先生は海の匂いがした 〜兄は僕を愛し、支配した。そんな兄が殺された。殺したのは兄の教え子であり、僕の同級生だった〜

嵌まる

17

　ちゃぶ台に祖母の手料理が乗っている。テレビでアナウンサーが何か喋っている。それについて母と祖母が意見を交換する。妹は普段通りきちんと正座してひたすら箸を動かし、弟もまたいつもと変わらずテレビを眺めながら何が可笑しいのか薄ぼんやりと笑っている。つまりいつもの朝だ。避難経路をみんなで再確認しないといけないなと兄が言い、それに母や祖母が賛同するが篤史の頭には何も入らない。

　何事もない、日常がある。誰も知らない。

　ほとんど味のしない大根の煮物が喉を通ってゆく。

　私は腰を抜かしそうだわ、その時はりゅうくん、ばあちゃんをおぶってよね。祖母が兄にお願いし、いいよと兄が言う。ばあちゃんの体重で腰を抜かさないでねぇ。祖母がケタケタと笑い、大丈夫、大丈夫、俺には篤史すら担げる筋力があるからね、と兄が笑った。

　箸が震える。大根が皿に滑り落ちる。

　兄の目が篤史を見ている。それは薄く笑っている。