上 下
70 / 151

進路変更

しおりを挟む
 伸太たちが車で逃亡して数分。

 キャンプ場では、血まみれで横たわる浅間ひよりと、その体を必死に揺らす1人の少女の姿があった。

 その少女の名は……黒のビショップ、旋木天子であった。

「ひより! ねぇ! 起きてよ……ひより! ひより!!」

 天子は、横たわるひよりの肩を必死に揺らす。だが、もちろんのこと、浅間ひよりは目覚めない。そんなことで目覚めていたら、どんな人でも救えている。

「そうだ……息は……」

 天子は必死な顔になり、息を確認する。その表情からは、とても黒のビショップとは思えない悲痛な表情していた。

「……! ある! まだ……まだ!!!」

 どうやら息はまだあったようで、悲痛な表情が明るい表情に変わる。なんとも顔に現れやすい子だ。そういうところも人気の1つなのだろうか。

「でも急がないと……! この量の血じゃあ……」

 確かに息はある。だが、体いっぱいに広がる血、しかも手首からの出血だ。いくら息があると言っても、ちんたらしていると失血死してしまう。

「生きててね……すぐに治るから!」

 天子はひよりをおんぶする姿勢で持ち上げる。

 すると…………

「ふん、ぬっ!!!」

 天子はひよりをおんぶした状態で、空へと跳躍する。伸太の足に反射を込めた高速移動とは違う、完全な高速飛行。旋木天子はそれを可能にしていた。

 天子は、さらに速く、もっと速く飛行する。1分1秒でも早く、友を助けるために。








 ――――








「むう……ここもか……」

 ワシは目の前の状況に、もう飽きたと言う表情になってしまう。なぜそんな表情になるのか。それは、さっきから何度も見るこの現場にあった。

「すいません! 神奈川の安全のため、おひとつ協力していただきたいことが……」

「東京へはどういった用件で……」

 目の前では、東京と神奈川の県境で、他の車が検問に引っかかっていた。
 他の所もそうである。どの通路にも、しっかりと検問が配置されており、これで何度目かもわからないほどの遭遇だった。おそらく、ワシらが起こした事件に紛れ、逃亡されるのを嫌ったのだろう。

「これではたどり着けん……」

 検問を切り抜けようにも、伸太は重傷だ。無理矢理隠しては、傷を悪化させてしまうかもしれない。何とか隠せたとしても、誰も乗っていないリムジンに1人仮面男が運転していては、怪しいことこの上ない。間違いなく時間をかけて車内を探されてしまう。伸太が見つかるのは必定だろう。

 このままでは時間が流れるだけである。ここは一旦離れ、考え直すことにした。

「ここら辺ならいいか……」

 ワシは横道にあるパーキングエリアに目をつけ、そこにリムジンを駐車し神奈川の地図を広げ、これからの進路を練り直すことにした。

(神奈川A市からの東京への通路は、ワシが行ったところは全てに検問が配置されていた……その徹底具合から見て、他の通路にも検問か何かが配置されている事は間違いないじゃろう。つまり、神奈川A市から車で東京に戻るのは、実質不可能と言うことか……)

 つまり、最短ルートは完璧に封じられていると言う事だ。A市以外から抜けるとなると、最低でも1日はかかってしまう。

「たとえ抜けられたとしても……肝心の伸太が生きているかどうか……」

 きわどいところだろう。伸太は回復系のスキル持ちではない。よって、傷の治る速度は常人とそう変わらない。包帯やら何やらで止血、応急処置はしているが、何十時間もつか……少なくともこのままでは、2日もかかれば死んでしまう。

 つまり……今後のルートとしては。

 1日かけ、東京に戻ってから伸太を病院かどこかで治療するしかない。あの時の警察虐殺事件で、顔が知られている可能性があるが、おそらくその可能性は低いだろう。何故かと言えば、あの事件がばれてしまえば、謝罪会見などでマスコミによって言及され、レベルダウン壊滅の事実にこぎつけられる可能性がある。そうなれば、大騒ぎも大騒ぎだ。なのであの時の事件の犯人は不明、マスコミにも圧力をかけている可能性がある。事実、東京派閥からそういった大きな話題は聞こえてこない。つまり、東京派閥自体が隠蔽している可能性が高いと言うことだ。

 これらの理由から、伸太自体を病院に連れて行くのは何ら問題ないだろうと思われる。

 次に、肝心の東京までのルートだが……

「……内陸が好ましいのう」

 もしものときの逃げ道を考えれば、内陸が1番いい。なので、とにかく内陸よりに動くことにしよう。

「……よし、逃走ルートはB市にするとしよう」

 B市は、A市の左にある内陸地だ。交通手段も多く、逃走ルートの多さに優れている。これ以上の立地はないだろう。

 ただ1つ、記念すべき点は……

(神奈川と東京も、同じことを考えている可能性がある)

 神奈川と東京は最大派閥だ。いくら上層部が腐っていると言えど、身の安全ばかり考えているとは思えない。かなりの確率でB市にも手を伸ばしている事だろう。

 だが、時間は有限。足踏みしていると伸太は死んでしまう。だとすれば、1分、1秒でも早くB市にたどりつかなくてはならない。

 ワシは早速、パーキングを出て、B市へと車を進めた。








 ――――








 一方、同時刻………


「長官! 今すぐにでも奴らを追うべきです!」

「だめだ! 奴は逃げたと思わせて、近くに潜んでいるかもしれない……我々の安全が確約されるまで、ここから離れる事は許さんぞ!」

 東京派閥と神奈川派閥は、既に重要人物を近くの避難施設に退却させていた。

 そこでは、長官とチェス隊による口論が行われている。

「長官! いい加減目を覚ましてください! 今回奴に奪われたものは、今までとはレベルが違います! どんなことに悪用されるかわからない……しかも、奴にはもう1人、仲間か何かがいることを確認しました。もし民間人だった場合、それが世間にバレればとんでもないことになりますよ! 今からでも、十分追う価値はあります!」

「だめだと言っているだろう! 確かにウルトロンは奪われた……だが! 当初の目的だった東京派閥との同盟は成立したのだ! ここで会場の爆破だけならまだしも、死傷者まで出してしまえば、神奈川の信用は地に落ちる! その民間人の話だって、バレなければ何の問題もないだろう!! 追うのは明日でもいい!! それともなんだ? 長官に逆らうのか!?」

「…………」

 旋木天子は内心、歯ぎしりをしていた。ウルトロンを強奪され、友である浅間ひよりをも傷つけられた。チェス隊の中でも、伸太たちに対して、最も怒りを感じている人物だろう。

「それに、黒のポーンの1人は瀕死の状態で見つかっていたらしいじゃないか!」

「……っ!!」

「私に無断で追ったにもかかわらず、ズタズタになって帰ってくるとは……だから言ったのだ!! 追うべきではないと!!!」

「こんな大変な時に、無駄なことで人の手を煩わせるな!!!! チェス隊の失態は神奈川派閥の失態だ!! 少なくとも今日1日は別の場所へ行く事は許さん!! いいな!!!!」

 長官はチェス隊に対して、大きく怒鳴り散らし、足早に施設の奥へと進んでいった。

「……っ」

「……天子ちゃん。今は耐えるのですよ」

 私の肩を叩きながら、美代さんが励ましの言葉送ってくる。

「……わかっています」

 わかっていると言いながら、その口からは一滴の血が垂れていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

クラス転移、異世界に召喚された俺の特典が外れスキル『危険察知』だったけどあらゆる危険を回避して成り上がります

まるせい
ファンタジー
クラスごと集団転移させられた主人公の鈴木は、クラスメイトと違い訓練をしてもスキルが発現しなかった。 そんな中、召喚されたサントブルム王国で【召喚者】と【王候補】が協力をし、王選を戦う儀式が始まる。 選定の儀にて王候補を選ぶ鈴木だったがここで初めてスキルが発動し、数合わせの王族を選んでしまうことになる。 あらゆる危険を『危険察知』で切り抜けツンデレ王女やメイドとイチャイチャ生活。 鈴木のハーレム生活が始まる!

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

配信の片隅で無双していた謎の大剣豪、最終奥義レベルを連発する美少女だと話題に

菊池 快晴
ファンタジー
配信の片隅で無双していた謎の大剣豪が美少女で、うっかり最凶剣術を披露しすぎたところ、どうやらヤバすぎると話題に 謎の大剣豪こと宮本椿姫は、叔父の死をきっかけに岡山の集落から都内に引っ越しをしてきた。 宮本流を世間に広める為、己の研鑽の為にダンジョンで籠っていると、いつのまにか掲示板で話題となる。 「配信の片隅で無双している大剣豪がいるんだが」 宮本椿姫は相棒と共に配信を始め、徐々に知名度があがり、その剣技を世に知らしめていく。 これは、謎の大剣豪こと宮本椿姫が、ダンジョンを通じて世界に衝撃を与えていく――ちょっと百合の雰囲気もあるお話です。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

処理中です...