…退院したらしっかりとお礼をしないといけないね。今はご挨拶に伺えないけどよくお礼を言っておいてね。」

「うん、わかった。ちゃんと伝えておくね。」

「それと娘の事もよろしくって。」

「えっ!?」

突然のお母さんの台詞につい大声で叫んでしまった。

「だってそういう関係なんでしょ?」

「な、なにが!?」

「だって途中から『田辺さん』から『タロウさん』に変わってるんだもの。」

お母さんが少し意地悪そうな顔で私を茶化す。
き…気づかなかった…舞い上がってたんだな…

「田辺さんの事が好きなんでしょ?」

「…うん。」

「田辺さんの事を話す時の牡丹の顔を見てればわかったわよ。でも昨日までは苦しそうな顔をしていたからお母さん安心したわ。ごめんね、牡丹に苦労かけさせて…」

「ううん、そんな事ないよ。気にしないでお母さん。」

それとお母さんに伝えないといけない。隠れてやっているのは良くないもの。

「それとね…私…昨日からタロウさんのお家にいるの…でも誤解はしないでね。お母さんに言えないような事はしてないから。それにタロウさんはそんな人じゃない、だからーー」
「大丈夫よ。」

私が話しているとお母さんがそれを遮る。

「牡丹から話を聞くだけで田辺さんの人となりはわかったわ。」

お母さんが優しい顔で私を見ながらそう言った。

「田辺さんにご迷惑かけちゃ駄目よ?」

「うん。」

「なら良いわよ。田辺さんとの同棲。」

「ど、同棲って…お母さん!!」

「うふふ。さて!それじゃあ愛しのタロウさんの所に行って来なさい!」

「私は今からお店に行くの!タロウさんはそれから迎えに来てくれるの!」

「あら、そうなの?」

「もう!じゃあお店行くから帰るからね!」

「はいはい。タロウさんの話また聞かせてね。」

「…うん。またね、お母さん。」



*************************



「はぁ…」

時刻は夜の9時前、それなのにお客さんはゼロだ。タロウさんのお陰で家の借金は無くなったが実はまだ悩みはある。光熱費や税金の滞納分をどうすればいいのかわからない。売上が出ない以上はお金が入らない。お金が入らないと支払いが出来ない。正に負のスパイラルだ。電気と水道は停止予告までされている。電気が点かないと夜に店を開けられない。水が出ないと花に水やりが出来ない。一体どうすればいいんだろう。それにタロウさんへ生活費を入れる事も出来ない。

「困ったな…どうしよう…」

そう考えていると店の扉が開く。お客さんでは無い。だって匂いでわかったから。

「お疲れ。」

やっぱりタロウさんだ。

「お疲れ様です。」

半日以上タロウさんから離れていたから凄く切ない気分になっている。本心なら抱きつきたいけどそんなはしたない真似は出来ない。しっかり自重しないと。

「タロウさん、ありがとうございました。」

「ん?何が?」

「お財布の事です。」

「あ…ごめんな、勝手に開けちゃって。」

「いえ!今日筆箱を忘れてしまったので本当に助かりました…恥ずかしい話ですがお金が無かったもので…使った分は必ずお返しします。それと残りのお金もーー」
「いやいや、返さなくていいから。」

タロウさんが私の言葉を遮る。

「それは牡丹のお小遣いだよ。」

「え…?いや…そんなわけには…」

「いいから。」

「よくありません!」

流石にそれは出来ない。タロウさんにお金を使わせてばかりいる。ここできっぱり断らないとタロウさんに申し訳無いなんて言葉じゃ済まされない。

「んー…牡丹はさ、俺たちの朝ごはんと弁当作ってくれたでしょ?」

「はい。お口に合いましたでしょうか?」

「すっげー美味かった。ご馳走様。」

「ふふふ、それなら良かったです。」

「でさ、多分だけど明日とかも作るでしょ?」

「もちろんです。家に居させて頂いておりますし、食べさせても頂いているので当然です。生活費も必ずお入れします。ですが…少し待ってて頂いてもよろしいでしょうか…?」

「うん、だからね、牡丹は労働をしてるわけだよ。」

「…はい?」

「食事を作るという労働だ。それに対する報酬を払うのは当然だろ?だから牡丹の財布に入れたお金は報酬って事。」

「だ、駄目です!それは労働では無く当たり前の事です!」

「当たり前?」

「そうです。タロウさんや美波さん、アリスちゃんに食べてもらいたい。みんなの為になればいいな、喜んでくれたらいいな、そんな気持ちで行いました。それは労働ではありません。みんなの為にした当たり前の事です。」

「なるほど。じゃあ俺が牡丹にお小遣いをあげるのも当たり前の事だよね。牡丹の為になればいいな、喜んでくれたらいいな、そう思って俺はやったんだよ。」

「……」

「それとも迷惑だったかな?」

「そんなわけありません!!凄く…嬉しかった…」

「ならさ、受け取ってくれないかな?牡丹が喜んでくれたら俺は嬉しい。」

「…そういう言い方は狡いです。」

「あはは。」

「…お言葉に甘えてもいいですか?」

「甘えてくれ。」

「大事に使わせて頂きます。ありがとうございます。」

「おう。それと生活費なんかいらないからな。美波からだって生活費は貰ってないんだから。俺はみんなが楽しくしてくれてればそれでいいんだよ。だからお金の話は無し。オッケー?」

本当に優しいな…だからみんながこの人を好きになるんだ。恩を着せる事もしない、見返りも求めない、そんな人だから私たちはあなたが大好きになるんだ。

「わかりました。お世話になります。ありがとうございます。」

「よしよし。じゃあ帰ろうか。シャッター閉めればいいのかな?」

「あ、はい。お願いします。」

タロウさんに手伝ってもらい閉店の準備をする。後は戸締りをして帰るだけだ。ここが自分の家なのに帰るなんて変な言葉の使い方だ。

「よっし。じゃあこんなもんかな?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」

「さて、じゃあ牡丹、請求書全部持ってきてよ。」

「え…?」

「言い方が悪いけど借金の返済が滞るって事は光熱費や税金、通信費は滞納しちゃってるでしょ?その溜まってるやつは全部払っちゃおう。今ある請求書は全部持ってきて。帰りにコンビニで全部払うからさ。」

「駄目です!!それだけは駄目です!!タロウさんにお金ばっかり使わせちゃってます…それは自分でどうにかしますから…」

「俺は牡丹の顔が曇らないようにするって約束した。でも今の牡丹の顔は曇りかけてるよ。それは心配事があるからだろ?」

全部お見通しだ。タロウさんには全部読まれてしまう。

「俺は牡丹の心配事を無くしてあげたい。その為に俺ができる事はしてあげたい。だからさ…俺に頼ってよ。」

「でも…私はあなたに何も返せてません…」

「そんな事ないよ。牡丹がいてくれるから楽しいし、可愛いから見てるとドキドキするし幸せになれる。それだけで十分だよ。」

彼があまりにも優しいのでまた涙が出そうになる。それを察したのかタロウさんは私の頭を撫で宥めようとしている。

「そこまで頼ってしまってもいいのですか…?」

「いいよ。牡丹の人生しっかり面倒見るよ。」

「それはプロポーズですか?」

「いや、それは違う。」

「意地悪です。」

「どさくさに紛れて言質取ろうとしない。」

「…すみません、本当は支払いどうしようかずっと考えていました。」

「うん。」

「停止予告も届いていてしまって途方に暮れていました。」

「うん。」

「…本当によろしいんですか?」

「牡丹の助けになるなら喜んで。」

「…助けて下さい。」

「もちろん。全力で助けるよ。じゃ、請求書持ってきて。それで悩みを取り払って家に帰ろう。」

「私は何をすればよろしいでしょうか?あなたに何も返せないなんて心苦しいです…仰って下さい!あなたの為なら何だってしますから!!

「…何だって聞くんだな?」

「はい。」

当然だ。彼の為なら何だってする。彼になら何をされても何を求められても嫌なわけもない。

「よし、なら牡丹は俺にこれから一切申し訳無いとか思わないで全力で我儘を言う事。困った事があったらすぐ俺に助けを求める事。以上。」

「…はい?」

な、何を言っているのだろうこの人は…?

「何だってするんでしょ?」

「そ、それはそうですが…!でもそんなのは違います…!」

「ふーん、牡丹は俺のお願いを聞いてくれないのかー。悲しいなー。」

「そ、そんな事ありません!」

「なら聞いてくれんでしょ?」

「…狡いです。」

「そう言わないと牡丹は1人で抱え込もうとするからな。」

「それは…」

「俺ってそんなに頼りない?」

「そんな事ありません!タロウさん程頼りになる方はおりません。」

「ならさ、頼ってよ。俺は牡丹に頼られると嬉しいよ。」

「ですが…そんなに甘えてしまっては…」

「まどろっこしいな。」

「あっ…」

タロウさんに抱き寄せられ私は今、彼の腕の中に包まれ胸に顔を埋めている。

「いいから俺を頼れって。わかった?」

「あぅ…はい…」

やっぱりタロウさんは狡いです。そんな事をされたら私はイエス以外に言葉が言えません。

「じゃあ請求書全部持ってきて。そんで帰ろう。」

「わかりました。」

私は彼の優しさが本当に嬉しかった。彼といる一秒一秒が心地良く幸せで、彼といる一秒一秒が私の彼への想いを強まらせる。
願わくばこの幸せがずっと続きますようにーー
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