50 / 111
罠
17
しおりを挟む
最後のピースというやつか。桐原は危険人物だ。それが、はまった。肘を壊す投げ方を意図的に篤史に仕込もうとしている、そういった意味での危険人物、それとは異なる種のものを、確かに篤史は理解した。あの手この手で兄は崢と篤史を引き離そうとしている、その言葉の真意も、兄はたぶん知っている、その言葉の指し示すものも、また。
崢の唇が篤史の唇を塞いでいた。キスしたいとか、してやろうかとか、たびたび崢はそう言って、そのたびにおちょくるなと篤史は憤慨したものだった、崢のバックには常にえなの影がちらついた。しかしながら今になって思い出すのは、先ほど崢が篤史によこしたヒント、崢にとってのえなが何者であるか、であり、それから、冗談とか友情の延長とは異なる類の、片側の手では篤史の首の後ろを、もう片側の手では篤史の腰のあたりをしっかりと捕まえて動けなくしたのちによこされる、唇を割ってその中に侵入しようとさえする崢の接吻が一体何を表現するものであるのか、篤史は確かに理解した。
「今頃になってやっと理解したか」
まさにその通りである。慣れないそれに呼吸が苦しいだけでない、おそらく恐れのようなものが篤史の全身に広がっていて、それが篤史の息を荒げていた。目の前には篤史の目を真っすぐに見据えながらゆるく笑う崢がいて、それは篤史のよく知る彼ではなかった。
「な」
崢は言う。
「俺と先生、どっちを選ぶ?」
窓がガタガタと音を立てた。風が吹いているのだ。それは木枯らしなどではない、今は夏なのだ、そうだというのに、それを直接浴びているわけでもないのに、篤史の膝のあたりも、指も、唇も、小刻みに震えていた。歯などはカチカチと小さく音を立てた。
「震えてる」
崢の親指が篤史の濡れた唇に触れる。
「可愛いな」
同い年であるはずの、崢。かつてのライバルだ、マウンドで投げ合った。それが今、篤史の前であまりにも大人で、まるで幼子でも見るような目つきで、つまり余裕に溢れた笑みをもって篤史を見ていた。
そこに鳴るものは風鈴の音だった。こんな時でさえ崢のもとでは風鈴が鳴った。
「怖くない」
崢は言った。
崢の唇が篤史の唇を塞いでいた。キスしたいとか、してやろうかとか、たびたび崢はそう言って、そのたびにおちょくるなと篤史は憤慨したものだった、崢のバックには常にえなの影がちらついた。しかしながら今になって思い出すのは、先ほど崢が篤史によこしたヒント、崢にとってのえなが何者であるか、であり、それから、冗談とか友情の延長とは異なる類の、片側の手では篤史の首の後ろを、もう片側の手では篤史の腰のあたりをしっかりと捕まえて動けなくしたのちによこされる、唇を割ってその中に侵入しようとさえする崢の接吻が一体何を表現するものであるのか、篤史は確かに理解した。
「今頃になってやっと理解したか」
まさにその通りである。慣れないそれに呼吸が苦しいだけでない、おそらく恐れのようなものが篤史の全身に広がっていて、それが篤史の息を荒げていた。目の前には篤史の目を真っすぐに見据えながらゆるく笑う崢がいて、それは篤史のよく知る彼ではなかった。
「な」
崢は言う。
「俺と先生、どっちを選ぶ?」
窓がガタガタと音を立てた。風が吹いているのだ。それは木枯らしなどではない、今は夏なのだ、そうだというのに、それを直接浴びているわけでもないのに、篤史の膝のあたりも、指も、唇も、小刻みに震えていた。歯などはカチカチと小さく音を立てた。
「震えてる」
崢の親指が篤史の濡れた唇に触れる。
「可愛いな」
同い年であるはずの、崢。かつてのライバルだ、マウンドで投げ合った。それが今、篤史の前であまりにも大人で、まるで幼子でも見るような目つきで、つまり余裕に溢れた笑みをもって篤史を見ていた。
そこに鳴るものは風鈴の音だった。こんな時でさえ崢のもとでは風鈴が鳴った。
「怖くない」
崢は言った。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お兄ちゃんはお医者さん!?
すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。
如月 陽菜(きさらぎ ひな)
病院が苦手。
如月 陽菜の主治医。25歳。
高橋 翔平(たかはし しょうへい)
内科医の医師。
※このお話に出てくるものは
現実とは何の関係もございません。
※治療法、病名など
ほぼ知識なしで書かせて頂きました。
お楽しみください♪♪


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる