先生は海の匂いがした 〜兄は僕を愛し、支配した。そんな兄が殺された。殺したのは兄の教え子であり、僕の同級生だった〜

西浦夕緋

文字の大きさ
上 下
19 / 111
誓いのキス

17

しおりを挟む
「てことは一緒の学年だね。篤史、でしょ。先生ね、授業中でもたびたび篤史くんの話をするんだよ。篤史くんが巣立つまでは先生、独身を通すんだって。あ、結婚する気はないって言ってたっけ、でも先生モテモテでねー、この前も女子からラブレター貰ったんだよ。けどね、毎回、採点して本人に返すらしい。文法がおかしいから三十点とか、名前がないから0点、とか」

 語る少女を篤史はじっと見据えた。リアルタイムで兄を知る口調だ、そしてその口はいつまでも閉まらず学校での兄を語り続けた。であるから篤史は崢を見やった。その目は喋る少女を笑いながら眺めていて、少女の口が閉まった一瞬の隙を見計らって篤史は、
「妹かと思ったけど」と言った。「それか姉ちゃんかと」
 崢の目が篤史を見る。再びその目は少女のほうを見て、
「姉ちゃんだってさ」
 可笑しそうに笑った。
「おまえ俺より老けて見えるらしいぞ」
 おまえ、である。随分と距離が近いのだ。現に崢はベッドで眠っていたわけだし、そこに少女はいた。崢の親は不在のようだ、であるからアパートの一室に二人きりであったわけだ。
「あんたより大人っぽいってことだよ」
 ふふん、といった具合に少女は鼻で笑う。
 あんた、か。やはり距離が近い。緊張感がないとの表現が最適か。
 崢のほうに視線を戻す。すでに彼は篤史の目を見ていた。その目がふっと笑ったわけだが、それは目が合う一瞬前まで笑わず篤史を見ていた、そういうことになるのか。
「えなだよ」崢は言った。「魚飼育の代役だ。きょうだいではない。全然似てねえだろ」
「あたしら一緒のクラスなの」
 えな、との名の少女がそう付け加えた。

 扇風機の羽音がやたらガタガタやかましいことに今になって気づいた。壊れかけた羽根だ、そして埃まみれだ。長い紐のような埃が風の流れに乗ってはたはたと揺れている。今さらながらこの部屋の蒸し暑さにも気づいた。首筋を汗が流れていた。ゆうべの涼しさは何だったのか、それは夜だったからか。

「今日はランプアイの水槽の水換えの日なの」
 えなが壁に掛けてあるホワイトボードを指差す。丸っこい変な字だ。えなの字だろう。水槽管理の日程が事細かに書き込まれている。
「あたしがいるから全部の水槽がちゃんと管理できてるんだよ。これだけの量をこいつ一人で管理できるわけないからね」

 彼女、という単語が脳裏に浮かぶのは当たり前であった。篤史の同級生にも女子と交際している者がちらほらいた。しかしながら彼らは作ったような、もしくは媚びたような笑みで互いを見つめ合い、声音まで普段とは違った。そこには非日常なるものがあって、ここには日常そのものが存在した。であるからきっと違うのだ、えなは彼女ではない。もっと近い、何かだ。その証拠にえなは崢の了承も得ず冷蔵庫を開けて中を物色し始めた。ねー、なんか食べよー、などと言いながら。

 冷凍室から取り出されたものは二本のアイスで、そのうちの一本を、はい、とえなは篤史に渡し、残り一本を手にベッドに向かった。崢は寝そべったまま目だけ動かしてえなの手のアイスを見やる。起きな、とえなが言うと崢は彼女に向かって両手を伸ばして、おんぶ、などと言い、結果、ばぁか、とあしらわれることとなった。はは、と崢が笑う。

 あまりにも近いのだ。崢に背を向けベッドに座ってアイスを食べ始めたえな、その背中を崢は寝そべったまま指でつつくも無視された為かついに起き上がり、俺にもちょうだい、と声をかけた。彼女の耳元に口を寄せて。まさにゆうべ、篤史に対してしたように。いい匂いがする。そう、篤史の耳に言葉を寄せたのと同じように。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

雨と兄 〜僕を愛した兄ちゃんは、頭のおかしな人だった〜

西浦夕緋
ミステリー
雨に当たったら死ぬ。兄ちゃんはそう言って、僕を箱の中に閉じ込めた。 やがて僕は兄ちゃんの正体を知る。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...