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幕間 ひよりの痩せ我慢 その1

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「…………んふぁ」

「あ……」

 精神不安定な状態のまま、夜の7時を回った頃。ソファで長いこと眠ったままだった彼が目を覚ました。

(駄目だ……駄目。彼の前でだけは……)

 できるだけ元気な姿を。できるだけいつも通りの姿を。彼は私なんかよりもよっぽど無理をしているのだ。私だって、これくらいの無理くらいはできる。できなくても無理矢理するのだ。

「おはようございます……ご飯できてますよ」

「ん…………」

 彼は眠そうな瞼を擦り、ダルそうに体を持ち上げる。どこにでもある光景。寝起きだからかもしれないが、彼からは私のように、今回のことを引きずってはいない様に感じた。

 彼は欠伸を何度も繰り返しながら、こちらに向かって歩を進めてくる。やめてくれ、バレてしまうかもしれないじゃないか。

 私は焦る気持ちを必死に抑え、鍋の中に出来上がったうどんを器に投入し、彼の待つテーブルまで持っていく。

「はい、今日はうどんです」

「……お~う」

 私と彼は、テーブルに向かい合わせで座る。と言う事は、日常生活の中で、1番体が近づくタイミングと言うわけだ。

 なので早く終わりたい。いつもは大丈夫なのに、心臓の鼓動音が止まらない。落ち着かない。

 私ははやる気持ちを抑えず、私と彼の分をテーブルに置くと、いただきますも言わず勢い良く麺をすすり始めた。

 本当はおいしいはずなのに、他のことに意識が行きすぎて、味はあまり感じない。それよりも優先することがあるのだ。


 …………だから、そんなにじっとこっちを見ないでほしい。


 …………そうだ。今こそ話題作りを。この落ち着かない気持ちも、話題さえ出てくれば少しはマシになるだろう。

 そうなった時の、私の行動は早かった。

「んぐんぐ…………そういえば、報酬がもらえるのはいつなんですか?」

 あの任務に行った者なら、誰しもが報酬の事を思い浮かべるだろう。話の流れとしても不自然ではない。当たり前の疑問。それを彼にぶつけた。

「……ああ、いつでもいいらしいぞ……連れて行かせないからな?」

「え~なんでですか~」

「ともかく駄目だ。約束通り任務には連れて行ってやったんだから、それで我慢しろ」

「……ちぇ」

 ……駄目だ。話が全く進まない。聞こえるのは話し声ではなく、うどんをすする音のみ。自分がまいた種なのだ。話の話題位は自分で稼がなくては。




 …………………………




(……何にも思い付かない)

 なぜだろう。テストの時や戦闘の時はあれほど頭が回るのに、いざこうゆう日常的な場面だと、何にも頭が回らない。脳がオフと認識している為、頭が動かないのだろうか。

(いや、そんなこと考えてる暇は無い)

 なぜ頭が回らないのかなんて考えていては駄目だ。考えをそらさず、まず話題を考えよう。

 そうやって頭を悩ませて数分。やっとの思いで回らない頭から話題を絞り出した。

「…………あの」

「ん……なんだ?」

「そろそろ名前ぐらい教えてくださいよ」

「ええ……」

 悩みに悩んだ私の脳内が出した唯一の話題。まだお互いに教え合っていない物。お互いの名前だ。

 もちろん、私達は敵同士。お互いの名前を教えれば、これからの人生に多少でも影響を与えるだろう。
 そして彼の脳なら、その考えにすぐに行き着くはず。彼は嫌がり、私はお願いする。そうする事によって時間を稼ぎ、最終的には適当に切り上げ、この気まずい時間を乗り切る作戦だ。


 …………でも、本当に名前が知れたらいいな。


「駄目だ。自分の立場位は弁えろ」

 当たり前と言えば当たり前の返し。想定内の返しならば、余裕で対処することが可能だ。

「大丈夫ですって、神奈川には言いませんから!」

「信用できん。駄目だ」

「信用できないって……う~ん」

(信用できない……か)

 敵同士なので当たり前だが、いざ面と向かって言われると、少し胸にズキリと痛みが走る。

「じゃぁ苗字だけでも!」

「……それ意味あんのか?」

「ありますよ! いつまでたっても"袖女"と"あなた"じゃあ面倒臭いでしょう? 苗字だけでも知れれば、生活もだいぶ楽になりますって!!」

「う~ん…………」

 ここまでは想定通り。拒否する彼に対して、お願いする私。時間時間を引き伸ばして……

「まぁ、それぐらいならいいかなぁ……」

 私の耳に、信じがたい言葉が入ってくる。

「ほんとですか!」

 何度も言うが、信じられない返事。ここで彼がもう一度拒否し、私がもう一度お願いする流れが潰れてしまったが、今やそんなことなんてどうでもいい。

 これで彼の苗字が知れれば…………

 知れれば…………

(いや、これは神奈川の為なんだ。神奈川の為)

 苗字が知れれば、神奈川の科学力で人物を特定できるかもしれない。そうだ。それだけ。ただそれだけ。

 私は自分にそう言いきかせ、まずは自分の苗字を言うために、息を吸ってワンクッション入れる。

「決まりですね! じゃぁ私の苗字は"浅間"です! さぁ!言いましたよ! 早く! あなたの苗字を!」

「お、おぉ…………"田中"だ」

(田中……田中)

 なんともどこにでもある苗字だ。しかし、どこにでもある苗字のため、特定は難しいだろう。

(ならしょうがないですね! 神奈川に言っても意味ないですし! うん! 神奈川には言わないでおきましょう! 仕方ない仕方ない……)

「ふむふむ……結構ありきたりのな苗字なんですね」

「ほっとけ、自分でも気にしてるんだ」

「じゃあ……早速……」

 私達が苗字を教えあった意味。その意味を実行するため、私は羞恥心を捨てて、はっきりと答える。

「田中さん?」

「…………浅間?」

(…………)

「……やっぱ袖女でいいや」

「……私もあなたって呼びます」

 結局、いつもの呼び方に戻る事になった。

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