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十分ほど黙って歩き続けた先に二階建てアパートがあった。地震が起きたら倒壊するであろう古さの小さなアパートだった。
カラスがゴミ捨て場に溢れかえったゴミを熱心に突いている。至近距離で見るカラスはでかい。黒光りした体が威圧感を増しているのか。そして奴は人間がそばに現れても退かず邪魔であったが、そいつのそばをそっと通り抜け、少年のあとをついて外階段を上がった。やたらガンガンとでかい音の鳴る階段だ。手すりはさびつき、蜘蛛の巣が張っていた。
戸の前で少年が立ち止まり、よれよれのハーフパンツのポケットに手を突っ込んで中から鍵を取り出したのでここが彼の部屋であると分かった。外に置いてある緑色の洗濯機は雨ざらしになっているのか色褪せている。ガムテープがバッテンの字に貼られた窓は土や埃で汚れて、中など見えない。戸は悲鳴のような音を立てて開いた。
少年に続いて中に入った。中は夕焼け色に染め上げられていた。すぐに何かを踏んだ。床に広がるものは雑誌や本などで、それらは開いたり閉じたりそれぞれ好きな格好をして寝そべっていた。読書家なのか文庫本が何十冊もあるようだがなぜ本棚ではなく床にあるのか。
カップラーメンの空き容器やペットボトルも散乱し、黒ずんだバナナの皮や菓子のクズのようなものも撒き散らしてあるがなぜゴミ箱に捨てないのか、分からぬがどうやら少年は床にさんざん散らかしたそれらを踏みつけて生活しているようだ。ゴキブリ専用の家も立派に建ててありゴキブリと同居していることが窺えた。
布団はくしゃくしゃに丸まっているが一体どんな格好をして寝ればこんなことになるのだろうかといった丸まり方だった。テレビはなさそうだ。
「ここにひとりで暮らしてんのか」
まあなと答えつつ少年は床にごたごた散らかった物を足で部屋の隅に追いやり、そのへんに座れよと言った。俺は足の裏で適当に床を掃除したあと座った。そばに死んだ虫が腹を上にして転がっていて、掃除ぐらいしろよなと思いながら俺はそいつを指でつまんでそのへんに放った。同じ男であっても俺の部屋は綺麗に整頓されているんだがな。
「親はいないのか」
「いるように見えるか?」
質問に質問を返し、少年は笑っている。
開け放した窓の向こうで規則正しく爪を切る音が響いている。隣の住民だろう。不意にその音がやんだかと思えば盛大なくしゃみが響きわたり、そうかと思えばつんざくような赤子の泣き声が上がった。その後再び爪切りの音が規則正しく聞こえてくる。
少年はしばらくゴミの山を漁っていたが、やがて救急箱のような小さな木箱を発掘し、俺の前に片膝を立てて座った。それで俺は自分が怪我をしていたことを思い出した。
少年は木箱から消毒液の入っているらしい瓶を取り出し、それを自分の手のひらの上に傾けて液体を出して、それからその手を俺の頬に伸ばした。ひんやりした消毒液と接触した俺の頬がぴくりと反応し、
「しみるか」
少年の目が俺の目をちらと見る。
「ちょっとな」
俺はぼそりと答えた。少年の指が俺の口元の傷を撫で、そこに消毒液が染み込んできて俺は奥歯を噛みしめた。そんな俺に少年はにやりと笑いかけ、
「嘘つけ。死ぬほどしみるだろうがよ」
そう言いながら俺のTシャツを掴んだ。乱暴に脱がせてくる。少年の手のひらと消毒液の冷たさに俺の胸や腹の傷の熱さは対応しきれず、痛いやらくすぐったいやらで俺は少年の腕を掴んだ。
「いいよ、自分でする」
少年は俺の手を振りほどく。
「させろよ。そのほうが報酬アップにつながるだろ」
「おまえの頭ん中、金のことばっかりだな」
「悪いか」
少年は無邪気に笑った。十代の少年であることを証明するかのような笑顔だ。
カラスがゴミ捨て場に溢れかえったゴミを熱心に突いている。至近距離で見るカラスはでかい。黒光りした体が威圧感を増しているのか。そして奴は人間がそばに現れても退かず邪魔であったが、そいつのそばをそっと通り抜け、少年のあとをついて外階段を上がった。やたらガンガンとでかい音の鳴る階段だ。手すりはさびつき、蜘蛛の巣が張っていた。
戸の前で少年が立ち止まり、よれよれのハーフパンツのポケットに手を突っ込んで中から鍵を取り出したのでここが彼の部屋であると分かった。外に置いてある緑色の洗濯機は雨ざらしになっているのか色褪せている。ガムテープがバッテンの字に貼られた窓は土や埃で汚れて、中など見えない。戸は悲鳴のような音を立てて開いた。
少年に続いて中に入った。中は夕焼け色に染め上げられていた。すぐに何かを踏んだ。床に広がるものは雑誌や本などで、それらは開いたり閉じたりそれぞれ好きな格好をして寝そべっていた。読書家なのか文庫本が何十冊もあるようだがなぜ本棚ではなく床にあるのか。
カップラーメンの空き容器やペットボトルも散乱し、黒ずんだバナナの皮や菓子のクズのようなものも撒き散らしてあるがなぜゴミ箱に捨てないのか、分からぬがどうやら少年は床にさんざん散らかしたそれらを踏みつけて生活しているようだ。ゴキブリ専用の家も立派に建ててありゴキブリと同居していることが窺えた。
布団はくしゃくしゃに丸まっているが一体どんな格好をして寝ればこんなことになるのだろうかといった丸まり方だった。テレビはなさそうだ。
「ここにひとりで暮らしてんのか」
まあなと答えつつ少年は床にごたごた散らかった物を足で部屋の隅に追いやり、そのへんに座れよと言った。俺は足の裏で適当に床を掃除したあと座った。そばに死んだ虫が腹を上にして転がっていて、掃除ぐらいしろよなと思いながら俺はそいつを指でつまんでそのへんに放った。同じ男であっても俺の部屋は綺麗に整頓されているんだがな。
「親はいないのか」
「いるように見えるか?」
質問に質問を返し、少年は笑っている。
開け放した窓の向こうで規則正しく爪を切る音が響いている。隣の住民だろう。不意にその音がやんだかと思えば盛大なくしゃみが響きわたり、そうかと思えばつんざくような赤子の泣き声が上がった。その後再び爪切りの音が規則正しく聞こえてくる。
少年はしばらくゴミの山を漁っていたが、やがて救急箱のような小さな木箱を発掘し、俺の前に片膝を立てて座った。それで俺は自分が怪我をしていたことを思い出した。
少年は木箱から消毒液の入っているらしい瓶を取り出し、それを自分の手のひらの上に傾けて液体を出して、それからその手を俺の頬に伸ばした。ひんやりした消毒液と接触した俺の頬がぴくりと反応し、
「しみるか」
少年の目が俺の目をちらと見る。
「ちょっとな」
俺はぼそりと答えた。少年の指が俺の口元の傷を撫で、そこに消毒液が染み込んできて俺は奥歯を噛みしめた。そんな俺に少年はにやりと笑いかけ、
「嘘つけ。死ぬほどしみるだろうがよ」
そう言いながら俺のTシャツを掴んだ。乱暴に脱がせてくる。少年の手のひらと消毒液の冷たさに俺の胸や腹の傷の熱さは対応しきれず、痛いやらくすぐったいやらで俺は少年の腕を掴んだ。
「いいよ、自分でする」
少年は俺の手を振りほどく。
「させろよ。そのほうが報酬アップにつながるだろ」
「おまえの頭ん中、金のことばっかりだな」
「悪いか」
少年は無邪気に笑った。十代の少年であることを証明するかのような笑顔だ。
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