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誓いのキス
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「てことは一緒の学年だね。篤史、でしょ。先生ね、授業中でもたびたび篤史くんの話をするんだよ。篤史くんが巣立つまでは先生、独身を通すんだって。あ、結婚する気はないって言ってたっけ、でも先生モテモテでねー、この前も女子からラブレター貰ったんだよ。けどね、毎回、採点して本人に返すらしい。文法がおかしいから三十点とか、名前がないから0点、とか」
語る少女を篤史はじっと見据えた。リアルタイムで兄を知る口調だ、そしてその口はいつまでも閉まらず学校での兄を語り続けた。であるから篤史は崢を見やった。その目は喋る少女を笑いながら眺めていて、少女の口が閉まった一瞬の隙を見計らって篤史は、
「妹かと思ったけど」と言った。「それか姉ちゃんかと」
崢の目が篤史を見る。再びその目は少女のほうを見て、
「姉ちゃんだってさ」
可笑しそうに笑った。
「おまえ俺より老けて見えるらしいぞ」
おまえ、である。随分と距離が近いのだ。現に崢はベッドで眠っていたわけだし、そこに少女はいた。崢の親は不在のようだ、であるからアパートの一室に二人きりであったわけだ。
「あんたより大人っぽいってことだよ」
ふふん、といった具合に少女は鼻で笑う。
あんた、か。やはり距離が近い。緊張感がないとの表現が最適か。
崢のほうに視線を戻す。すでに彼は篤史の目を見ていた。その目がふっと笑ったわけだが、それは目が合う一瞬前まで笑わず篤史を見ていた、そういうことになるのか。
「えなだよ」崢は言った。「魚飼育の代役だ。きょうだいではない。全然似てねえだろ」
「あたしら一緒のクラスなの」
えな、との名の少女がそう付け加えた。
扇風機の羽音がやたらガタガタやかましいことに今になって気づいた。壊れかけた羽根だ、そして埃まみれだ。長い紐のような埃が風の流れに乗ってはたはたと揺れている。今さらながらこの部屋の蒸し暑さにも気づいた。首筋を汗が流れていた。ゆうべの涼しさは何だったのか、それは夜だったからか。
「今日はランプアイの水槽の水換えの日なの」
えなが壁に掛けてあるホワイトボードを指差す。丸っこい変な字だ。えなの字だろう。水槽管理の日程が事細かに書き込まれている。
「あたしがいるから全部の水槽がちゃんと管理できてるんだよ。これだけの量をこいつ一人で管理できるわけないからね」
彼女、という単語が脳裏に浮かぶのは当たり前であった。篤史の同級生にも女子と交際している者がちらほらいた。しかしながら彼らは作ったような、もしくは媚びたような笑みで互いを見つめ合い、声音まで普段とは違った。そこには非日常なるものがあって、ここには日常そのものが存在した。であるからきっと違うのだ、えなは彼女ではない。もっと近い、何かだ。その証拠にえなは崢の了承も得ず冷蔵庫を開けて中を物色し始めた。ねー、なんか食べよー、などと言いながら。
冷凍室から取り出されたものは二本のアイスで、そのうちの一本を、はい、とえなは篤史に渡し、残り一本を手にベッドに向かった。崢は寝そべったまま目だけ動かしてえなの手のアイスを見やる。起きな、とえなが言うと崢は彼女に向かって両手を伸ばして、おんぶ、などと言い、結果、ばぁか、とあしらわれることとなった。はは、と崢が笑う。
あまりにも近いのだ。崢に背を向けベッドに座ってアイスを食べ始めたえな、その背中を崢は寝そべったまま指でつつくも無視された為かついに起き上がり、俺にもちょうだい、と声をかけた。彼女の耳元に口を寄せて。まさにゆうべ、篤史に対してしたように。いい匂いがする。そう、篤史の耳に言葉を寄せたのと同じように。
語る少女を篤史はじっと見据えた。リアルタイムで兄を知る口調だ、そしてその口はいつまでも閉まらず学校での兄を語り続けた。であるから篤史は崢を見やった。その目は喋る少女を笑いながら眺めていて、少女の口が閉まった一瞬の隙を見計らって篤史は、
「妹かと思ったけど」と言った。「それか姉ちゃんかと」
崢の目が篤史を見る。再びその目は少女のほうを見て、
「姉ちゃんだってさ」
可笑しそうに笑った。
「おまえ俺より老けて見えるらしいぞ」
おまえ、である。随分と距離が近いのだ。現に崢はベッドで眠っていたわけだし、そこに少女はいた。崢の親は不在のようだ、であるからアパートの一室に二人きりであったわけだ。
「あんたより大人っぽいってことだよ」
ふふん、といった具合に少女は鼻で笑う。
あんた、か。やはり距離が近い。緊張感がないとの表現が最適か。
崢のほうに視線を戻す。すでに彼は篤史の目を見ていた。その目がふっと笑ったわけだが、それは目が合う一瞬前まで笑わず篤史を見ていた、そういうことになるのか。
「えなだよ」崢は言った。「魚飼育の代役だ。きょうだいではない。全然似てねえだろ」
「あたしら一緒のクラスなの」
えな、との名の少女がそう付け加えた。
扇風機の羽音がやたらガタガタやかましいことに今になって気づいた。壊れかけた羽根だ、そして埃まみれだ。長い紐のような埃が風の流れに乗ってはたはたと揺れている。今さらながらこの部屋の蒸し暑さにも気づいた。首筋を汗が流れていた。ゆうべの涼しさは何だったのか、それは夜だったからか。
「今日はランプアイの水槽の水換えの日なの」
えなが壁に掛けてあるホワイトボードを指差す。丸っこい変な字だ。えなの字だろう。水槽管理の日程が事細かに書き込まれている。
「あたしがいるから全部の水槽がちゃんと管理できてるんだよ。これだけの量をこいつ一人で管理できるわけないからね」
彼女、という単語が脳裏に浮かぶのは当たり前であった。篤史の同級生にも女子と交際している者がちらほらいた。しかしながら彼らは作ったような、もしくは媚びたような笑みで互いを見つめ合い、声音まで普段とは違った。そこには非日常なるものがあって、ここには日常そのものが存在した。であるからきっと違うのだ、えなは彼女ではない。もっと近い、何かだ。その証拠にえなは崢の了承も得ず冷蔵庫を開けて中を物色し始めた。ねー、なんか食べよー、などと言いながら。
冷凍室から取り出されたものは二本のアイスで、そのうちの一本を、はい、とえなは篤史に渡し、残り一本を手にベッドに向かった。崢は寝そべったまま目だけ動かしてえなの手のアイスを見やる。起きな、とえなが言うと崢は彼女に向かって両手を伸ばして、おんぶ、などと言い、結果、ばぁか、とあしらわれることとなった。はは、と崢が笑う。
あまりにも近いのだ。崢に背を向けベッドに座ってアイスを食べ始めたえな、その背中を崢は寝そべったまま指でつつくも無視された為かついに起き上がり、俺にもちょうだい、と声をかけた。彼女の耳元に口を寄せて。まさにゆうべ、篤史に対してしたように。いい匂いがする。そう、篤史の耳に言葉を寄せたのと同じように。
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