137 / 151
幕間 ひよりの痩せ我慢 その1
しおりを挟む
「…………んふぁ」
「あ……」
精神不安定な状態のまま、夜の7時を回った頃。ソファで長いこと眠ったままだった彼が目を覚ました。
(駄目だ……駄目。彼の前でだけは……)
できるだけ元気な姿を。できるだけいつも通りの姿を。彼は私なんかよりもよっぽど無理をしているのだ。私だって、これくらいの無理くらいはできる。できなくても無理矢理するのだ。
「おはようございます……ご飯できてますよ」
「ん…………」
彼は眠そうな瞼を擦り、ダルそうに体を持ち上げる。どこにでもある光景。寝起きだからかもしれないが、彼からは私のように、今回のことを引きずってはいない様に感じた。
彼は欠伸を何度も繰り返しながら、こちらに向かって歩を進めてくる。やめてくれ、バレてしまうかもしれないじゃないか。
私は焦る気持ちを必死に抑え、鍋の中に出来上がったうどんを器に投入し、彼の待つテーブルまで持っていく。
「はい、今日はうどんです」
「……お~う」
私と彼は、テーブルに向かい合わせで座る。と言う事は、日常生活の中で、1番体が近づくタイミングと言うわけだ。
なので早く終わりたい。いつもは大丈夫なのに、心臓の鼓動音が止まらない。落ち着かない。
私ははやる気持ちを抑えず、私と彼の分をテーブルに置くと、いただきますも言わず勢い良く麺をすすり始めた。
本当はおいしいはずなのに、他のことに意識が行きすぎて、味はあまり感じない。それよりも優先することがあるのだ。
…………だから、そんなにじっとこっちを見ないでほしい。
…………そうだ。今こそ話題作りを。この落ち着かない気持ちも、話題さえ出てくれば少しはマシになるだろう。
そうなった時の、私の行動は早かった。
「んぐんぐ…………そういえば、報酬がもらえるのはいつなんですか?」
あの任務に行った者なら、誰しもが報酬の事を思い浮かべるだろう。話の流れとしても不自然ではない。当たり前の疑問。それを彼にぶつけた。
「……ああ、いつでもいいらしいぞ……連れて行かせないからな?」
「え~なんでですか~」
「ともかく駄目だ。約束通り任務には連れて行ってやったんだから、それで我慢しろ」
「……ちぇ」
……駄目だ。話が全く進まない。聞こえるのは話し声ではなく、うどんをすする音のみ。自分がまいた種なのだ。話の話題位は自分で稼がなくては。
…………………………
(……何にも思い付かない)
なぜだろう。テストの時や戦闘の時はあれほど頭が回るのに、いざこうゆう日常的な場面だと、何にも頭が回らない。脳がオフと認識している為、頭が動かないのだろうか。
(いや、そんなこと考えてる暇は無い)
なぜ頭が回らないのかなんて考えていては駄目だ。考えをそらさず、まず話題を考えよう。
そうやって頭を悩ませて数分。やっとの思いで回らない頭から話題を絞り出した。
「…………あの」
「ん……なんだ?」
「そろそろ名前ぐらい教えてくださいよ」
「ええ……」
悩みに悩んだ私の脳内が出した唯一の話題。まだお互いに教え合っていない物。お互いの名前だ。
もちろん、私達は敵同士。お互いの名前を教えれば、これからの人生に多少でも影響を与えるだろう。
そして彼の脳なら、その考えにすぐに行き着くはず。彼は嫌がり、私はお願いする。そうする事によって時間を稼ぎ、最終的には適当に切り上げ、この気まずい時間を乗り切る作戦だ。
…………でも、本当に名前が知れたらいいな。
「駄目だ。自分の立場位は弁えろ」
当たり前と言えば当たり前の返し。想定内の返しならば、余裕で対処することが可能だ。
「大丈夫ですって、神奈川には言いませんから!」
「信用できん。駄目だ」
「信用できないって……う~ん」
(信用できない……か)
敵同士なので当たり前だが、いざ面と向かって言われると、少し胸にズキリと痛みが走る。
「じゃぁ苗字だけでも!」
「……それ意味あんのか?」
「ありますよ! いつまでたっても"袖女"と"あなた"じゃあ面倒臭いでしょう? 苗字だけでも知れれば、生活もだいぶ楽になりますって!!」
「う~ん…………」
ここまでは想定通り。拒否する彼に対して、お願いする私。時間時間を引き伸ばして……
「まぁ、それぐらいならいいかなぁ……」
私の耳に、信じがたい言葉が入ってくる。
「ほんとですか!」
何度も言うが、信じられない返事。ここで彼がもう一度拒否し、私がもう一度お願いする流れが潰れてしまったが、今やそんなことなんてどうでもいい。
これで彼の苗字が知れれば…………
知れれば…………
(いや、これは神奈川の為なんだ。神奈川の為)
苗字が知れれば、神奈川の科学力で人物を特定できるかもしれない。そうだ。それだけ。ただそれだけ。
私は自分にそう言いきかせ、まずは自分の苗字を言うために、息を吸ってワンクッション入れる。
「決まりですね! じゃぁ私の苗字は"浅間"です! さぁ!言いましたよ! 早く! あなたの苗字を!」
「お、おぉ…………"田中"だ」
(田中……田中)
なんともどこにでもある苗字だ。しかし、どこにでもある苗字のため、特定は難しいだろう。
(ならしょうがないですね! 神奈川に言っても意味ないですし! うん! 神奈川には言わないでおきましょう! 仕方ない仕方ない……)
「ふむふむ……結構ありきたりのな苗字なんですね」
「ほっとけ、自分でも気にしてるんだ」
「じゃあ……早速……」
私達が苗字を教えあった意味。その意味を実行するため、私は羞恥心を捨てて、はっきりと答える。
「田中さん?」
「…………浅間?」
(…………)
「……やっぱ袖女でいいや」
「……私もあなたって呼びます」
結局、いつもの呼び方に戻る事になった。
「あ……」
精神不安定な状態のまま、夜の7時を回った頃。ソファで長いこと眠ったままだった彼が目を覚ました。
(駄目だ……駄目。彼の前でだけは……)
できるだけ元気な姿を。できるだけいつも通りの姿を。彼は私なんかよりもよっぽど無理をしているのだ。私だって、これくらいの無理くらいはできる。できなくても無理矢理するのだ。
「おはようございます……ご飯できてますよ」
「ん…………」
彼は眠そうな瞼を擦り、ダルそうに体を持ち上げる。どこにでもある光景。寝起きだからかもしれないが、彼からは私のように、今回のことを引きずってはいない様に感じた。
彼は欠伸を何度も繰り返しながら、こちらに向かって歩を進めてくる。やめてくれ、バレてしまうかもしれないじゃないか。
私は焦る気持ちを必死に抑え、鍋の中に出来上がったうどんを器に投入し、彼の待つテーブルまで持っていく。
「はい、今日はうどんです」
「……お~う」
私と彼は、テーブルに向かい合わせで座る。と言う事は、日常生活の中で、1番体が近づくタイミングと言うわけだ。
なので早く終わりたい。いつもは大丈夫なのに、心臓の鼓動音が止まらない。落ち着かない。
私ははやる気持ちを抑えず、私と彼の分をテーブルに置くと、いただきますも言わず勢い良く麺をすすり始めた。
本当はおいしいはずなのに、他のことに意識が行きすぎて、味はあまり感じない。それよりも優先することがあるのだ。
…………だから、そんなにじっとこっちを見ないでほしい。
…………そうだ。今こそ話題作りを。この落ち着かない気持ちも、話題さえ出てくれば少しはマシになるだろう。
そうなった時の、私の行動は早かった。
「んぐんぐ…………そういえば、報酬がもらえるのはいつなんですか?」
あの任務に行った者なら、誰しもが報酬の事を思い浮かべるだろう。話の流れとしても不自然ではない。当たり前の疑問。それを彼にぶつけた。
「……ああ、いつでもいいらしいぞ……連れて行かせないからな?」
「え~なんでですか~」
「ともかく駄目だ。約束通り任務には連れて行ってやったんだから、それで我慢しろ」
「……ちぇ」
……駄目だ。話が全く進まない。聞こえるのは話し声ではなく、うどんをすする音のみ。自分がまいた種なのだ。話の話題位は自分で稼がなくては。
…………………………
(……何にも思い付かない)
なぜだろう。テストの時や戦闘の時はあれほど頭が回るのに、いざこうゆう日常的な場面だと、何にも頭が回らない。脳がオフと認識している為、頭が動かないのだろうか。
(いや、そんなこと考えてる暇は無い)
なぜ頭が回らないのかなんて考えていては駄目だ。考えをそらさず、まず話題を考えよう。
そうやって頭を悩ませて数分。やっとの思いで回らない頭から話題を絞り出した。
「…………あの」
「ん……なんだ?」
「そろそろ名前ぐらい教えてくださいよ」
「ええ……」
悩みに悩んだ私の脳内が出した唯一の話題。まだお互いに教え合っていない物。お互いの名前だ。
もちろん、私達は敵同士。お互いの名前を教えれば、これからの人生に多少でも影響を与えるだろう。
そして彼の脳なら、その考えにすぐに行き着くはず。彼は嫌がり、私はお願いする。そうする事によって時間を稼ぎ、最終的には適当に切り上げ、この気まずい時間を乗り切る作戦だ。
…………でも、本当に名前が知れたらいいな。
「駄目だ。自分の立場位は弁えろ」
当たり前と言えば当たり前の返し。想定内の返しならば、余裕で対処することが可能だ。
「大丈夫ですって、神奈川には言いませんから!」
「信用できん。駄目だ」
「信用できないって……う~ん」
(信用できない……か)
敵同士なので当たり前だが、いざ面と向かって言われると、少し胸にズキリと痛みが走る。
「じゃぁ苗字だけでも!」
「……それ意味あんのか?」
「ありますよ! いつまでたっても"袖女"と"あなた"じゃあ面倒臭いでしょう? 苗字だけでも知れれば、生活もだいぶ楽になりますって!!」
「う~ん…………」
ここまでは想定通り。拒否する彼に対して、お願いする私。時間時間を引き伸ばして……
「まぁ、それぐらいならいいかなぁ……」
私の耳に、信じがたい言葉が入ってくる。
「ほんとですか!」
何度も言うが、信じられない返事。ここで彼がもう一度拒否し、私がもう一度お願いする流れが潰れてしまったが、今やそんなことなんてどうでもいい。
これで彼の苗字が知れれば…………
知れれば…………
(いや、これは神奈川の為なんだ。神奈川の為)
苗字が知れれば、神奈川の科学力で人物を特定できるかもしれない。そうだ。それだけ。ただそれだけ。
私は自分にそう言いきかせ、まずは自分の苗字を言うために、息を吸ってワンクッション入れる。
「決まりですね! じゃぁ私の苗字は"浅間"です! さぁ!言いましたよ! 早く! あなたの苗字を!」
「お、おぉ…………"田中"だ」
(田中……田中)
なんともどこにでもある苗字だ。しかし、どこにでもある苗字のため、特定は難しいだろう。
(ならしょうがないですね! 神奈川に言っても意味ないですし! うん! 神奈川には言わないでおきましょう! 仕方ない仕方ない……)
「ふむふむ……結構ありきたりのな苗字なんですね」
「ほっとけ、自分でも気にしてるんだ」
「じゃあ……早速……」
私達が苗字を教えあった意味。その意味を実行するため、私は羞恥心を捨てて、はっきりと答える。
「田中さん?」
「…………浅間?」
(…………)
「……やっぱ袖女でいいや」
「……私もあなたって呼びます」
結局、いつもの呼び方に戻る事になった。
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される
こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる
初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。
なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています
こちらの作品も宜しければお願いします
[イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]
クラス転移、異世界に召喚された俺の特典が外れスキル『危険察知』だったけどあらゆる危険を回避して成り上がります
まるせい
ファンタジー
クラスごと集団転移させられた主人公の鈴木は、クラスメイトと違い訓練をしてもスキルが発現しなかった。
そんな中、召喚されたサントブルム王国で【召喚者】と【王候補】が協力をし、王選を戦う儀式が始まる。
選定の儀にて王候補を選ぶ鈴木だったがここで初めてスキルが発動し、数合わせの王族を選んでしまうことになる。
あらゆる危険を『危険察知』で切り抜けツンデレ王女やメイドとイチャイチャ生活。
鈴木のハーレム生活が始まる!
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
北の魔女
覧都
ファンタジー
日本の、のどかな町に住む、アイとまなは親友である。
ある日まなが異世界へと転移してしまう。
転移した先では、まなは世界の北半分を支配する北の魔女だった。
まなは、その転移先で親友にそっくりな、あいという少女に出会い……
食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)
いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。
---------
掲載は不定期になります。
追記
「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。
お知らせ
カクヨム様でも掲載中です。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる